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変化のないとき本人は(前編)

※2002年10月に創刊し、掲載文が200本を超えたメールマガジ(メルマガ)『ごかいの部屋~不登校・ひきこもりから社会へ~』のバックナンバーから厳選した100本(予定)の掲載文を、毎週1本ずつ転載しています(歳月の経過を踏まえ、字句や一文、一段落など小幅な修正をしている場合があります)。

※今月から、時期に関連させることなくほぼメルマガの配信順に転載しています。まず今月は、7年前の6月に配信された第206号から順に転載。前号(第205号)の配信後にメルマガ掲載文の一部を収録した拙著『不登校・ひきこもりが終わるとき』が出版されたことで登録読者数が急増したのを機に、それまで温めていた「プロセスとそれに沿った対応」について書き始めました。きょうはその第5弾、6年前の2月に配信された第210号の掲載文です。

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気楽な足踏みなのか

 前回私は「本人が動き出す(支援を受ける、受診する、進路を決める、など)のは時間の問題」と思われるところまで到達しながら、その段階に長くとどまる“プラトー現象の時期”と“奥行きの長い階段のようにステップアップしてからしばらくそのままの状態が続く時期”に共通している「状態は良くなったがそのままで長く変化しない段階」「“状態の線”で表すと水平線のような段階」について、理解と対応のあり方を考えました。

 私は7年前の春から「不登校・ひきこもりのプロセス」をテーマに講演する際に“プラトー現象の時期”を入れるようになり、その後“奥行きの長い階段のようなプロセス”も加えています。すると“プラトー現象の時期”については、親御さんから「うちの子もそうだ」という反響が必ず出てきます。

 なかには「今の気楽な生活に安住している」とおっしゃる親御さんもいらっしゃいます。

 確かに“プラトー現象の時期”も“奥行きの長い階段型の1段1段の時期”も、前号で述べたとおり本人のエネルギーが回復してから現れる段階ですから、本人は活動的になっているうえ趣味を楽しむ心の余裕を取り戻しています。そのため、親御さんによっては来る日も来る日も気楽に過ごしているように見え「足踏みしている」「何か手を打たないと永遠にそのままでは?」などと心配なさるわけですね。

 本人は、ほんとうに「気楽に過ごして」いて、今の状態に「安住している」のでしょうか。

同じ状態に見えるけど

 ふたつの視点から、私の見解を申し上げます。

 第一に「“水平線のような状態の線”にも波がある」という点です。

 はたから見ると一向に変化しないように見える本人の様子は、確かに“状態の線”として描けば、単なる横向きの直線になります。しかし、その線を拡大してみると「小さな波」が見えてくるのです。

 つまり、はたから「まったく変化せずに同じ状態が延々と続いている」と見える本人のなかでは、かつて渦巻いていた葛藤や負い目や自己否定感や対人緊張などがまだ残っており、それらが折にふれ「滲(し)み出している」と思われるのです。

 したがって、この段階でも本人の生活ぶりを見た目から受ける印象で判断せずに、こと細かに観察したら「まだ状態に波があるんだな」と気づかされる言動が見られるのではないでしょうか。

                           <後編に続く>

不登校・ひきこもりに関する研修費に充て、相談支援のスキルアップと充実したメルマガ掲載文執筆に還元させていただきたく、よろしくお願い申し上げます。