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もう一つ 表現技法

「なにも話さないんだな。」
永遠に続いているような野原の空気が不意に揺れる。
「…逆に何か話して欲しいんですか?」
「断じてない。だが、『ここはどこなんだ』とか『貴方は何者だ』とかをよく聞かれるからな。」
「…大体想像がつくじゃないですか、こんな場所。聞くのは無粋かと。」
一つ沈黙が起きる。
「お前友達いないだろ。」
「…いや、いたんだと思います。多分。」
「多分か。」
沈黙がこんなに耳障りになったのは初めてだった。


 人と仲良くなる方法がわからなかった。幼少期は意識をしないうちに同年代と話していた。それが一般的なあれかはわからない。分からないうちに歳を重ねてしまった。
 今回もだった。ただ席が近かった君と話すようになった。それもどちらからでも無く、授業のペアワークという他意的なもの。でも、それが僕らにとっては好都合だった。

 なんとも他愛のない話ばかりだった。中身のない時間の無駄とも言えるほど君といた。しかし、この感情は君と過ごすことでしか時間を感じないことができない自分への言い訳だったこともわかっていた。それほど君の時間が僕の時間の一部だった。
 そんなある日、香月君に呼ばれた。香月君は僕の幼少期を知る人間だ。幼稚園と小学校が同じだっただけだが。誰とでも会話が始められる彼とは違いすぎたのだ。僕は君との時間を置き、彼のところに行った。
「いきなり呼び出してごめんな。」
「…いや、別に良いんだけどさ。なんか用かい。」
「高橋と一緒にいるけど、友達なの?」
 ともだち…。僕らはどんな関係なのだろうか。圧倒的に一緒にいる時間は長い。けど、時間の長さが友達の条件なのだろうか。君といる時間は楽しい。けど楽しいのは僕だけかもしれない。片方だけが楽しい関係は友達なのだろうか。君は僕を何だと思っているのだろう。
「…友達では、無いと、思うよ」
 これが僕の精一杯だった。
「なら、話が早いや。あいつと関わるのを辞めてくれ。」
「…えっ?」
 …えっ?
「友達じゃないんだろ?無視するだけで良いんだよ。簡単だろ?」
 確かにそうだ。僕と君は友達といえる関係とは思えない。もしかしたら、君にとって僕は関わることがなくなっても何も変わらない間柄かもしれない。そう思っているはずなのに、何故か胸に強い衝撃を感じた。今まで感じたことがないものだった。
「…何故そんなことをしなくちゃいけないんだい?」
「なぜ?理由を話さなくちゃいけないか?」
「…どんなことであれ、理由がない無意味なことに手を貸す義理はないからね。」
「義理ならあるだろ。小学生の時仲良くしてた友達っていう義理が。」
「…友達というのは義理が生まれるものなのかい?小学生の時は友達をしてあげていたということかい?」
「は?」

「僕は友達になってくれと願ったことはないはずだ。勝手に友達になって義理を作ったのかい?」
 僕の身体は震えていた。
「確かに高橋君とは友達ではないと思う。けれど、香月君との関係ははっきり言える。友達ではないって。」
 香月君は何かを言いかけたが、それは深いため息に変わった。
「お前の気持ちはわかった。なら、明日から昼の時間、俺らと飯を食わないか。」
僕はいい奴だった。決心した。
「いいよ。」
 沢山の経験をさせてもらった。初めてパシリをした。初めて見えないところにアザがついた。初めて学校をサボった。

 寒さが本格的になる頃。2週間ぶりに登校した僕に君は声を掛けた。
「来てくれてありがとう。」
 久しぶりに対面した君の眼孔はどこか冷たさを纏っていた。
「別にいいんだけどさ。どうしたんだい?いきなり呼び出して。」
「僕は彼を救いたいと思っている。」
 やはり君とは気が合うんだね。
「彼。それは誰だい?」
「彼を救うために僕は一生懸命に考えた。けれど、僕にできることはこれしかないと思った。」
 なんともまわりくどい。変な自己啓発本でもよんだのだろうか。
「だから、彼って誰だい?手を貸したいが対象がわからないと貸しようがないよ。」
「手を貸してもらう必要はないよ。僕1人でどうにかなりそうだから。」
「じゃあ、なんで呼び出したんだい?意味がわからない。」
 君は僕の言葉に応答することはなく、少しずつ僕に近づいてきた。彼の目が「冷たさ」から「決心」に変わったのを感じた。後退りを始める。君は止まらない。どんどん進んで、僕は遂に手摺りに手をついた

 次に僕の視界にあったものは雲一つない真っ青な空だった。なのに水滴が僕の頬に二粒落ちた。


「彼が辛い想いをしていたのなら僕に報いが来るのは普通です。けれど、彼は『救いたい』と言っていた。誰だったんでしょう。」
「…。」
「彼が何故あんなことをしたのかはわかりません。けれど、何か大事なものがあったはずです。」
「何故そんなことをいえるんだ?」
「…なんとなくです。」
「なんとなくか。今まで正論ばかりを言っていた割にはずいぶん不確かな答えだ。」
「…確かに。ただ嫌な気はしません。」
彼の顔は晴れやかだった。

目の前に橋が見えてきた。
「俺の役目はここまでだ。こっからはお前次第だ。」
「そうですか。ありがとうございました。」
彼は躊躇なく橋を渡り始める。
「おい。」
「…まだ何か?」
「お前にとって高橋はどんな奴だったんだ?」
「…彼はどういうかわかりませんが、僕にとっては」
      かけがえのない友達です。







 

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