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惑い、愛す。夫婦の実像を見つめた傑作

高橋一生と蒼井優の共演で送る、ある夫婦の純粋で歪な愛の物語。タナダユキ監督が自著を映画化した『ロマンスドール』の魅力を、3つのポイントで紹介。

15年以上の歳月が形を成した、唯一無二の深み

©2019「ロマンスドール」製作委員会

『ロマンスドール』は、2008年に雑誌「ダ・ヴィンチ」に掲載されたタナダ監督の書き下ろし小説を、約12年の歳月をかけて映画化した作品。監督の中に長らくあったという「ラブドール職人であることを隠している夫とその妻」というアイデアを形にしており、その期間を含めると15年以上。1人の作家がそれほどの期間とらわれ続けた物語にふさわしい“魂”が、本作からは存分に感じられる。例えば、タナダ監督のこだわりによって実現した全編16ミリフィルム撮影による温かみとざらつきのある映像。そして、夫婦の理想像ではなく、虚栄や羞恥から“嘘”をついてしまう生々しい姿、しかしその先に一言では言語化できない不可思議な絆=当人同士にしか理解できない唯一無二の“愛”が立ち上がるさま――長い時間を費やし、じっくりと丁寧に織り込まれた深みが、本作を特別な一本に仕立てている。

夫婦を左右する“嘘”と“セックス”の巧みな描写

©2019「ロマンスドール」製作委員会

『ロマンスドール』で顕著なのは、嘘とセックスの卓越した描写。主人公の哲雄(高橋一生)はラブドール職人で、「医療用の人工乳房を作るため」と嘘をついて美術モデルの園子(蒼井優)を呼び、型取りを行わせてもらうことに。当日、姿を現した園子に哲雄は一目ぼれしてしまい、勢いで告白。付き合うことになった二人はやがて結婚するのだが、哲雄は自分の仕事を打ち明けられず、そして園子もある秘密を抱えていて――。本音を隠したまま契りをかわした男女がやがてすれ違いセックスレスになっていくという流れは理に適っていて同時に切なく、恋愛ドラマとしての純度が実に高い。そして、両者が本音を打ち明けることで絆を取り戻し、セックスが二人の間でも物語上でも重要な意味を持ってくる構造の上手さ。哲雄と園子が冗談を口にして笑いながら行うセックスは、愛の到達点。本作独自の名シーンだ。

高橋一生と蒼井優のどこまでも「生きている」演技

©2019「ロマンスドール」製作委員会

こうした夫婦の実像、そして当人たちの不可侵の愛情に説得力をもたらすには、俳優陣の並外れた演技力が不可欠。基本的に劇映画はフィクションという“嘘”なわけで、そうした前提を越えて観客が「俳優」を「血肉の通った別人」と錯覚し、その人物が織りなす物語をある種の“真実”として「信じられる」必要が生じる。特に『ロマンスドール』はセリフのやり取りもその場でパッと生まれたような作為性の薄いものであり、物語の重要な局面は家の中という限定空間で行われる(大きく画が変わるわけではなく動きも多くないため、俳優の表現力がむき出しになる)。しかし、高橋一生と蒼井優においては心配は皆無。ハードルの高さを飛び越えるばかりか、観る者の涙を引きずり出すような哀しみや孤独、いじらしさを演技の端々ににじませ、観る者が哲雄と園子と別れがたくなってしまうほどに人間的な魅力を創出している。

Text/SYO

▼『ロマンスドール』はこちらから

SYOプロフィール
1987年福井県生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て、2020年に独立。映画・アニメ・ドラマ・小説・漫画・音楽などカルチャー系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。トーク番組等の出演も行う。Twitter:@SyoCinema

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