見出し画像

うさぎ

長く触れている事で発生する弊害みたいな事がこの世には存在する。

友人のDは図書館で働いている。

そのDの悩みとして、本屋などに行くと頼まれてもいないのに本棚に収まっている本を作者名で50音順に並べ直したり、乱れている雑誌類を整えてしまったりするらしい。

別にやりたくてやっている訳ではないらしいのだが、どうも頭が気持ち悪く感じるのかほぼ無意識の内に手を動かしてしまうらしい。

こういう癖は接客業の方に多いらしく、仕事帰り擦れ違った見知らぬ人に突然いらっしゃいませと言ってしまったという友人もいた。

これらはある意味長く触れ続けた事による弊害だろう。

体が勝手に反応してしまうのだ。


私は小学生の頃、飼育委員だった。

主な仕事は飼育小屋にいる鶏とウサギに餌をやったり部屋の掃除をしたりする。私が飼育委員になった理由はウサギが好きだったからだ。

餌であるキャベツやにんじんを差し出すと、嫌がる事なく必ず食べてくれる所が好きだった。ちゃんと感情のある生き物が、自分のやる事に対してちゃんと答えてくれることが嬉しかった。

今考えるとかなり歪んだ感情だったが、とにかく私は飼育委員の仕事に励んでいた。

飼育委員になってから半年くらい経った頃、兎小屋の世話をしていると急に苦しくなるようになった。

呼吸が苦しくなり、くしゃみと鼻水が止まらなくなるのだ。

次第に症状は激しくなり、ある日私は飼育小屋でぶっ倒れ生まれて初めて救急車に運ばれた。

結果としてどうやら私はウサギアレルギーだったらしい。呼吸が苦しくなったり、くしゃみが出ていたのはこれが原因だったようだ。

私はその日のうちに病院を出ることが出来たが、次の日から飼育委員を辞める事になった。


恐らく飼育委員に最初からならず、飼育小屋の外から兎を眺めたり餌をやっていればアレルギー反応は出なかったのではと思う。

短期間であまりに長い間触れ続けた結果、体が勝手に反応するようになったのだ。

私は本が好きなので、本屋があると買うものも無いのにフラフラと立ち寄ってしまうのだが、これも似たようなことだろう。この場合発生する弊害は時間と金銭の浪費である。

これらの解決策はというと、触れている対象から離れる、ないしある程度の距離を置いて接する位しかない。

しかし大抵の場合そういった対象というのは、本人からすると離れれば人生が立ちいかなくなるほど大切だったり、生活の基盤であったりするのである。

距離を置けば余計に気になり、結局それまで以上に近づく事になったりする。


関わり続けるというのは、全くもって難しい事である。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?