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自動販売機おじさん(1600文字:3分目安)

実は自動販売機の中にはおじさんが入っている。この仕事は、おじさんたちから大変人気で、その理由は謎に包まれている。私は自動販売機おじさんという名前に魅了され応募してみることにした。

無事採用され、自販機おじさんの中でも特に人気のある病院の自動販売機に配属された。2つ横に並ぶタイプの自販機で、この道40年のベテラン自販機おじさんに面倒を見てもらうことになった。彼は私に自動販売機おじさんとしての仕事の方法やコツを教えてくれた。


自動販売機おじさんの1日は早い。午前3時、静かにそれぞれの担当する自動販売機に入る。主な業務は、選ばれた飲み物をコップに注ぎ、受け取り口にコップをセットすること。しかしこの仕事には1つ重要なルールがある。それは制限時間内にコップを受け取り口にセットすること。時間内にセットできなければ、受け取り口からおじさんの手が見え、自動販売機おじさんの存在が世間にバレてしまう。おじさん達が職を失い路頭に迷う事はなんとしても避けなければいけなかった。

私の初めてのお客さんがやって来た。この病院に入院しているおばあさんだ。おばあさんは甘い乳酸菌飲料のボタンを押した。注文通りの飲み物をコップに注ごうとしたが、私は緊張で手が震えこぼしてしまった。急いで入れ直したが、ほんのわずか、受け取り口へのセットが間に合わなかった。その瞬間ぶわっと嫌な汗をかいたが、病院内はまだ暗く、自販機おじさんの存在はまだバレていないようだった。おばあさんはゆっくりと乳酸菌飲料を飲んだ。「んん、いつもより甘いなぁ、」と言い残しその場を去っていった。

私は初めての仕事を終え安心したが、隣の自販機おじさんは怒った表情をしていた。どうやらおばあさんは糖尿病で、砂糖30グラム以上の飲み物を禁止されているらしい。彼は私に対して、水を混ぜるよう指示した。自販機おじさんには患者の健康管理の役割もあるそうだ。

その後も患者は次々と自販機を利用して飲み物を注文した。私は隣の自販機おじさんからの指導を受けながら、できる限りのサービスを提供し続けた。


朝の8時が近づき、おじさんは呟いた。「フィーバータイム…」その意味はすぐに理解出来た。病院には若い看護師たちが次々と出勤してきた。この時間帯はほとんどの人がブラックコーヒーを選ぶ。世間には知られていないが、実は自動販売機のボタンは中のおじさんの体に密着している。つまり、ボタンを押すという行為は、おじさんの体を押しているようなものだった。

私はその事実に気づいて後悔した。お客さんがブラックコーヒーを注文するたび、私の鼻は豚鼻になり惨めな気持ちになった。しかし、隣の自販機おじさんはそんな問題を抱えていなかった。彼のブラックコーヒーのボタンは彼の薄ピンク色した乳首の位置に設置されており、若い看護師達は何度も何度も彼の乳首に触れた。横のおじさんはニヤニヤしながら淡々とコーヒーを注ぎ続けた。



お昼になり、子供たちが大勢やってきた。子供はボタンが大好きだ。お金も入れずに何度も何度もボタンを押す。子供達は誰が1番早く連打出来るか競う遊びを始めた。その度、ボタンは私の全身の肌に触れ、不快な気持ちとなった。

とうとう私は我慢の限界を迎え、彼らのお父さんの飲み物に座薬を入れた。お父さんがお腹を下しトイレに行った瞬間、自動販売機の扉を勢いよく開け、2Lの烏龍茶のボトルを天高く掲げ子供達を脅した。子供達がビクビク怯えている間に私は子供達を自動販売機の中に閉じ込め外から鍵をかけた。今も子供たちはその中に……。






〇感想
自動販売機おじさんのバイトは最高の経験でした。お客さんとのちょっとしたふれあいはとても楽しかったです。子供たちがボタンを楽しんで押す姿や、ベテラン自販機おじさんとの会話など、様々な交流の機会がありました。不安や緊張もありましたが自動販売機おじさんの一日は、普通のバイトでは味わえない貴重な経験となりました。







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