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落語協会百年と「百年目」

落語協会が今年は誕生から百年だそうです。2月25日をその記念日として、各寄席などで特別興行を行なって行きます。

東京人とのコラボで、特集号も組まれました。ぜひご購入ください。

東京人2024年3月号 特集「どっぷり、落語! 落語協会創立100年」[雑誌]

百年前と言えば、関東大震災があった直後。落語も組織化しようという流れがあったのか、この頃に出来た落語協会は百年経つということです。百周年としていないのは、周がつくとずっと存在し続けていたということになるらしく、どうやら途中に、存在していない時期もあるとかないとかで、そこであくまで「誕生百年」という文言を使っています。

百年前の噺家が今の落語界を見たらどう思うでしょうね。こんなにたくさん居るのも驚きでしょうし、名前だって継がれまくって、だけど圓生も志ん生はいないかよって突っ込まれたり。とにかくその変貌に驚くでしょうね。だけど古典落語だけは当時と同じ演目を多数やっているので、芸論だけは同じ熱量で出来そうです。

「百」のつく落語って少なくて「百年目」「百川」くらいしかないんです。なので今年はこの二席がかなり出そうです。堀井憲一郎さんあたりに集計してもらいたいですね。例の漏れず私も「百年目」を覚えています。みんなが「大変な噺だ」というのでどれだけ大変かと思っていましたが、いやー大変です。

長い噺はたくさんあるので、覚えるのは噺家として当たり前過ぎるのでなんともないのですが、この噺はとにかく場面が多いので大変です。文七元結も長くて場面が多いんですが、感情で話をしていく場面が多いので、やりやすいと言えばやりやすいです。ですがこの百年目は、もっと落語のスキルを駆使していかなければいけないんですね。会話的なんです。

僕の中では4クォーターに分かれていて、第1クォーターは「番頭が店の者に小言を言うところ」。小言幸兵衛とかかんしゃくのような場面。
第2クォーターは「船遊び」の場面。華やかに遊ぶ愛宕山のような雰囲気と芸者太鼓の居る妓楼のような華やかさが大事です。
第3クォーターは「一人もじもじの番頭」。ここは完全に一人言の負の妄想シーン。水屋の富的でもあるし、これもスキルが要ります。

最後の第4クォーターは「旦那の言葉」。ここが重要。この主従関係というかお店の旦那と番頭さんの関係が垣間見える温かい場面です。ここをやりたくてこの噺やっているんですが、とつとつと語るこの大旦那が難しい。諭す感じ。大真面目な人だと思っていた番頭が羽目を外して居る場面を見たわけで。それを踏まえて番頭にどう言うか。上司力というんでしょうかね。
見せどころです。

この百年目のようなことは我々の世界でもありますね。前座の頃、寄席をサボって居るのが師匠にバレた時はみんな冷や冷やします。

ウチの師匠は怒りませんでしたけど。

二つ目になってから言われました。

「寄席に電話してお前たちが居なかったらどうしようといつも思ってた」

と。つまり師匠だって弟子がサボっているところを見たくないってことでしょうね。師匠ってそんなものかもしれません。私にはまだ弟子が居ませんがそう思う日も来るのでしょうかね。

今日は落語協会と「百年目の話でした。

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