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Huluオリジナル【十角館の殺人】が想像以上だった


さて、念のため前置きを。


本稿には綾辻行人の推理小説「十角館の殺人」に関するネタバレがふんだんに含まれる。

原作小説他メディアミックスに一切触れたことがないにもかかわらず、この記事に迷い込んでしまった獲物たちには”十角形の罠”に捕らわれる前に引き返してもらえると幸いだ。




犯人は___________




早速だが物語の核心部分について話そう。





実を言うと犯人がミステリー研究会の一員であり、江南の友人である守須恭一だと早々に勘づいてはいた。



というのも、本土と島を行き来する難易度がそれほど高くないのであれば誰にでも犯行は可能であり、むしろ島側ではなく本土側に居る人物こそが怪しいだろうという、推理でも何でもない勘がたまたま的中しただけである。


加えて、守須と江南がそれぞれ「ホームズ」「ワトスン」に例えられ、第2話にて過去の事件の中心人物である中村千織ホームズのファンだと明かされた時点で守須が深く関わっていることは何となく察せたのだ。

作品の構造を俯瞰してみても島田江南の方がホームズとワトスンの関係を模しており、守須には明らかに探偵ではなく別の役割が課されていることも示唆されている。


さらに言えば、初めは江南たちと共に謎解きに興じていた守須が2人に対して突然不快感を露わにした時の挙動も、まるで事件に深入りさせまいとするようで実に怪しかった。

このワンシーンに関しては、急に湧いて出た島田という男に江南が奪われて嫉妬しているようにも受け取れるが、視聴者に充分なヒントを与えてしまっている。



ただ、最初から疑いの目を向けていた守須が実際に犯人だったからといって興醒めしたわけではない。

むしろ、この真相に辿り着いた時、私の気分は高揚していた。




何故なら「守須恭一」=「ヴァン・ダイン」というカラクリまでは読めていなかったからだ。



こういった事件で黒幕が外部犯のパターンはほぼない。だというのに、あくまで「中村青司の仕業に見せかけて、守須が毎夜十角館に忍び込んで殺人を繰り返している」ところまでしか予想できず、彼自身が内部に潜り込んでいたことに全く気付けなかった。


この手のミステリーのセオリーを突き詰めれば内部の人間に注目していただろうに……悔しい、そして同時に気持ちが良い。


映像化不可能
と言われる所以はここにあったのか、と。

原作を読んでいない私でも、売り文句である「衝撃の一行」がドラマにおける4話のラストシーンを指しているであろうことは想像に難くなかった。


後から振り返ってみると、序盤ではヴァンの顔にピントが合わないようにしていたり、ハッキリと顔が映らないよう角度を工夫している様子が見て取れた。

やがて被害者が増えていき、エラリイ、ポウ、ヴァンの3人だけになった辺りから徐々に彼の顔が見え始める……そんなギリギリを攻めた、かなり際どい撮影法である。



そして何より「風邪気味」という設定を活かし、髪をボサボサにするアイデアも不自然がなくて素晴らしい。平時のヴァンがどのようなヘアスタイルなのかを知る由もない視聴者を騙すには最適の手段だったろう。


特筆すべき点は髪型だけでなく、その格好もだ。


ヴァンの時は着膨れしているのか、どこかだらしない体型にも映っている。
対して守須の時は細身を強調した服装をしている上に、眼鏡を付けることで一層キリッとした印象を与えていた。

さらに守須は江南と島田の視点では下から見上げるアングルが多いため、顔を伏せがちなヴァンとは正反対のイメージを植え付けることにも成功している。


この作品は制作サイドの魅せ方と役者の演技力にかかっている部分がかなり大きかったわけだが、出来上がったものは実に見事だったとしか言いようがない。

映像化不可能と謳われる本作で、映像付きで騙されたのだから小林さんの演技や撮影の技量に唸るほかないだろう。


前情報なし、かつ映像を観ていながら気持ち良く騙されることができた私は世界一の幸せ者かもしれない。


トリック



さて、お次はトリックについて。

犯人はどうやってオルツィの部屋に侵入したのか?と疑問に思っていたが、何の捻りもなく十角館を買い取った伯父からマスターキーを預かっていたから自由に侵入できただけというシンプルな
もので少々面食らった。

もしポウの提言通りに途中で持ち物検査を行なっていれば一発でアウトだったのではないか?



そして個人的に残念だったのは十角形にこだわる偏執的な人物は中村青司であり、真犯人のトリックが十角形とは何の関係もなかったところだ。

十一角形のマグカップにしても守須が土壇場で利用したという、何とも締まらない種明かしである。

終盤でエラリイが発見した秘密の地下室も、てっきり地下から全ての部屋に侵入できる作りになっていて内部犯の可能性が濃くなるのかと思いきや、エラリイの外部犯説を補強するための仕掛けに留まっていた。

当の守須は十角館に隠されたカラクリに気付いておらず、結局建物を活かしたトリックらしいトリックは皆無。


アリバイ工作にしても本土と島を行き来する手段さえあれば誰にでも可能だったとはいえ、いくら当時の防犯基準で想定しているにしても力技が過ぎる。

まあ、現実で考えた時に再現するのがバカらしくなる程度のトリックの方がフィクションには相応しいとも言えるが……。


しかし、体調不良を装うのではなく、自ら本当に体調を崩すことでメンバー全員の目を欺くことに成功していたのは流石だった。医者の卵であるポウが体温を測り、風邪だと証明すれば間違いなく他のメンバーは信じるだろう。

ポウは事件が起きてから現場検証や検視役も兼ねる優秀な人物であり、彼が居てくれたおかげでエラリイの嗅覚を鈍らせることが出来たのは納得の展開だった。


証拠



確たる証拠は残していない。守須もそこに自信を持っていたが、どうやら島田の目だけは誤魔化せなかったようだ。



いったいどこで守須の行動に疑問を抱いたのかは定かではないが国東半島磨崖仏に興味を示していた描写から察するに、絵を描いていた期間のアリバイが無いに等しいことに気付いたのだろう。

嵐の夜、守須はその几帳面な性格ゆえにダメ押しのアリバイ工作として江南と島田に接触した。それが仇となり自分たちが守須の不在証明のためにまんまと誘い込まれていたのではないか?と島田に気取られてしまったのだ。


ラストシーン、守須に自分の推理を披露しようとした島田の目つきが日頃のお茶目な彼からは全く想像もつかない名探偵の目をしていて痺れた。表情ひとつで空気を塗り替える青木さんの演技が素晴らしい。


動機



守須は「ミステリー研究会のメンバーは千織を救えたはずなのに見殺しにした」と思い込んでいたが、全ては推測にすぎないので動機としては何とも言えないところ。


ただ、医者の卵であるポウが同席していながら人工呼吸をした形跡がないことから、彼らが「誰かが千織の酒に毒を仕込んだかもしれないから触れない方がいい」と無理やり事件性を見出し、救命よりミス研ならではの好奇心を優先したのではないか?と勘繰る気持ちは分からないでもない。


実際、たった1年前に凄惨な事件が起きたばかりの青屋敷に目を輝かせて合宿気分で来るような連中だ。
エラリイに至っては今まさに仲間がバタバタと殺されている状況下でも恐怖心より知的好奇心を膨らませるタイプだった(彼は些か特殊な例ではあるが……)


しかし、だからといってこんな目に遭わなければならない道理などありはしない。

これは千織を救えなかった守須の八つ当たりでしかなく、神の裁きによってその行為の代償を払わされる宿命だったと言えよう。


興奮した箇所①



「ミステリー研究会のメンバーが推理小説家の名前をあだ名にして呼び合っている」
というミスリード。

第1話で江南が島田から名前を聞かれた際に「江南」の字面から派生して「江南→こうなん→コナン」といった風に、あたかも苗字由来で推理小説家の名前が割り振られているように錯覚させていたのだ。

この法則に従って、守須は如何にも「モーリス・ルブラン」だろうと思い込ませることが第一の罠。
おそらく推理小説に造詣のある人ほど思い込みは強いはず。


読者/視聴者への時限装置として非常に有用であり、事件後に発覚した「エラリイ=松浦純也」によってこの罠は一気に起動する。

本名にエラリー・クイーンのエの字もない……つまり、守須は_______


という感じで、前提が覆される感覚はとてつもない快感だった。



興奮した箇所②



守須がミステリー研究会のメンバーへ送った手紙の内容が奇しくも「中村千織は私の娘”だった”」という、中村青司が弟・紅次郎を恨んだ理由と二枚重ねになっていたところが面白い。


守須は千織が紅次郎と和枝との間に出来た子供だと知らず、ただ江南の関心を過去の青屋敷事件に向けるために餌を撒いたのだが、これが当の紅次郎からしてみれば「千織は私の娘だった(はずなのに、やはりお前の娘だったのか。俺はお前を許さない)」と兄からのメッセージとして受け取れるのだ。

守須は紅次郎を裁きの対象にしていないので、彼への手紙の内容は「千織は殺されたのだ」とシンプルな告発になっているが、紅次郎は江南宛てに届いた手紙に目を通した時に生きた心地がしなかっただろう。



興奮した箇所③



ミステリー研究会を罠に嵌めた張本人であるヴァンが、エラリイの想定外の行動に振り回されて疑心暗鬼に囚われる展開。



閉じ込められた館で1人ずつ消えていき、やがて2人きりになればエラリイも流石に自分のことを疑うだろう……と身構えていたヴァンだったが、エラリイは外部犯(中村青司)の犯人説を最期まで譲らなかった。



しかし、それも無理はない。



犯人や我々視聴者の視点では一見エラリイの推理力が急激に低下したかのようにも思えるが、彼は元々自己陶酔しがちなタイプであり、自身の推理を披露できる相手を欲していた節がある。


カーやポウのように激昂するでもなく、自分の唱える仮説に耳を傾けてくれるヴァンは共に居て心地が良い相手だった
とすれば、その自惚れが原因で足を掬われるのも納得。


さらに、エラリイは紅次郎から中村青司事件の詳細を訊くことは出来ない状況でルルウの殺害現場に残る足跡、青屋敷の地下室、そして十角館の地下室を立て続けに発見していたことも彼の推理を後押ししていたのだろう。



ただ、ヴァンの立場からすれば自分と2人だけの状況にもかかわらず自信満々なエラリイの様子から「本当は自分が犯人だと気付いているくせに泳がせているのではないか?」という疑念が拭えなくなるのもまた、無理はない。

彼は初日の脱水症状から始まり、それまでの連続殺人によって心身は限界まで摩耗していた。

ところが、目の前にいるエラリイだけは自分が獲物だと理解していて尚、知的好奇心を最優先に行動し続けている。

その生来の図太さを前にして、ヴァンは思わず「エラリイ!こんな時に冷静すぎるよ……!」と本音を溢してしまうのである。もちろん、まだ容疑者の1人だった時点でのセリフではあるが、犯人としてのヴァンからエラリイに対する紛れもない本音なのだ。

終盤のヴァンとエラリイのやり取りは真相を知った上で観ると、どこか珍妙な劇にも見えてこれが面白い。


最後に



私は綾辻行人さんの作品はAnotherしか触れたことがなかったけれど、十角館はかなり楽しめた。

4話までエンドロールが流れない(クレジットが犯人の正体に直結するため)のにも意味があって、これは地上波ではなくHuluで映像化して大正解だったなと。


もし原作を読んでいて、この記事に辿り着いた方がいれば是非ご覧ください。


追記


綾辻先生が本作の主題歌を担当している「ずっと真夜中でいいのに。」を以前から好きだったと後から知り、嬉しくなりました(自分も元から好きだったので)。

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