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不良
タバコを吸う知人がいた。
外で立ち話をしているとき、彼がふと言ったのだ。
「あ、ごめん。そっち風下だから、こっちきなよ。」
と、ジェスチャーで風上に来るように合図した。
煙が来ない場所に私を移動させようとしてくれていた。
私はタバコを吸わないので、そいういうマナーを知らなかったから、
その人の気遣いに思わずキュンとなったことがある。
祖父がタバコを吸う人だった。
亡くなる数年前には、「もう俺は禁煙する」と周りに宣言したものの
こっそり自分のアトリエでタバコを吸っているのを目撃したと
祖母が私たちに伝えるのだった。
その祖父が亡くなった時、びっくりするぐらい悲しかった。
なんでもっと会いに行かなかったのだろう。
私が会いに行くだけで喜んでいてくれたのに。
祖父が亡くなって、式場でお通夜が始まる前の待機の時間
祖父の頭上にお焼香の台があった。
祖母や母から
「つきちゃん、タバコを焼香してあげなさいよ」
と言われて、生まれて初めてタバコを口にした。
祖父が好きだったタバコは「セッタ」で
母がそそくさと「セッタ」を私に手渡して、火をつけるように促した。
慣れない手つきでタバコに火をつけて、息を吸い、煙を吐き出した後
タバコを焼香に刺した。
「つきちゃんもこれで不良やねー!」
などと親戚から笑いが漏れる。
大学のゼミの先生も喫煙者だった。
わたしが大学生の頃、特に、禁煙が叫ばれるようになったのか
外食する時、禁煙の店が増えたのだとゼミの先生は嘆いていた。
わたしは、あまり副流煙とかが気にならないタチで
またタバコの匂いも気にならないどころか、結構好きなのだ。
だから禁煙ブームが来ていることを他人事のように眺めている。
冒頭に書いたような、タバコを吸う人の文化というのは確かに存在するように思う。そしてそれは、タバコを吸わない人は知らない、秘密の文化のようで何か秘めやかで大人びた雰囲気があるように感じている。
タバコを吸って煙を吐いた後の、彼ら彼女の大人びた表情。
けだるく感じられる声。声色。
祖父のアトリエの油絵の絵の具とタバコの煙が混ざった匂い。
健全な、元気な、明るい、そんなステレオタイプな良い子と、けだるく物憂げで達観したような大人の狭間でゆらゆら揺れている、ふらついている感覚がわたしは気に入っていると思う。
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