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JOL2022-5 ティンリン語 解説

日本言語学オリンピック2022
第5問.ティンリン語
ジャンル:統語
難易度:☆3
目標解答時間:25分
問題・解答は 過去問・資料まとめ より引用。

JOL2022-5 1枚目
JOL2022-5 2枚目

余談

解説の前に、問題(ア)の雑な解き方を述べておきます。 文法規則に気付いていなくても、左から2番目か3番目にある"nrâ"じゃない単語を選んでおけば動詞です(筆者はそうやって解きました)。

例外はありますが、同じ動詞が繰り返し使われているため、この方法は十分有効です。

もちろん満点を狙うならこれは論外です。 しかし、本番で時間がない場合など、姑息な手段に頼らざるを得ない状況はありえます。

そのような時のために、適当に解答するテクニックを鍛えておくのもアリでしょう。

形態素対応

文法規則を予想するにはある程度形態素の意味や役割を把握している必要があります。まずは単語の対応関係を見ていきましょう。

まず目に付くのは各文の1単語目です。 必ず"nrâ"、"rri"、"u"のいずれかから文が始まっています。 "nrâ"から始まる文を見ていると気付きにくいですが、これらの単語と文の主語には一定の関係が見られます。

"rri"から始まる文の主語は「子どもたち」と「彼らが」、つまり三人称複数です。 "u"から始まる文なら主語は「私」、つまり一人称単数ですね。

その上で"nrâ"から始まる文を見ると、すべて主語が三人称単数であることがわかります。

すなわち、文頭の単語は主語の人称・数を表すマーカーのようです。

上記の対応関係から察するに、主語名詞自体は文末に置くようです。 主語名詞の前には"nrâ"が置かれるというルールも見えてきますね。

同じように特定した代名詞の意味をまとめておきます。 代名詞をさらに分解することもできそうなので、それもメモします。

一般名詞の対応も見つけておきたいのですが、複数回登場するものがほぼありません。 諦めて動詞を特定し、余ったものを一般名詞と考えましょう。

「食べ」という形態素が含まれる文を抜き出してみました。 それらに対応するティンリン語の文では"ho"や"e"が共通しているので、これらが「食べる」という動詞だろうというあたりが付きます(使い分けについては後述)。

同様に日本語文をヒントにして共通の単語を探していけば、動詞は次のようにまとめられます。

「歌う」は一度しか登場しませんが、他の動詞の現れ方を見れば十分"hô"との対応が予測できます。

代名詞と動詞がわかったので、余ったものを一般名詞として記録しておきます。 "nrâ"は登場頻度からして明らかに機能語(文法的な意味を表す語)なので、ここでは無視します。

この過程で語順がVOSであることを確認しておくと、後の問題がやりやすくなります。

さて、形態素の特定が済みましたね。 この過程で問題(ア)はクリア済みです。 ここからは日本語訳の問題である(イ)に取り組んでいきましょう。

日本語訳

日本語訳をする上で避けられないのが、機能語であろう"nrâ"の理解です。 日本語訳を見るに、テンスとアスペクトをどう表すかがこの問題の鍵のようです。

  • テンス (時制)
    ある動作などがいつ起こるか(過去・現在・未来)を示す文法機能

  • アスペクト (相)
    ある動作などがどのように起こるか(完了・進行など)を示す文法機能

日本語の例文を観察すると、テンスとアスペクトについて以下の4つのタイプが見えてきます。

  • 今~した(現在完了)

  • 今~している(現在非完了)

  • 以前~した(過去完了)

  • 以前~していた(過去非完了)

非完了形を進行形と捉えても問題を解く上では差し支えありません。 ティンリン語において用いられるのは完了か非完了かの別のようです。

では、まずは過去時制の文を比較してみましょう。

過去時制の文では、動詞の右側に必ず"nrâ"がありますね。

ここから、動詞の左側の"nrâ"は完了の有無に関係しているのではないか、と予測できます。

この発想を持った上で同じ例文を見てみましょう。

未完了相の文では、動詞の左側に"nrâ"が来るようです。 これらのテンス・アスペクト体系をまとめると次のようになります、

また、(イ)を解くにはもうひとつ必要な情報があります。 主語の省略についての規則です。

これらの例文から、ティンリン語において主語の省略が可能であることがわかります。 主語名詞がない場合は主語標識から主語を判断するようですね。

文頭が"nrâ"であれば主語は「彼」、"rri"なら「彼ら」、"u"なら「私」です。

ここまでわかれば後は解くだけです。 例として74番("nrâ e farrawa")を訳してみます。

文頭は"nrâ"で、文末の主語名詞はありません。 つまり主語は「彼」です。

動詞"e"(「食べる」)の前後にテンス・アスペクトの"nrâ"はなく、現在完了です。

目的語にあたる"farrawa"は「パン」の意味です。

まとめると、答えは「彼がパンを今食べた」ですね。

文の多義性

"nrâ"には

  • 過去時制を表す

  • 未完了相を表す

  • 主語名詞の前に付く

という3つの役割があります。

(ウ)の文(nrâ nrâ ho nrâ bwò)では、左から4番目の"nrâ"が過去を表すのか、主語名詞に付随しているのかという解釈の違いによって多義性が生まれます。

"nrâ"を過去時制の標識ととれば、"bwò"(「カニ」)は目的語となります。 したがって、訳文は「彼がカニを以前食べていた」です。

"nrâ"を主語名詞の標識ととれば、"bwò"は主語となります。 したがって、訳文は「カニが肉を今食べている」です。

目的語がない場合の"ho"の訳は70番の例文を見るとわかります。

ティンリン語訳

問題(エ)も基本的にはここまでの知識で解答できますが、まだ1つ不明な点があります。

それは"ho"と"e"の使い分けです。 それぞれを含む文を比べてみましょう。

主語などに強い法則は見られません。 それならば目的語にヒントがあるのでしょうか。

"ho"の目的語は「エビ」「カニ」「肉」、"e"の目的語は「タロイモ」「パン」です。 ここから予想できる分類はさまざまですが、「目的語が動物か植物か」といった分け方が無難そうです。 公式による模範解答では、「肉類」と「穀物」という言葉が使われています。

目的語を伴わない"ho"の訳は「肉を食べる」でしたから、そこから「"ho"は肉に使う言葉で、"e"はそうじゃないのかも」という発想ができるとスムーズでしたね。

したがって、80番の「ヤムイモ」には"e"を、81番の「魚」には"ho"を使います。

総評

平均点4.64点、標準偏差4.47点。 言語学に関する基本的な知識も求められる良問です。 形式は典型的な統語問題ですが、気付くべき点が多いため高得点が狙いにくい印象です。

また、"nrâ"が複数の意味を持っているのがかなり厄介です。 逆に"nrâ"を抜いて考えてみると、文自体はシンプルだと気付くことができ、語彙の把握が捗ります。

筆者は「主語名詞の前に必ず"nrâ"が来る」というルールに気付かないままテンスとアスペクトの分析を始めたため、泥沼にはまりました。

(ア)の5点分は比較的取りやすいので、時間がなくとも死守したいところです。

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