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連続note小説「MIA」

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連載小説:MIA(Memories in Australia) 【*平日の正午ごろに連載を更新します】  22歳の青年・斉藤晶馬は、現実から逃避するように単身オーストラリアへ渡っ…
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2022年6月の記事一覧

連続小説MIA (39) | Chapter Ⅱ

ショッピングモールを横目に見ながら、来た道を戻る。僕はバンダバーグへ行くのに、またグレイハウンド高速バスに乗ることにした。ヌーサからの発車時刻は、夜の6時。Noosa Headsで下車した場所に着いたあとも、2〜3時間は暇な時間があった。その間に、僕は観光客らしい水着姿の女の子グループを見て楽しみ、彼女たちが近くを通っていく度に、はにかみながら「Hi」と声を掛けた。突然声を掛けられた女子たちは、一瞬ぽかんとし、通り過ぎた後できゃははは、と笑う。全世界同じ反応をするんだな。変な

連続小説MIA (40) | Chapter Ⅱ

再びのGreyhound bus。車内はほぼ満席だった。空いている席を探し、タイヤの真上の座席をみつけた。ギターケースは、荷物置きに預けず、脚の間に押し込むことにした。グレイハウンド・バスは、淡々と夜のハイウェイを北上する。窓の外を見ても、規則的に並んでいる街灯が見えるだけで、他は何も見えない。街灯の奥のほうには、広大な岩山が広がっているのだろうか。オーストラリア内地は砂漠のため、ほとんど人が住んでいない。人口密集は、沿岸部に集中している。そして、その大部分が東海岸だ。国土と

連続小説MIA (41) | Chapter Ⅱ

グレイハウンドバスはハイウェイを降りていく。徐々に速度を落とし、バンダバーグのバス停留所へ向かっている。バスが右や左に曲がるたびに、車体が揺れ、じゃりじゃりとタイヤが砂をかむ音が大きくなっていく。市街地のほうへと進んでいるようではあるが、真っ暗で、町の様子は見当がつかなかった。時刻はAM2:15を指している。バスがそろそろ停車するのか、数名の乗客が降車の準備を始めた。僕は、真夜中の知らない町に不安を感じた。バスがロータリーに入っていく。転々と、緑色の設備灯があるものの、辺りは

連続小説MIA (42) | Chapter Ⅱ

晶馬は、次第に引き返してくるグループたちの行動を見て、日が昇るまではターミナルに残ることを決めた。深夜に土地勘のない町を歩くことは得策ではないだろう。彼はブリスベンの夜に学んでいた。今夜の宿は、バスターミナルで野宿である。晶馬と同じように、日が昇るのを待っているグループも多く、庇のあるターミナル周辺は、すでに人々が陣取っていた。そこで、晶馬は同じロータリー内にある小さな広場に向かう。青天井であるものの、ベンチがあった。夜風は乾いていて、今夜は雨が降ることはなさそうである。ギタ

連続小説MIA (43) | Chapter Ⅱ

晶馬は、町の方へ向かって歩き始めていた。バス・ターミナルを出発してから、すでに1時間は経っている。バンダバーグの土地勘も向かうべき宿の当ても無いから、この道があっているのかどうかは分からない。道が交差するたびに建物が多くありそうな方へ方向転換しているから、同じところをくるくる回っている可能性もあるし、もしかしたらすでに迷っているのかもしれない。そんな風に町の中心を目指して歩いていると、スーパーマーケットとチャリティー・ショップを見つけた。ショッピングモールとか娯楽施設とか、そ

連続小説MIA (44) | Chapter Ⅱ

 晶馬は、目的のバックパッカーの目の前についた。道路から見える二階部分は、半外の回廊になっていて、たくさんの洗濯物が干してあり、そこに住む人の生活感がはっきりと見て取れた。その影に何人かの若者も見えた。上半身が裸の男も何人もいた。古くて安そうな宿だが活気があり、放課後の学舎のようだった。外国の映画で見たスラムタウンの雰囲気がある。宿のエントランスは、従業員通用口のような雰囲気で多くの場合と同じように重たい鉄扉だった。いつから貼ってあるのか分からない、オフィスアワーを記した紙が

連続小説MIA (45) | Chapter Ⅱ

オーナーに問われたのは、セカンド・ビザ、つまりワーキングホリデービザの延長制度を利用したいと思っているのか、という質問だった。しかしながら、晶馬にとって急務であるのは、今日明日の食事と宿を確保することであり、数か月先のことまでは考えてはいなかった。晶馬は、正直に「よく分かりません。でも、2か月間は働きたいと思っています」と答えた。この場合のI’m not sure. や May Be.などは日本人がよく使う言葉として認識されている節があるものの、その曖昧な態度は嫌われ、揶揄さ

連続小説MIA (46) | Chapter Ⅲ

Ⅲ 夕方まで、まだまだ時間の余裕があった。表の商店で、ミネラルウォーターくらいは買っておいたほうがいいだろう。部屋に戻る前に、中庭で煙草を吸う。建物の陰になっていて風が心地よい。ちいさな中庭だったがテーブルがあり、居心地は良さそうだった。庭をくまなく歩いてみると外階段が見つかった。興味本位で登ってみる。すると、二階のシャワールームの近くに繋がっていることがわかった。この階段を使えば、部屋からもすぐに中庭へ降りられそうだ。自分の行動を一つずつ想定していく。せっかく宿が見つかっ

連続小説MIA (47) | Chapter Ⅲ

宿の周辺には高い建物がなく春先の爽やかな風が抜けた。外階段は居心地の良い場所だった。スンと別れた後、晶馬は一人で表の商店へ行ってみることにした。外階段から中庭を抜け、ぐるりと回ってバーボン・ストリートへ出る。宿泊している宿、CityCentreBackpackersの一階部分に入っている小さな商店の店先には”Hungry Tum(ハングリー・タム)”というネオンサインが点いている。店内を見渡す。入店してすぐ右手には、レジカウンター。その後ろにはホットスナックの写真入りメニュー

連続小説MIA (48) | Chapter Ⅲ

シティ・センター・バックパッカーズへ戻ると、ロビーには人だかりが出来ていた。ひと際背の高い(そしておしりの大きい)オーナーを中心にして、円形状に人間が集まっている。ざっと数えて20人、いや30人以上はいるだろうか。若者の熱気が、汗と体臭が入り交じり、そこに香水の甘い匂いと混じりあって、晶馬は人酔いをしそうになる。まるで、お祭りのような騒ぎに圧倒されつつ晶馬はその輪に加わった。オーナーが腕時計を見て、16時を過ぎたとき、「みんないいか?これから、明日の仕事を紹介するからよく聞け

連続小説MIA (49) | Chapter Ⅲ

あてがわれた仕事内容は農地整理というものだった。詳しいことは現地で聞けと言われ、明日の朝5時にロビーに集合することになった。そこで晶馬が所属するグループは解散した。周りを見渡すと、他のワーカーたちはすでに思い思いに過ごしており、その雰囲気は学校かあるいは修学旅行の宿泊先のようだった。晶馬は、ようやく居場所が定まったような気がしていた。日本にいた時は仕事や学校に行かなくてはいけないことに対して、憂鬱になることもあった。明確な明日の予定を持っていることは、自分自身を束縛されること

連続小説MIA (50) | Chapter Ⅲ

翌朝、目覚まし時計の音で目を覚ました。この卓上時計はシドニーの3ドルショップで買った安物だが、びっくりするくらい音量は大きい。晶馬は慌ててアラームを止めた。時計の針は4時31分を指している。薄暗い朝の気配のなかで部屋を見渡すと、すでに向かいのベッドには人がいないようだった。洗面道具をもって慌ててベッドを降りた。洗面所はやはり混雑している。室内には5、6人がいた。この宿にいる人種は様々である。アジア系、ヨーロッパ系、ヒスパニック系に分けられた。インド系やアフリカン系は少数だった

連続小説MIA (51) | Chapter Ⅲ

バンダバーグの町の中心からどんどんと遠ざかっていく。我々はどこへ連れていかれるのだろうか。乗せられたピックアップトラックの荷台にはシートベルトはもちろん座席もないものだから、カーブの度に振り落とされないようしがみつくほか方法がない。車は10分ほど走り続け、完全に町の中を抜け出していた。風景は緑とも茶色ともつかぬ淡い色彩にあふれていた。広大な大地、すべてが一枚の布のようだった。トラックは畑の中のただ一本の道をひた走っている。流れていく景色は見えるものの、車の正面はキャビンが障害

連続小説MIA (52) | Chapter Ⅲ

彼の名前はサルーと言った。サルーはよく日に焼けていて長身の体はより一層細長く見えた。鼻が大きいことを除けば端正な顔立ちの若者だったが、人を見つめる時の眼差しには粘りつくような冷淡さが見え隠れする。晶馬はすこし彼と距離を取っていた。だからこそ、サルーに話しかけられたことには驚いていた。「俺さ、カナダに彼女がいるんだよ。俺は彼女のことが好きなんだけど、たぶん彼女には好きな男がいるんだよね」彼は突如として語りだす。「俺の前に付き合ってたやつで、ひどいやつなんだ。泣かせてばっかでさ。