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【Humanize Voice ~ よしつぐの独り言…】 <バックナンバー 2017年4月-6月>
2017年4月から6月のバックナンバーです!
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自分の感じる違和感を大切に!
<ヒューマナイズ通信 2017.06.21掲載 一部修正>
組織を運営する場面、価値を創造する場面、イノベーションが起こる場面、様々な場面で違和感が大切だと言われます。
違和感とは、しっくりしない感じのことですが、頭で感じる疑問というよりも、もっと身体や心で感じる、感覚的なものだと言えます。今この瞬間に起こっている出来事に対する違和感が未来の変化を生み出す源泉になっています。
感覚的な表現で恐縮ですが、違和感は大きく二つに分かれるような感じがします。
一つは「えっ…」「んっ…」という感じで、何か引っかかりがあって問いかけが進むイメージです。「何々?」「どういうこと?」、良くも悪くももう少し知りたい、明らかにしたい感覚をもつ違和感です(アバウトですね)。
もう一つは「うわっ…」という感じで、瞬間的にリスクを感じて拒否・拒絶的な反応になるものです。「ストップ!」「ちょっと待って!」、まずはそこから距離を置きたくなる違和感です(さらにアバウトですねw)。
違和感を大事にすることは必要ですが、どちらかと言えば前者の違和感を大切にしたいですね。中でも、特に軽微なもの、「えっ…」「んっ…」と認識するかしないかというレベル、いつもだったら見逃すはずなのにたまたま今回はちょっと気になっているレベル、そういうレベルの違和感が大事です。
何に気づくか、何に違和感を覚えるのか、一人ひとり異なります。
誰かが感じた違和感によって、そのチームや組織やコミュニティが守られていることがたくさんあるのではないでしょうか。
自分自身の違和感は、その人のアイデンティティの一つでもあります。自分の感覚を大事にしたいですね。
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経験していないが知っていることが増え続ける中で
<ヒューマナイズ通信 2017.06.07掲載 一部修正>
最近、様々な場面で「経験していないが知っていること」が増えていると感じます。身の回りに流通する情報量が増大し、そのスピードが加速する中で当然ですが、実際に経験したわけではないが、知っていることの範囲が非常に拡大していると感じます。
例えば、実際に自分で購入したことが無い商品でも、その商品が取り上げられたメディアの情報や実際に購入した人の体験談を見聞きすることで、何となくその商品のイメージがわかる(わかる範囲が広がっている)と言えます。
「経験していないが知っていること」が増えることは、自然の流れであり、避けにくい流れです。良い・悪いということではなく、起こり得るメリット・デメリットは、両面理解する必要があります。
むしろ大切なのは、「経験していないが知っていること」が増え続ける中で、改めて何を経験するのかと言うことです。
知ってるつもり・わかっているつもりから、敢えて実際に経験・体感して、本当の自分の知として置き換えていくプロセスにおいて何を選択するのかが大切です。知っているだけに、無難な選択しかできなくなるのかもしれません。しかもそれが本当に無難かどうかは、わかりませんが(笑)。
世の中に流通している情報を自分というフィルターを通して、自分なりの意味付けをしていくことは貴重なプロセスです。
同じ情報であったとしても、一人ひとり情報を受け取るまでの生い立ちは違うので、情報の捉え方・意味も千差万別であると言えます。自分を通して絶えず情報を上書き、アップデートしていく、さらにそれを誰かが受け取った情報と組み合わせたり、掛け合わせたりすることで、新しい意味や価値が生まれてくるのではないでしょうか。
たくさんのある選択肢の中から、何を選んで経験するのか(経験しないのか)。
その選び方も個性ですね。
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自分の中にある多様性
<ヒューマナイズ通信 2017.05.24掲載 一部修正>
先日、机の中を整理していると、以前受けた「ストレングスファインダー」の結果が出てきました。「ストレングスファインダー」とは、自分の強み(特長的な資質)を分析するツールです。ちなみに私の上位5つの資質は「戦略性」「共感性」「個別化」「自己確信」「学習欲」でした。少し前の結果なので、今はまた少し変わっているかもしれません。自分で言うのも何ですが、特長が分散している感じを受けます(笑)
最近、頻繁に「ダイバーシティ」「ダイバーシティ・インクルージョン」という言葉を聞くようになりました。多様性を活かす、多様性を活用して新たな価値を生み出すことが様々な場面で求められています。多様性というと、一般的には“人々の間の違い”として捉えられますが、人々の間の違いの前に、自分の中に存在する多様性にも着目することが必要ではないでしょうか?
自分特有の自分の中で大事にしている価値観やよく使用する思考パターン、マインドセットは存在します。しかし、全てがそこに集約されているわけでもなく、誰でもこういう時にはこんな考え方・感じ方をすることもあれば、違う場面ではまた違うと言った感じで、色々な幅があると言えます。
「自分はこういう人間だ…」と極端に決めつけることなく、「こんな時は、こうだけど…」「あんな時は、また違う…」と言った感じで、自分の中にある多様性を受け入れることも必要ではないでしょうか。「キャラを決める」ではありませんが、特徴を分類して自分のポジションが明確になると安心感を持てるのかしれません。しかし、自分で自分をどこかの檻に縛り付けるのも勿体ないような気がします。もっと「こんな自分」や「あんな自分」色々あっていいのではないでしょうか。
人々の間の違いを受容し活用していくためにも、まずは自分の中にある多様性に寛容でありたいですね。
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ありのままに見る、じっと見る?
<ヒューマナイズ通信 2017.05.17掲載 一部修正>
最近10年ほど貸していたマンションが空き家となり、10年位前のことを色々と思い出すことが増えました。当時(実際はもう少し前ですが)、一番大変だったのは中学生の娘が上手く学校に適応できず、学校に通えなくなったことです。
正直なところ、最初の頃は「わが子なら大丈夫」ではありませんが、軽く考えていました。しかし、日を追うごとに不調が激しくなり、学校に行かなければ思えば思うほど、身体に症状が現れ、想像以上に悪化してしまいました。
周りの方々のサポートもあり、徐々に通えるようになりましたが、復調するまでには、かなり時間がかかりました。あれから10年以上経過し、社会人になった今では、当時の面影もありませんが?ただ心の中には、まだ何か抱えているのかもしれません。
当時、どう関わればいいのかわからず、それでも何かできることはないかと思い、毎朝通学する娘の後ろを歩いていました。一緒に歩くわけではなく、できるだけ娘にも周りにも後ろを歩いていると意識されないように?20~30メートル位離れて後ろを歩いていました。通勤経路と同じだったこともありますが、自宅から校門に入るのを見届けるのが日課でした。かなり怪しいですね(笑)
半年位、続けていましたが、歩く姿を毎日見ていると色々と気づくことがありました。歩き方や歩くスピードで、なんとなくですがコンディションがわかるようになりました。わかるというよりも変化があると少し気づけるようになりました。
訳もわからず始めたことでしたが、黙って見ることで気づくことがたくさんあり、改めて「見る」ということを考えたような気もします。
コミュニケーションにおいて話す・聞くことは勿論大切ではありますが、見ることも大切な要素です。ありのままに見る、じっと見ると何か気づくことがあるのかもしれません。見ることができる、見えているということを丁寧に扱いたいですね。
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○○ファーストと距離感
<ヒューマナイズ通信 2017.04.19掲載 一部修正>
アメリカのトランプ政権がスタートして3か月が経過しようとしています。
どの程度政策が進んでいるのかはわかりませんが、大統領選から一貫して訴えてきた「アメリカ・ファースト」(米国第一主義)が政権の基本戦略であることは変わらないような印象を受けます。
大統領選から就任直後は、かなり強烈にメッセージが発信されていたためにアメリカ・ファーストや保護主義的な動きに対して、危機感や警戒心を持つことが多かったのではないでしょうか。
しかし、「○○ファースト」というのはアメリカに限ったことではありません。国内では、小池都知事も「都民ファースト」と発言していました。また、多くの地方自治体では、当然「地元ファースト」であると考えられます。あまり疑問を持つことなく地元を中心に(優先して)考えていますし、よく地域ナンバーワンと言った政策が打ち出されるのもその現れだと言えます。
アメリカ・ファーストを擁護するつもりはありませんが、アメリカ・ファーストや保護主義に関して危機感や警戒心を持つのは、ある程度距離感を置いて大きな視点から見ることができているのも一つの要因だと言えます。影響力も大きく、一国の話しではなく、関係諸国とのつながりも見えることもあって、行き過ぎではないか、急過ぎではないかという、疑問を持つことができています。
一方、身近な自分が住んでいる地域で考えると、その中にいるために全体やその他の地域とのつながりが見えづらく、「○○ファースト」が行き過ぎているのか?急過ぎているのか?感覚が鈍っていることがあるのかもしれません。
政策に限ったことではありませんが、変化の影響が大きく、行き過ぎたり、急過ぎると、「本当にそれでいいのか?」というブレーキがかかるのは、ある意味正常な反応です。
正常な反応を維持するためには、ある程度全体を見渡すことが必要です。
どの視点で見ているのか、いつもチェックしたいですね。
また「○○ファースト」の背景にある不安や畏れを、そのままに理解することも必要ではないでしょうか。
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結果で悩むときはプロセスを開示する…
<ヒューマナイズ通信 2017.04.05掲載 一部修正>
先日、立て続けにプロ野球を観戦する機会がありました。一つは、地方球場(タマスタ筑後)での二軍戦(ウエスタンリーグ開幕戦)、もう一つは、ドーム球場でのオープン戦。たまたまどちらも同じ、福岡ソフトバンクホークスvs阪神タイガースというカードでした。同じプロ野球でありながら、登場する選手も、球場の雰囲気も全く異なります。
個人的な感想ですが、二軍戦の方が面白かったですね。もちろんプレーやゲームのレベルという点では、一軍の方が優れている感じですが、二軍戦の方が、より臨場感あふれる観戦ができました。グランドまでが近いこともあり、選手一人ひとりの状況がよくわかります。上手くいかなかったプレーの後の表情を見ていると、色んなことを考えさせてくれます。またここで活躍した選手が、上(一軍)に上がってどんな活躍をするのか、そんなことを考えながら観ているとさらに楽しみが増える感じです。
何を見る、見せるかによって価値は異なると改めて感じました。選手からすれば、一軍で活躍してナンボ…ということかもしれませんが、今置かれている状況やポジションを把握した上で、結果だけでなく何をどう表現するとチャンスが広がるか、大事なことだと言えます。
プロの選手に限らず、新人や若い人で結果を気にする人がたくさんいますが(若手だけではありませんが)、可能性を売りにするのであれば、結果よりもプロセスをしっかり見せた方がいいですね。結果で悩んでいるのであればあるほど、しっかりとプロセスを開示した方が、貴重な情報や救いの手が舞い込んで来るのではないでしょうか。
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