何故、フェミニストが政治的に「正しい女体」を決めるのか?

タイトルの通りです。何故、私がそのように感じたのかを最初に説明します。これはあくまでも私の推論であり、考察の域を出ない事を最初に明記しておきます。また、これは投げ銭方式の記事です。

・何故、タイトルのように考えたのか?

ツイッター上でフェミニストを自称する方達が、アニメ体型の巨乳を「こんな体型は存在しない」と糾弾しているのが始まりでした。

前のnoteにも書いた通り、私は150㎝アンダー61㎝のJカップのアニメ体型です。ですので、存在しないと言われている体型に該当します。故に存在しているのに存在しないと言われるのは何ぞや? と思いました。

その後、宇崎ちゃん騒動が起こり、身長150㎝Jカップという奇形発言が飛び出して、その体型とほぼ同じ体型の私は自分を奇形だと思った事は一度もなく、非常に困惑しました。バッシングがヒートアップした頃、童顔低身長巨乳は奇形であると著名な先生が明言し、さらには乳房縮小手術もあると言われて、これらの発言から「現代フェミニズムは政治的に正しい女の体型を定義したいのではないか?」と考えました。

その後に、自由意思でフリー素材のモデルとなり、転職広告に出たモデルさんを大きな胸が目立つ事や、ボーダーの服を着ているからわざと胸を目立たせようとしているからと糾弾される姿を見、政治的に正しい女体でなければ公の広告に出る事さえ許されないのだと憤りを覚えました。

広告モデルさんは単に胸が大きいというだけです。外科手術でもしなければ胸の大小は自由意思では選べません。それなのに、身体的特徴から、公の広告になど出ず、性的な場でのみ活動すれば良いと言う意見を目の当たりにして空恐ろしくなりました。それは巨乳は巨乳を隠すような服装をしなければ公道を歩いてはいけないと言われているに等しい。

他にも130㎝代の低身長のセクシー女優さんが出ているAVをフェミニストを自称する方々が叩いているのを見掛け、低身長と巨乳は彼の人達が定義する政治的に正しいとされる女体から外れているのだとほぼ確信に近い直感を抱きました。

フェミニストを自称する方々は明確に「政治的に正しい女体」という言葉を使っていません。これは私が考えた言葉です。ですが、上記の経緯から私はフェミニストが「政治的に正しい女体」を独自に定義し、それを創作物ばかりでなく、現実世界にも当てはめようとしているのだと読解いたしました。

彼の人達の定義する政治的に正しい女体とは「極めて平均値に近い女体」であるのではないか。低身長も巨乳も、女体の中ではマイノリティです。故に、私はそう考察しました。しかし、人というものは実に個性的な肉体を持っています。完全に平均値の肉体を持つ人間の方が稀ではないでしょうか。その稀な女体を持つ人間を「政治的に正しい女体」であると定義する事はいくらなんでも無理があるのではないでしょうか。

・そもそも、政治的正しさに人体を当てはめる事はできるのか?

結論から言うと私はそれはできないと答えます。何故なら、政治的正しさを人体の、身体的特徴に当てはめればそれは明確な差別に当たるからです。

身体的特徴には様々なものがあります。

例えば、太っている・痩せている・背が高い・背が低い・頭髪が薄い・顔の大小・目の色や肌の色、髪の色・指の形などなど。

それらは単に身体的な個性であり、自然発生したものです。自らの努力では変えられないものも多く、それらに対して「政治的に正しくないから」という理由で、外科手術を求められれば、それらの特徴を持つ人達は深く傷付き、怒るでしょう。それは胸の大小にも言えます。

外野が胸の小さな人に豊胸手術を求めるのが酷ならば、胸の大きな人に減胸手術を勧めるのも同様に酷な事です。

また、背が低いから、子供っぽい見た目をしているから成人していてもAVに出てはいけないと言われる事も差別に該当します。その人の性的自己決定権を蹂躙しているからです。

同様に、胸が大きいから公の広告に出てはいけないと言われる事も、その人の自己決定権を踏み躙っているのです。

・どんな体型にも政治的正しさなど存在しない

当然と言えば当然の事ですが、胸の大きさになるとこの当たり前が考慮されなくなる事に私は恐ろしさを感じます。

ある身体的特徴に政治的正しさを求めれば、その身体的特徴を持つ実在の人間が迫害されてしまう。それを決めてしまえば、その身体的特徴を持つ人間を公に差別する事を認めてしまう。私はそんな世界は望みません。

皆違って皆良いのです。

だから、創作物にどのような身体的特徴を持つキャラクターを出すのも、公の広告に出るのも、AVに出演するのも、全ては自由であるはずです。

どのような身体的特徴を持った女体を有する女性がいても、それはその人の個性であって、決して責められるようなものではありません。身体的特徴を、巨乳を、低身長を、童顔を糾弾する事は人として実に愚かな行為であると私は考えます。

ある身体的特徴を正しいだの正しくないだの、直接的にも間接的にも言われる覚えはありません。それは明確な差別であり、差別はしてはならないものです。

私はいかなる差別も許しません。生まれ持った身体的特徴で差別される事のない世界を望みます。

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