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【40代カレイドスコープ】お父さんのお仕事ぶりを、娘さんに教えてあげよう

「俺の娘、幼稚園に上がってさー。もう可愛いなんのって。
でも、この仕事、”こんな” だろ?平日は寝顔しか見れなくて、淋しいよ」

幸せそうに語るその人は、長時間労働を美徳とする、ある大手印刷会社の営業マンでした。

当時私は20代で、下請け会社のデザイナー。

打ち合わせか何かでこの話がでて、大層驚いた記憶があります。


「この人、奥さんがいて、娘さんまでいるのか」


あれから20年。私は43歳になりました。
彼の娘さんは20代なかばでしょうか。きっと溌溂とした女性に成長し、社会で輝かしく活躍していることでしょう。

世間というものは、本当に狭い。
いつか、ふいに、ご縁を持つ日が来るかもしれません。

「えぇっ、もしかして〇〇さんの娘さんですか!?
私、若いころお父様と一緒に働いていた事があるんですよ」
…なんて。

もしもその日が来たら、私は、娘さんにお伝えせずにいられるでしょうか。

お父様がどのような苦労をし、深夜まで働き、どうやって心のバランスを保っていたのか。

ほんの一面だけですが、私は知っていますもの。
ほぼ毎日顔を合わせ、間近で見てきた、当事者ですから。

あぁ、教えてあげたい。

「あなたのお父様、クズなんですよ」

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パワハラ・セクハラという認識が一般的でなかった当時。
社会はなかなか、とち狂っていました。

「乗り越えてこそ一人前」のような共通認識があったように思います。
冒頭の営業マンも、多数派の傘の下でやりたい放題でした。

今も昔も不思議なのですけれど、この手の人間は下衆な暴力に酔っている自分を、みっともないとは感じないのでしょうか。

アンタ、「夫」で「父親」なんだよな?どんな面して家庭におさまってるのか、想像がつきません。

奥さんにお電話差し上げたかった。

あなたの夫は今日、3回も男性社員を殴ったんですよ。
チラシの文字が、1つ間違っていたんですって。
髪を掴んで引き倒したり、椅子ごと蹴り倒したりしたんですよ。

それからね、若い女性社員のスカートに、いつも手を入れるんです。
顔が暗いから、俺が笑顔にしてやるっていうんですよ。バカなんですか。

深夜まで働いて、疲れたーって帰ってくるんでしょ?
心配しなくて大丈夫ですよ、しっかりストレスは発散してるんですから。


「家族を巻き込むな、関係ないだろう!」と吠える猿が一定数いるので、教えて差し上げます。

悪意はね、その向く先を選ばないんですよ。

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ところで、私は居住地域において、珍しい苗字をしています。

珍しい名前の良い所は、顔を覚えていなくても「何か会ったことあるかも?」と思い出してもらえる所ですね。

初めて名刺を交わす方に思えても、あれ、もしかして…なんてのが、結構あるんですよ。

ほとんどは嬉しい再会で、変わったの、変わらないのと他愛ないおしゃべりに繋がります。


一方で、嬉しくない再会の場合。
相手の方 ーほとんどは、男性の営業ー は、固まって動かなくなります。

私の名刺にくぎ付けになり、口をパクパクさせたりもします。
泥の上に投げ出された、金魚の様。

その姿を見て、私も気づくわけです。
「あぁ、こいつ、あの時代の誰かなんだな」と。



「Hum川さん、今日はありがとうございます!ぜひご検討いただきたく、資料をお持ちいたしました!」

「こちらこそ、ありがとうございます。〇〇さん、お久しぶりですね。今日は宜しくお願いいたします」

私は「宜しくお願いします」と言っただけ。
なのに、何を怯えた顔をなさるのでしょうね。


望絶した顔を眺めながら受けるプレゼン。
困りますね。
お仕事なんですから、しっかりやっていただかないと。


時代は変わった。
あなた方を擁護していた傘は今、我が身可愛いさに全て閉じてしまっている。

うっかり開けば、流星の様な批判の雨に打たれて、穴だらけにされてしまいますからね。

時代は変わった。それでいい。

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20年前。
私を暴力から救ったのは、私自身と1本のボールペンでした。

体を触ってきた営業マンの太ももに、力いっぱい突き立てたのです。

ペンは剣より強し、ではなく、ペンが剣。

暴力には暴力を。
私は加害者になる事で、被害者の檻から抜け出したのでした。

たいした怪我にもならなかったのでしょう。
お咎めはありませんでした。

というより、通報する人がいなかった。
傍観者は傍観者のまま。上司、先輩、有象無象。

彼らは自分が被害にあわない事だけが大事でした。
だから弱いスタッフを、生贄に差し出し続けていた。

私達から見れば、お前らも同類だ。

公には誰も裁かれず、環境は変わらないまま、
静かに力関係だけが変わりました。

それ以後、私は「セクハラはその場で裁く」をマイルールにして、社会人をやっています。

もっとも効果的だからです。

仕組みになど、頼る気にもならない。

さすがにもう、目に見える暴力はふるいませんよ。
大人ですからね。

もっと、巧くやっています。

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けれど、やっぱり。

誰か、1人でいいから、助けてほしかった。
特に男の人。上司も同僚も、周りに沢山いたのに。

どうして一言、「やめろ」と言ってくれなかったの?


「娘さんに、お父さんの仕事ぶりを教えてあげたい」
我ながら歪んでいると思います。

きっと期待しているのでしょうね。

「お父さん」が醜態を娘に知られて、軽蔑される事を。
「娘さん」が同じ女性として、男である父親を軽蔑してくれる事を。

40過ぎて、自分の暴力性を自覚してなお、
誰かに守ってほしがっているとは。
くだらなさで、いい勝負です。

焦げ付いた思いが、悪意になって揮発を始める。
40代ってたぶん、そんな世代。

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えーまとめると、珍しい名前は覚えられるから、悪さできないって話です。