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JOL2017-3 モンゴル語 解説

日本言語学オリンピック2017
第3問.モンゴル語
ジャンル:文章
難易度:☆4
問題・解答は 過去問・資料まとめ より引用。

JOL2017-3 1枚目
JOL2017-3 2枚目

参考

本記事作成にあたって、以下の記事を参考にさせていただきました。こちらの記事も併せてご覧ください。

何から攻めるか

ノーヒントの文章対応問題です。統語問題で訳を作るときには似たような文が与えられているので、それらを比べることで各々の文の相違点を見つけ単語や文法を調べることができますが、この問題ではそうは行きません。

また、モンゴル語と日本語が逐語訳されていて一対一に対応しているのか、はたまた意訳や文要素の省略があったりするのかによって難易度が大きく異なります。

このような問題は適当に解き始めるとドツボにはまり、時間を浪費してしまう恐れがあります。どこから攻めるかを戦略的に考える必要があります。

頻度解析

何も考えずに設問の順に単語を見つけようとするのは困難を極めます。言オリで最も有効な手法である頻度解析を使いましょう。

以下で文番号を振ります(文章の題名は文0としておきます)。閲覧している端末によっては見づらいかもしれませんがその際はPC版表示でご覧ください。

単語によってかなり出現頻度が異なることが分かります。

文比較(出現頻度2以上)

簡単なところから行きましょう。文0(題名)は3単語しかありません。

流れ」、「と」、「」のいずれかが、"УРСГАЛ"、"БИДЭН"、"ХОЁР"に対応します。

上で見た通り「流れ」は出現頻度が多い単語なので、そこから攻めます。「流れ」を含む文を抜き出して比較します。

すべての文に共通するのは"урсгал"なので、これが「流れ」だと分かります。文9の"урсгал-тай"や文10の"Урсгал-д"は格標識など何らかの文法的機能を表していそうです(モンゴル語は日本語と同様に「膠着語」に分類され、語幹に文法的機能を示す接辞が付着します)。

そして文5から主語が1単語目に来ることが分かります。これは非常に大きなヒントです。もしかしたらモンゴル語は語順が比較的自由な言語であるかもしれませんが、限られた時間の中で問題を解くことが求められるJOLでは推測や仮説を決め打ちする勇気が必要です。誤っていたら後で仮説を修正すれば良いのです。

また文8から形容詞(ここでは「いたずらな」)が名詞の前から修飾しそうだということも分かります。語順については情報量が多ければ多いほど良いです。問題を解くための直接の手がかりとはならないかもしれませんが、何か判明したことがあればすぐにメモをとりましょう。

上で述べた通り主語が1単語目に来るとすると、以下から「」が"наран"であることも分かります。

ひょっとすると主節と従属節が日本語訳と逆の順番であるかもしれませんが、そんな意地悪なことはしてこないと作問者を信じましょう。念のため、他の文も確認しておきます。

文9からやはり「」が"наран"で間違いないと思います。文3の"нарантуяанд"は"наран-туяанд"の複合語で「日光」を表していると考えましょう。

このようにして出現頻度が比較的多い単語から解いていくと分かりやすいです。出現頻度が6の「」を含む文を抜き出して比較します。

文1と文3は"усан"という単語を共通して持っています。これら2文は「日」という単語もまた共通して持っていますが、上で見た通り「日」は"наран"に対応するため、問題ありません。"усан"は語形変化した姿であるかもしれないので、他の文も吟味する必要があります。

ここで文2の「ナリーン川」に目を向けましょう。キリル文字について少し知っている人なら、「ナリーン」が"Нарийны"に対応することは分かると思います。キリル文字が分からない人でも、"Нарийны"は文中で唯一大文字になっている単語なので、固有名詞だということは十分推測可能だと思います。

とすると、仮に修飾の語順が日本語と同じだとすれば、「ナリーン川の水」が"Нарийны голын ус"に対応し、「」が"yc"に対応するのではないかと推測できます。先ほど文1と文3を比較したときに怪しかった単語は"ус-ан"で、非常に語形が似ています。文4の一単語目にも"Ус-ны"と語形が似ている単語が存在し、これらすべてが"yc-"を含むので、これが「」だと推定します。

出現頻度3の「僕(は)」について見ます。この単語を含んでいる文を抜き出して比較してみます。

上で見た通り主語は1単語目に来ると予想されるので、文7から「僕は」は"би"に対応すると考えられます。これは文1にも矛盾しません。 また、文0の"БИ-ДЭН"は何らかの形態素が付着したのだと考えます。

次に出現頻度2の「僕の」を含む分を抜き出して比較します。

共有している語は"минь"のみなので、これが「僕の」だと分かります。

長々と書いてきましたが、やっていることは終始一貫しています。日本語とモンゴル語の双方に共通する単語があればそれが対応していると考えます。極めてシンプルながらも非常に強力な手法です。

文比較(動詞の終止形語尾)

(動詞の終止形語尾を除いた)残りの単語は出現頻度が1以下で複数の文を見比べることができません。とりあえず、動詞の終止形語尾について考えます。

時制が異なると語形変化している恐れがあるので、日本語で現在形かつ終止形の動詞を含む文を見ます。

動詞の語尾がすべて"-на"、"-но"、"-нэ"で終わっているようです。 この3種類のうちどれが対応しているのかという話になりますが、これ以上は絞れません。 "a"、"o"、"э"のいずれも母音なので、ここでは解答を"-н + (母音)"としておきます。

なぜ終止形語尾が3種類あるか気になったあなたへ
モンゴル語には母音調和というものがあります。 モンゴル語の母音には男性母音・女性母音・中性母音の3種類があり、男性母音と女性母音は1単語中に共存できません(中性母音はいずれとも共存できます)。 また、第1音節の母音によっても第2音節以降の母音が束縛されます。
したがって動詞の終止形の語尾を複数種類置く必要があるのだと思います(理由が全然違ってたらごめんなさい)。
詳しくはWikipediaの「母音に関する規則」をご覧ください。

文比較(出現頻度1以下)

上で見た文のうち、以下の3文はすべて「連用形動詞+終止形動詞」となっていて非常に特徴的です。

動詞の形はすべて「連用形動詞語幹 -(母音)н + 終止形動詞語幹 - н(母音) 」となっています。

とすると、文8から「僕から」が決定できます。

「流れ」は"урсгал"、これを修飾する「いたずらな」は"Алиахан"、「遠ざかって逃げた」は"алслан бултлаа"でしょう(「逃げた」の語尾が"-aa"となっているのは過去形だからだと考えれば辻褄が合います)。よって残った"надаас"が「僕から」です。

次は「僕を」を見ます。

ここが本問の厳しいところです。 とりあえず文4に2箇所ある"мэт"が比況の助動詞「~のような」と取るべきです。 そして「流れ」"урсгал"が"мэт"の後ろにあるので、流れを修飾する句「僕を立たせないという」は"мэт урсгал"の前に来ると考えるのが妥当です。 さらに「立たせ」を"босгохгүй"、「立つ」を"босно"とすると、語形的に矛盾はしません。 モンゴル語の語順がSOVであることを考えると、「僕を」は"намайг"に対応しそうです。 これは正直難しいです。確定させるためには証拠が足りないと思います。

残りは漢数字の「二」と「八」です。出現頻度が1の「八」から先に見ましょう。

モンゴル語で「四方八方」をそのまま同じ数字を使って表現するのかは疑問が残りますが、逆にそうでなければ問題が成立しないのでそうだと信じることにしましょう。

文3単体で考えるのは難しいです。文10にも含まれている「滴」を軸に考えましょう。

文3と文10に含まれる単語で語形が似ているのは、"дуслууд"と"дусал"です。これが滴を表していると考えると、文3の後半部分のみに集中できます。さらに先ほど見た連用形動詞や「日光」を含む部分を消すと、よりシンプルになります。

連用形動詞は「-(母音)н」で表されるので、「散って」が"үсч-ин"に対応します。つまり、残った"дөрвөн зүг найман зовхист"が「四方八方に」に対応します。じゃあどれがどれなんだという話になりますが、ここは日本語の語順通りに受け取るほかありません。「」が"найман"に対応することを信じましょう。

最後です。漢数字の「二」は文章中に一度も現れていません。 これは困りました。しかしながら、モンゴル語と日本語が一対一に対応しているという保証はありません。 一方の言語の単語がもう一方の言語より広い守備範囲を担っていることは往々にしてあります。

答えありきですが、モンゴル語の並列表現は数詞を使って表すことができます。 A_1, A_2, ..., A_nのn個の並列を表したいときには以下のように表記します。

A_1 A_2 ... A_n nの基数

文3において"Нүүр нүднийхээ усыг хоёр"の並びから、"хоёр"が「」だと分かります。

また文0にも同様の表現があります。

"УРСГАЛ"は「流れ」、"БИДЭН"は「僕」に対応するので、残った"ХОЁР"は並列助詞「と」に対応します。

かなりの飛躍があるかと思いますが、実際そうなっています。問題文から得られる範囲内での確たる証拠は無いと思うので、諦めて受け入れましょう。

これで全ての単語が確定できました。

総評

かなり難しい問題ですが、JOL2017は第1問・第2問が平易なため、この第3問に1時間程度は割くことができます。

単語を推定するのにかなりの飛躍があるところもありましたが、そういうものだと思って受け入れましょう。

JOL2021以降はオンライン開催になったので、このような形態の問題は出ないと思います(google翻訳に突っ込むだけでカンニングができるため)。また、モンゴル語のような日本語話者からすれば比較的なじみのある言語はもう二度と出ないと思います(ネット上にいくらでも参考文献が載っているため)。

類題

UKLO2021-R1-7の"Latvian"が類題です。みなさんご存じ「くまのプーさん」の一節を英語からラトビア語に訳す問題です。このリンクから探してみてください。

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