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最後のハードル――プラトー現象(後編)

達成感で歩みがゆるむ

 第一に「達成感」です。

 これまでいろいろなお話でお伝えしてきたように「学校/社会に出られない」ことによって、本人は強烈な自己否定感や負い目などによって、心は硬直して身動きもできなくなっています。そのため、やりたいことがあってもできないどころか、状態によっては食事や入浴など日常生活上の行動すらできない場合もあります。

 その状態から時間をかけて少しずつ自分の現状に慣れて気持ちが楽になり、できることをひとつずつやっていくようになると「これができた」「趣味が楽しめるようになった」「弟の仕事の話を聞いても動じなくなった」などと自分の変化にひとつひとつ気づくごとに、おそらく一般の人々が想像するよりはるかに大きな充足感や達成感を得ていきます。

 私の場合、不登校時代の最後の年の9月に1日も欠席しなかったことで、30日の夜に夢見心地の気分で過ごしたことがあります。

 このように考えますと、本人は家族と談笑したり生活を楽しんだりできるようになったこの段階に到達したことに「ここまで来れた・・・」という大きな充足感・達成感を抱いていることで、それまでよりさらに無理のない歩き方になっているのではないか、と私は想像しています。

エネルギー不足と心の準備体操

 第二に「心の準備」です。

 この段階になると「不登校/ひきこもりのゴール」とも「不登校/ひきこもりの次の段階のスタート」とも言えるラインが、本人にも見えています。

 このラインは、4月28日に転載した191号でお話しした“「私生活」と「公生活」の境目”でもあります。
 つまり、この境目が本人にとって最も大きな段差でもあるのです。

 それまでは比較的低い階段を上がってきた本人にとって、目の前に見えてきた「支援を受ける」「新しい進路を決める」などというのは、初めて見る高い階段なのです。

 その高さは、その時点で回復しているエネルギーの量では上がることができないほどの高さなのだと想像されます。

 そこで本人は、この段階にしばらくとどまってさらにエネルギーを増やす必要を、無意識のうちに感じているのではないかと考えられるのです。

 また、スポーツでは「準備体操をおろそかにして慌てて始めてしまうとケガをする危険が増大する」と注意を喚起されます。それを不登校/ひきこもり状態から次の世界に一歩踏み出すときにたとえれば、本人たちは慌てて踏み出して心が折れないよう、じゅうぶん準備してから踏み出していこうとしているように、私には見えるのです。

「非支援」がこの期間を短くする

 なお、この二点目に関しては、以前もお話ししたように「支援のための場や人間関係」ばかりが増えていて「支援と無関係な場や人間関係」があまり増えていない、社会の現状こそ問われるべきだと思います。

 「課題を順にクリアして一段ずつ上がっていく“支援の階段”」は、本人にとってあまりにも高く、じゅうぶんなエネルギーの蓄積と心の準備を必要とします。一方「支援と無関係な道」は、本人にとっては“スロープ”のように進みやすいのです。

 以上のように、この段階の本人の足踏み状態には、本人なりの理由があるようです。次回はそれを踏まえ「現状維持」という視点から周囲の対応のあり方を考えます。

初出:メールマガジン『ごかいの部屋~不登校・ひきこもりから社会へ~』第208号(2014年10月8日)

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※前回までに書いた、不登校/ひきこもり状態における動き出す(居場所や支援機関やフリースクールに通ったり別室登校したりする)前の段階から月日が経って「動き出す直前まで到達した段階」に起こることがある現象と、その心理メカニズムについて自説を唱えた文章です。

※このメルマガバックナンバー掲載文、拙著『不登校・ひきこもりが終わるとき』に収録した約50本はほとんど転載しませんので、ご関心をお持ちの方は同著を入手してご一読ください。

※この記事をお読みになってメルマガ『ごかいの部屋』を読みたくなられた方は、こちらの配信サイトのページで読者登録をお願いいたします。今月号は設立20周年記念イベントの開催趣旨につながる「本人の側に立った視点からの不登校・ひきこもり理解」をテーマに書く予定です。

※前回もお知らせした10月1日(金)夜と2日(土)午後に開催する「ヒューマン・スタジオ設立20周年記念イベント」について、公式ブログで詳細情報を3回シリーズで掲載し始めました。ご関心の方は開催趣旨と“隠れ企画”をご紹介した第1回↓をお読みのうえ、末尾にリンクした申込フォーム付き告知ページをご覧ください。


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