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「向上」か「充足」か(後編)

「充足」とは「納得すること」

 拙著『不登校・ひきこもりが終わるとき』に収録したメルマガ掲載文の記述から、いくつか抜粋して転載しながら考えます。

 まず、本人の心理について論じた部分から1か所をふたつに分けて転載します。

──「ぬかるんで歩きにくい道(=納得できない人生)」を歩いていて、
靴に泥がつき足がとても重く(=生きづらく)なってきた。そこで、道
を歩きやすくする(=人生を納得できるものに変えて生きやすくなる)
必要を感じて進むのを中断し、その場所で行ったり来たりして、道を踏
み固める(=模索と試行錯誤)作業を始めた。

──そして「ここはもう大丈夫」と感じたら少し進んだところでその場
所を行ったり来たりして踏み固め、また「ここは大丈夫」と感じたらま
た少し進んでその場所を行ったり来たりして踏み固め・・・。

 すなわち、本人は自分が今やっている生活を、気が済むまで(=納得できるまで)続けないと、次のステップに上がることができないようなのです。

 当然のことながら「ずれたままの睡眠時間帯」「ゲーム漬け」「インターネット漬け」「ひとりで買い物に行く」など、今の本人の生活内容は、家族でなく本人の意思──そうせざるをえないとしても──で成り立っています。

 もちろん、本人はそういう生活から抜け出して学校/社会に復帰するための行動を起こしたいと願っています。ただ、エネルギーの回復が不十分だったり、心の片隅に引っかかっていることがあったりして、それが解決されるまでは今の生活を続けていかざるをえないのです。

 と言うことは、本人が今の生活内容に飽き足らなくなれば、自ら次のステップに上がるわけです。

 したがって、本人の意思を無視した「向上させる対応」は、本人には「今の生活が充足していないのに次のステップに上がらせようとする強行手段」と感じられ、受け入れられないことでしょう。

今の生活を続けていい

 では、ご家族はどうすれば良いのでしょうか。2か所抜粋します。

──わが子を「学校や職場に通う」以前の「一緒に生きている」「生活
を共にしている」存在すなわち“家族の一員”として再認識し、そうい
う最も基本的なレベルでのつきあいに専念する

──家庭のなかで、小さなことでもいいから喜びや楽しさを見つけて本
人と笑い合う、そんな楽しい生活を、最後の最後までやり抜く

 このように、拙著に収録した本欄の文章は「家族は本人の生きざまを認め、共に生き切るのみ」という理念で貫かれているわけです。

 つまり、私がめざすべきと考えているのは「向上させること」ではなく「充足させること」です。

 第一に考えるべきは、あくまで「今の生活を続けること」です。もちろんただ続けるだけではなく、生活内容が充実する(=濃くなる)ように対応していく、ということです。

 たとえば「もっと楽しくなる」「やることが増える」「思い出をたくさん作る」といった、人が幸せになるためには当たり前のことを、どこまでも積み重ねていくことです。

 そうすれば、今の生活が充足して本人の心も満たされていきます。あとは本人に任せていれば、いずれ自ら向上していくことでしょう。

 次回は、本人が充足していくには具体的に個々の生活場面をどうすることが望ましいのかを提案します。

初出:メールマガジン『ごかいの部屋~不登校・ひきこもりから社会へ~』第211号(2015年4月16日)

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※「NPO法人パノラマ」が開設する、40歳以上の孤立しがちな方を対象としたオンライン会話サービス「ブリッヂ」について、私は同団体理事長の石井正宏氏から企画段階で相談を受け、以前ここでもお知らせした事業説明会で氏と対談しました。今回の文章では後編の後段に書いたことが「ブリッヂ」の目的と共通しています。

※ただ、氏はメールマガジンの読者だったわけではなく、既存の支援に対するご自身の問題意識から事業構想を進めていたのです。私がこれを書いてから6年半、その前から提唱していた「ひきこもり生活を充足させる支援」が有名NPOによって事業化されたという流れに、感慨深いものがあります。

※このメルマガバックナンバー掲載文、拙著『不登校・ひきこもりが終わるとき』に収録した約50本はほとんど転載しませんので、ご関心をお持ちの方は同著を入手してご一読ください。

※この記事をお読みになってメルマガ『ごかいの部屋』を読みたくなられた方は、こちらの配信サイトのページで読者登録をお願いいたします。今月号はこのような文章ではなく、先日開催した「ヒューマン・スタジオ設立20周年記念イベント」に関係する記事を掲載します。

※去年11月に放送されて話題になったドラマ『こもりびと』が芸術祭参加作品になったことから、今夜25時(7日午前1時)22分から再放送されます。おとなのひきこもり状態にご関心の方はぜひご覧ください。私も当事者が証言する場面に出演しています(姿だけ2,3回写っています)。


不登校・ひきこもりに関する研修費に充て、相談支援のスキルアップと充実したメルマガ掲載文執筆に還元させていただきたく、よろしくお願い申し上げます。