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【Humanize Voice ~ よしつぐの独り言…】  <バックナンバー 2014年10月-12月>

2014年10月から12月のバックナンバーです!


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一歩前に踏み出す拠り所となる場、居場所を提供できるように!
<ヒューマナイズ通信 2014.12.17掲載 一部修正>

 今年は「萌芽」というテーマを掲げ、新たな“始まり、きざし”を意識して取り組んできました。
 できるだけ先入観を持たずに先ずはやってみる、そんな気持ちで取り組んできました(おそらく…)。

 まだまだと思うことばかりですが、いくつか新たに取り組み始めたこともあります。
 例えば、昨年学んだWSDの修了者のネットワークで、九州に関係がある方が集う「WSD九州の会」を始めることができました。
 定期的に情報交換したり、ワークショップへの参加・お手伝いなど、継続的な学びの場があることは有難いことです。

 また、弊社のミーティングスペースでも新たな勉強会をほぼ毎月、定期的に開催することができました。
 また、過去につながりを活かし全国で活躍される専門家の方々を福岡に招き、セミナーを開催することもできました。

 そして、長い間やりたかったことの一つである、キャリアに関するコミュニティを開設しました(ぎりぎりになって宿題を提出する感じですが)何とか今月からスタートさせました。

★キャリアバラエティ → https://www.facebook.com/career.variety

※「キャリアバラエティ」は、パラレルキャリアなど、多様な働き方を実践している(挑戦している)人を紹介することを通じて、多様な働き方・生き方を応援&追求するコミュニティです!

 まだまだやりたかったことはありますが、結果分が今の実力だと考えています。
 と言いながら、何をやるにしても誰かの協力が無ければ前にも進まず、形になることもありません。
 改めてサポートいただいた方々に感謝です。

 いくつになっても?新しい場を作ることや参加することで、確実に新たな可能性を感じることがあります。
 人と出会うことで「できるんじゃないかな!」って妄想・願望・野望を抱くことは大事なことです。
 こういう妄想・願望・野望は質より量が大切ですね。

 勿論、全てが実現するわけではありませんが、新たなイメージを持つことで一歩前に踏み出せることもあります。
 一歩踏み出して行動することで、変わることもたくさんあります。

 自分自身もそうですが、誰かのために、一歩前に踏み出す拠り所となる場、居場所を提供できるようにしたいですね。

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キャリアに「正しさ」は必要ない
<ヒューマナイズ通信 2014.12.03掲載 一部修正>

 先日、『雇用の未来-コンピューター化によって仕事は失われるのか』という論文が発表され話題になりました。
 これからの20年で現在のアメリカの雇用の半分は、コンピューターに取って変わられる可能性が高いという内容でした。
 実際10年~20年のスパンで考えると、仕事もそうですが、企業も絶えず変化しています。
 今後も益々変化が激しくなると言えます。

 仕事や企業が変化する一方で、個人が仕事や企業にこだわり過ぎるのもどうかと思います。
 ましてやキャリアに関する話題で、「正しさ、正しい」というフレーズが出ると違和感を感じます。
 正しいキャリア選択、正しい就職活動、正しい進路決定、など話題が出ますが、そもそもキャリアに「正しさ」は必要ないと考えています(個人的な意見ですが…)。
 自分に合ってる、納得感や満足感が高いということはありますが、これが絶対正しいと言う正解は無いと言えます。
 正しいと思って選択したことも10~20年のスパンで考えるとわかりません。

 逆にあたかも正解があるという思い込みが強いと、自由に選択できなくなったり、上手くいかないと感じている時に、自己否定感が強くなります(そもそも上手く行ってるかどうかも感覚的です)。
 迷っている人ほど選択肢が少ないのではないでしょうか。

 昨今、キャリア教育に力を入れている学校が増えています。
 年齢問わず社会に踏み出す前にキャリアに関して考える機会は必要です。
 選択肢を広げるためのキャリア教育は賛成ですが、進路を限定していくようなマッチング中心の選択肢を狭めるキャリア教育?は、そろそろ減らしていくべきではないでしょうか。
 少なくとも誰かの勝手な「正しいと思う(思った)」価値観を押し付けることで、本人の可能性が狭まっていくようなことは避けたいですね。

 変化が激しい時代は、リカバリーのチャンスも多い時代だと言えます。
 もっと自律的で主体的な選択を信じてもいいのではないでしょうか。

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褒めるよりも「承認する・認める」ことを大切に!
<ヒューマナイズ通信 2014.11.19掲載 一部修正>

 人を育てるには、褒めることが大事だと言われます。
 良い所やできていること、長所に目を向け褒めることは大切なことです。
 しかし、自分自身もそうですが、頭の中ではわかっていても、悪い所やできていないところが気になりますし、日常ではそう簡単にはいかないこともあります。

 また褒めることが大事だと言われながら、しっくりこない理由の一つに自分自身が褒められるのが苦手で、褒められても素直に受け取れないタイプ?だからかもしれません。
 特に価値観が異なるような人から褒められると、「馬鹿にしてるのかな?」と疑い深くなることもあります(器が小さくてすみません)。
 そもそも、褒められる機会も少ないような気もしますが(笑)。

 いずれにしても同じように褒めても、相手によって受け取り方は違っていると言えます。

 「褒める」ことも大切ですが「承認する・認める」ことも大切です(自分自身には合っていると感じています)。
 「褒める」は、良い所やできていることを見つけ(探し)、「すごいね」「素晴らしい」と称賛しますが、「承認する・認める」は、やっていることを見て、落ち着いた感じで「そのままでいいよ」「それでいいよ」と声をかける感じです。
 見つけて(探して)というよりも、現状やありのままを肯定するというイメージです。

 「そのままでいいよ」「それでいいよ」という言葉には、落ち着きや安心、居場所がある感じを与えてくれます(これも人によって受け取り方が異なるかもしれませんが…)。

 組織開発の仕事で、様々な職場に行きますが、“承認”の言葉が少ない組織は、やはり元気が無いですね。
 情報技術が発達する中で、承認に限らず直接声をかける機会が減っている職場も多いようです。
 コミュニケーションを良くするためには、意識的に声掛けすることも必要です。

 褒めることが苦手な方は、まず「承認する・認める」ことから始めてはいかがでしょうか。

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何気ない一言が勢いを止める?
<ヒューマナイズ通信 2014.11.05掲載 一部修正>

 先日、バスケットのコーチをしている人と「一言で試合の流れが変わる」という話題になりました。
 強いチームと弱いチームの差の一つとして言葉や雰囲気に流されやすいかどうかあるという話をしてくれました。

 そこで印象的だったのは、強いチームが一つの言葉で変わると言うよりも、弱いと言われるチームほど、一つの言葉で大きく左右される、負のスパイラルに陥りやすく、悪循環で自滅してしまうことが多いという話でした。
 逆に、強いチームほど、どんな状況でも普段通りに近い状態を保てる、波が少ないという話でした。

 一例として、強豪チームと終盤まで互角に戦っていた弱小チームが、最後のタイムアウトの時に交わした何気ない会話で、一気に負けてしまった話を紹介してくれました。
 圧倒的に不利と言われている中で互角に戦い、あと一歩という場面で、弱小チームの選手の一人が「これだけ善戦してたら、いいんじゃない」と言ったそうです。
 それを聞いた別のチームメイトは、善戦で十分、勝つことを諦めたように受け取ったようでした。
 そこから一気に足が止まってしまい、最後は大差で負けてしまったそうです。

 どのような意味合いで言ったかはわかりませんが「いいんじゃない」を、肯定的に捉える人もいれば、否定的に捉える人もいます。
 ただ、否定的に捉えた人にとっては勢いを止めてしまう、一気に熱が下がってしまう一言だったと言えます。

 バスケの試合に限ったことではありませんが、勢いをつけたり、場の雰囲気や熱量を上げるためには、細心の注意を払い言葉を選択する必要があります。
 テンションを上げて何度も繰り返し鼓舞することでようやく動き出します。
 逆に前述のように、勢いを止めたり、熱を冷ますのは、ちょっとした一言だったりします。

 今の時代、何気ない一言が、様々な方面から飛び込んで来ることは、防ぎようが少ないと言えます。
 否定的に受け取られる何気ない一言を減らすことも必要ですが、一言で揺らがない関係性を日頃から意識して作ることも必要です。
 そのためには、チームとしての意志や目標を常に確認することが必要ですね。

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体育会系学生の採用考?
<ヒューマナイズ通信 2014.10.15掲載 一部修正>

 先日、人づてに今年入社した新入社員の方が悩んでいるので、相談に乗って欲しいと言う依頼があり話を聞くことにしました。

 話を聞いてみると「体育会系」というレッテルに悩んでいる内容でした。
 相談者の方は、いわゆる体育会系採用で入社した方で、採用時には「体育会系」と言われることを気にしてなかったようですが、入社すると「体育会系だから大丈夫だろう」「体育会系だからできるだろう」「体育会系だから…」と連呼され、そこで言われている体育会系のイメージと自分自身の本来の姿にギャップを感じていました。
 最近では、体育会系と言われることがプレッシャーで、心身共にバランスを崩しているようでした。

 採用の現場では、現在も体育会系学生の人気は根強いものがあります。
 しかし、その一方で採用側からも、昔と比べると体育会系学生の気質やイメージが変わった…そんな声も聞こえてきます。
 学生側も企業側も双方でイメージが違うと言っているのもおかしな話です。

 「体育会系」という言葉の意味は、人によって異なります。
 具体的に期待することや求めるものを明らかにしないで、ただ単に体育会系を採用したいと言っているのは、採用側の怠慢かもしれません。
 体育会系学生の採用を否定するつもりはありませんが、体育会系+アルファの情報が必要だと言えます。

 通常、採用を企画する場面では、○○な人材が欲しい(目的)→例えばチームスポーツで××な経験がある人(手段)という形で展開されます。
 目的を達成する一つの手段であった体育会系学生の採用が、目的と手段が混同していることもあります。
 「体育会系学生が採用できたので採用は成功です」と言っているのも何だか違和感を感じます。
 確かに体育会系の優秀な学生が採れたのかもしれませんが、活躍できるかどうかは別の問題です。
 少なくとも相談に来た彼のようにイメージの違いに悩み、心身共に衰弱してしまうのは、本人も企業にとっても望んでいる姿ではなく、勿体ないと言えます。

 “2018年問題”と言われるように、あと数年もすると学生そのものが減少する時代がやってきます。
 意欲を持った貴重な若者が安易なミスマッチによってその意欲を削ったり、失くしたりすることは残念です。
 体育会系に求めているものをもう少しはっきりさせたいですね。

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自分や自分の家族に置き換えて考える
<ヒューマナイズ通信 2014.10.01掲載 一部修正>

 ハラスメントに関する研修や勉強会を行う時に、よく利用する資料の一つに厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせに関する円卓会議ワーキング・グループ報告」があります。

 その円卓会議で紹介された、ある企業役員のメッセージがあります。
 「すべての社員は、その家族にとって、自慢の娘や息子であったり、尊敬されるお父さんやお母さんだったりする。そんな人たちを、職場のパワーハラスメントで苦しめたりすることがあってはいけない。」
 上記のメッセージの通り、自分のことや自分の身内に置き換えて、少しでも他人事ではなく自分事として捉えることは、当然ですが非常に大切なことです。

 仕事柄、入社後すぐに辞めた人の相談を受ける機会があります。
 入社前に聞いていた話と異なる…辞めた個人側だけの話なので、情報としては不十分だと思いますが、採用時には偏った情報のみ受け取り、ミスマッチを起こすことは珍しくありません。
 色々聞く話の中では、かなり差し引いて聞いたとしても、人権を尊重していない残念なケースもあります。

 売り手市場では、当然求人件数や採用人数が増加します。
 採用側は少しでも引き付けるために、偏った情報を流すこともあります。
 部分的な強みを強調することは悪いことではありませんが、あまりにもバランスが悪いと入社後のミスマッチにつながることは言うまでもありません。

 人材に関するサービスを提供していると、時々お客様からの要望が、度を越えることもあります(あくまでも個人的な感覚ですが…)。
 ニーズを尊重することは必要ですが、自分や自分の家族に受けさせたくないようなサービスは提供したくないですね。

 採用やハラスメントに限らず、少しだけ自分や自分の身の回りに置き換える機会が増えると、関係性が改善されることがたくさんあります。
 一人でも多くの人が、能力を適切に発揮できる機会を作る…そのためには、一企業(組織)の枠を超えて考えることも必要です。
 瞬間的な利害が、長期的・継続的な満足につながっているか?自分事に置き換えて考えたいですね。

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