見出し画像

(第3回)腹腔鏡で簡単に糸結びする方法!? 後編 学生さんに教えて研究してみた

今回は後編。前回に引き続き、僕が書いた2つの論文
Isamu Saeki et al: The “twitching technique”: A new space-irrespective laparoscopic ligation technique using a JAiMY needle holder. Journal of Laparoendoscopic & Advanced Surgical Techniques 29(8): 1077-1080, 2019 doi: org/10.1089/lap.2019.0038.
Isamu Saeki et al: Features of the “Twitching technique” – A new laparoscopic ligation technique. Pediatric Surg Open 2023; 1, 100004
より、Twitching techniqueと名付けた腹腔鏡の結紮(糸結び)手技について書いていきます。

前編で「Twitching technique」と名付けたお話をしましたが、こんなの誰でも思いつくんじゃあ…と思って、ひたすら世界中の論文をあさったり、外科医のお偉いさんに聞いてみたりしたのですが、誰もこんな結紮法を見たことも聞いたこともないとのこと。
「やったー!」と思って、いろんな学会で発表したり
Isamu Saeki et al: The “twitching technique”: A new space-irrespective laparoscopic ligation technique using a JAiMY needle holder. Journal of Laparoendoscopic & Advanced Surgical Techniques 29(8): 1077-1080, 2019 doi: org/10.1089/lap.2019.0038.
論文を書いたりしたのですが、反応はとっても冷たいものでした。
ありていに言えば、「ふーん」って感じです。
学会で発表を聞くのは手術に慣れたエキスパート(&プライドが高い)がほとんどですから、「え?俺こんなことしなくても普通に結紮素早くできるけど?」とみんなの顔にかいてあります。
「ですよねー」と思いました。

自分でも思うのですが、この結紮法はあくまでも「難しいシチュエーションで効果的」な、「初心者に優しい」方法なのです。慣れ切ったエキスパートは難しいシチュエーションでもきちんと今までの方法で結紮できてしまうものなのです。
でもね。
手術する人みんなが最初からエキスパートだったわけではありません。最初はみんな今よりヘタクソだったはず。すっごく難しいシチュエーション(狭い範囲とか、鉗子の動きが制限される状況)で苦労したことだってあったはずです。
そんな時、結紮の方法がもう1つあれば、その分手数が増えますから有利になる。それが結果的に安全な手術につながり、患者さんの利益になる。
そういうものだと僕は考えます。

そこで僕は、絶対に鏡視下手術初心者の医学生を対象にして、腹腔鏡での結紮を教えながら、普段外科医が行っているC-loop法と僕の編み出したTwitching techniqueを両方教えてみて、どんな違いがあるかを見てみる研究をすることにしました。
例によってきちんと、広島大学病院の倫理委員会に申請したちゃんとした研究です(院内倫理委員会承認番号 E-2198)。

広島大学の医学生53人に直接鏡視下手術のトレーニングをみっちりと行いました。(ものすごく時間かかりました)


研究の対象と方法

方法はこんな感じですね。学生さんたちはあまり器具に触ったこともないような人が多いので、基本的な器具の使い方の練習から入ります。2時間!ぶっ続けで練習し、その後5分×4回の結紮のテストを録画しながら行います。うーん。スパルタ。あ、飲水休憩は可ですよ。


練習器具はこんな感じです。お高いんですよ

normal angleとnarrow angleと書いてあるのは、normal angleは通常の、左右のいちばんこちら側の2つの位置から鉗子を入れて操作するのですが、なんとnarrow angleでは右側の縦2か所の位置から鉗子を入れて操作します(!)。
なんて無茶な…と思うかもしれませんが、実際の手術では癒着や体の変形により、このような難しいシチュエーションでの結紮を求められることもあるのです(ちゃんと練習してるんだよー)。もちろん、もっと難しいシチュエーションだってあります。学生にはきつすぎるからしないけど。


評価項目。あとでビデオを見直しながらカウントします

評価した項目はこれらの数です。比較的シンプルで分かりやすいですね。
では、結果発表~!


結果の表

ほほう…。結紮成功の回数を見ると、C-loop(普通外科医がする方法)の方が、Twitching techniqueよりも回数が多いですね。特に、通常の角度(難しくないほう)での結紮では、C-loopの方が明らかに早いです。
5分で糸を結べた回数が平均で5.5回。まあ、学生だしそんなもんでしょう。(ちなみに僕がトライした時には36回結べました。フフン。←多分もっと早い人いっぱいいます)
しかし、このTwitching techniqueの特徴は、下の3段に出ているようです。
ものすごい差で、結紮の失敗や、台が動いたり、鉗子が画面外に出ちゃうという、患者さんにとって危険な状況に陥る回数が少ない!という結果が出ました。


Twitching techniqueのほうが着実!

つまり、結紮をしよう!としてちゃんとできた確率というのは、こんな風に明らかにTwitching techiniqueの方が優れていたんですね。これは嬉しい。
論文の中ではもちろん「なんでこういう結果になったのか」も考察しているわけですが


考察

実は昔から行われているC-loop法というのは、両手の協調運動をかなり必要とする方法なんです。両手で別々な動きを同時にするってことですね。これは、ピアノをする人なんかは上手です。
一般の手術で手を使って協調運動をするのも少し苦手な人がいますが、更にこれを鏡視下手術でやれ!と言われたらそりゃあ難しいのは当たり前。だから初心者にとって結紮は難しい手技なのです。
しかし、僕が考案したこのTwitching techniqueは、協調運動をほとんど必要としないということが分かりました。なので、ぶっちゃけ「不器用な人ほど、この方法のほうが楽」なのです。
じゃあやっぱりめっちゃ器用なエキスパートはこんな方法必要ないじゃん…となるかと思うと、そうではありません。手術というのは何が起きるか分かりません。「俺はC-loopだけでどんな状況でも結紮できるから大丈夫」「私失敗しないので」なんて言っていてはいい外科医ではありません。いつ起きるかも分からない困難なシチュエーションに備え、なるべく自分にできる多くの手技を有しておく。それこそが外科医のありようだと僕は思います。なので、このTwitching technique。僕は「これはC-loopが難しい…」と思った時に時折使っており、役立てております。

また、僕は簡単に医学生に外科医になるのをあきらめてほしくないです。
今や外科は腹腔鏡手術、ロボット手術全盛であり、それらを見た学生の中には「自分は器用じゃないから外科向きじゃないかも…」なんて尻込みをする人もいます。また、教える医者の方も、
M. Louridas et al., Practice does not always make perfect: need for selection curricula in modern surgical training, Surg. Endosc. 31 (2017) 3718 3727, doi: 10.1007/s00464-017-5572-3 .
なんて論文があり、どれだけ教えても医学生の10人に1人は鏡視下手術トレーニングでうまくならないから、その時点でセレクションをかけて外科医をあきらめさせろ…という論調です。
しかし、そんなことはありません。
僕の今回の研究では、53人ほとんどがTwitching techniqueを使えば結紮ができています。(逆にC-loopでは0の学生がいました)
要は教え方と、方法の工夫次第。
自分が上手いから、ヘタクソな医学生に「外科医になるな」なんて言うのは傲慢の極みだと僕は思います。世の中エキスパートばかりではありません。エキスパートではない人が手術をすることもあれば、そういう手術を受ける患者さんもいる。そんな時に、より安全で、着実な手術を行うことができる。そういう方法が広まっていくこともとても大事だと思うのです。

本研究内容補足事項
<論文>
Isamu Saeki et al: The “twitching technique”: A new space-irrespective laparoscopic ligation technique using a JAiMY needle holder. Journal of Laparoendoscopic & Advanced Surgical Techniques 29(8): 1077-1080, 2019 doi: org/10.1089/lap.2019.0038.
Isamu Saeki et al: Features of the “Twitching technique” – A new laparoscopic ligation technique. Pediatric Surg Open 2023; 1, 100004
<学会発表>
第54回太平洋小児外科学会(PAPS)
第38回日本小児外科学会秋季シンポジウム など
<院内倫理委員会>
承認番号 E-2198

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?