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温かさ

 本屋で働いていた時に、担当する文房具の商品を運ぶ台車を、店内に出したまま帰ってしまったことがあった。

 職場でそれが噂になるというか非難の声が上がっていたようで、私は「やってしまったなあ」と思っていた。噂になろうがなるまいが置きっ放しはしてはいけない。またミスが続いていたこともあり結構落ち込みもしていた。

 何日か後に、職場のみんなが見る連絡ノートにこんなことが書いてあった。(記憶を頼りに書いているから正確ではないけれど。)

「台車が出しっぱなしとか色々他人事みたいに言うんじゃなくて、気づいた人がしまえばいいんじゃないですか?」

と。

 筆圧が強めにはっきりとした字体で書かれていた。書き方から怒りすら感じた。

 出勤した時にそのノートを読んで、私のために怒ってくれたのかな、とじんわりとうれしくなった。

 もしかするとそれはうぬぼれかもしれず、お店をよくしたくてみんなに注意したのかもしれないけれど、私はうれしかった。

 その方は私が以前いた系列店で私たちが担当していたお客様を、その店の閉店にともないかなりの数を引き継いでくれていた。1番私が負担をかけてしまっていると言っていい方だった。

 なのにその方は私にキツく当たることはなく、普段はベタベタもしないし、あっさりしている方だった。またとてもお仕事の能力の高い女性だった。

 私はその職場では孤立していたから、私のフォローをする(しているかのように捉えられる)というのは危険を伴うものだったろうに。

 そういうことを含めた様々なお礼を伝えないまま私は退職の挨拶のテンプレしか言わずに去ってしまった。

 直接恩返しができる機会はもうないけれど、してもらった温かい行動とその時感じた気持ちはずっと大切に覚えておこうと思う。

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