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正直者の彼、狂信者の娘3

 温かいお湯を被りながら、頭皮にこれまで感じたことのない、優しい指触りを感じる。

「あんた、どうしてここに?」

 鼻歌混じりの軽い口調で彼女は唄う。どうもこうもない。ただ、生まれたところがここだったからだ。白い泡が流れていくように、私もまた転がりついて気づいたらここにいた。

「私はね」

 聞いてもいないのに彼女は唄う。生まれた時に両親はいなかったこと。物心ついた頃には人ではなかったこと。そして今は、世界に噛み付くレジスタンスであること。

「それでね。私は思うんだ。」
「平等と不平等が、対等に、納得できる世界がいいなって」

 振り向くと湯気で熱気を帯びた彼女の顔は、少し高揚してほんのりと赤く、眼は何処か遠くを見つめていた。そんな姿は弱々しい私とは対極な鏡写しで、胸の中にフッとどうけいの燈が灯る。

(私にも、そんな夢が見れるかな)



 案内された部屋は六畳ほどで、仄明るい空間にひとり、本を読む後ろ姿があった。こちらにキッと顔を向けると、両目が抉(えぐ)られたかのように黒い少年はじっとこちらを見ている。

「お前、人間じゃないな。歓迎するよ。ここはさ、お前みたいなのが傷を舐め合いながら暮らしてるんだ。」

 口元は引きつった笑顔。ただ、底の見えない眼は、恨みと怒りに満ちている。椅子によたれながら立ち上がると、手探りでふらふらと近づいてくる。
 
 「なんで俺は生きんだよ、なぁ、教えてくれよ。なぁ!」
 
 カっと蹴躓き、前のめりに倒れる。クソッ、クソッとブツブツと言いながら席に戻っていった。

「心配しないで、彼はいつもそうなのよ」

 そう言って案内されたのは、彼らの根城だった。

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