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“負け癖”のメカニズム(前編)

※2002年10月に創刊し、掲載文が200本を超えたメールマガジ(メルマガ)『ごかいの部屋~不登校・ひきこもりから社会へ~』のバックナンバーから厳選した100本(予定)の掲載文を、毎週1本ずつ転載してきました(歳月の経過を踏まえ、字句や一文、一段落など小幅な修正をしている場合があります)。

※昨年度から2年間実施してきたこの企画も、いよいよ最後の1本となりました。通算100本目となるきょうは、ぐっと近づいて2年前の8月に配信された第243号の掲載文です。最初の段落は当時の社会状況を導入に使った内容でしたので、転載にあたり段落ごと現在の状況に差し替えました。

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毎日結果を追い求める本人と親たち

 昨夏の東京オリンピック&パラリンピック、そして今冬の北京冬季オリンピック&パラリンピックをはじめ、さまざまな議論がトラブルがありながら盛り上がりを見せるスポーツシーン。若手王者が快進撃を続ける将棋界。これら去年から今年にかけての話題に共通するのは、勝ち負けすなわち結果がすべての「勝負の世界」のニュースだということです。

 5年前に配信したメルマガ225号の掲載文(去年8月4日に転載)でお話ししたように、私は不登校/ひきこもり状態で大切なのは「結果よりプロセス」と考えています。多くの場合本人には、学校/社会復帰といった結果より、納得できるプロセスのほうが大切だ、という意味です。

 ところが、不登校/ひきこもり状態になると、周囲の人々だけでなく本人も「学校/社会に出るか出ないか」という “白黒思考” に染まり、結果だけを追い求めるようになってしまいます。

 私も不登校時代は「出席した=勝ち/欠席した=負け」のような気持ちで、出席できたかどうかで一喜一憂していました。
 親御さんの多くも「きょうは行った(うれしい)」「きょうは行かなかった(がっかり)」と、毎日一喜一憂なさっているようです。

勝負の世界にたとえると

 このように、親子ともども毎日が勝負(白か黒か)という思考でいると、来る日も来る日も一喜一憂を繰り返し、本人も親もますます疲弊していくわけです。

 特に、不登校/ひきこもり状態の初期は「それまで出られていた学校/社会に出られなくなる」段階です。これを勝負の世界にたとえると「負けが込んでくる」ということになります。

 勝負の世界には「負け癖がつく」という言葉があります。
 個人競技でも団体競技でも「自分(のチーム)は弱い」と認識してしまうと「勝ったら偶然、負けたら当然」という意識に支配され、負けても悔しくなくなり「次は勝つぞ」という前向きな気持ちが薄れていきます。その結果「負けが込んで」いき、しかもそれが長引いてしまうという意味です。

 これと似たような現象が、不登校/ひきこもり状態にも起こっているのです。

                           <後編に続く>

不登校・ひきこもりに関する研修費に充て、相談支援のスキルアップと充実したメルマガ掲載文執筆に還元させていただきたく、よろしくお願い申し上げます。