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ドラゴンを、誘拐する

 もう十年以上前になるかなあ、新宿にある『ぼるが』って居酒屋で呑んでた時の話なんですけど。いや、ハッパ吸ってるダチがそこで焼き鳥焼いてたんで、それでちょくちょく。で、その日はライブの打ち上げが終わった後の二次会で、いやライブっていってもお笑いの方なんスけど、チケットのノルマがさばけなかった俺とか若手が先輩にめっちゃ説教されてたんですよ。もう二時間ぐらい。そんなん空気最悪じゃないですか。そのうちみんな黙っちゃって。誰も手ぇつけないからモツ煮込みとかどんどん冷めてって、油が白く浮いてまずそうになっちゃって。そんでしばらく油の塊をじっと見つめてたら、俺の後ろの席にやたら甲高い声で喋る奴が来たんですよ。いや、男です。舌っ足らずで滑舌が悪いくせに早口でまくし立てるから、ほとんど聞き取れないんだけど、なんかプロレスの話で盛り上がりはじめて。なんだよ、こっちは我慢して嫌な酒呑んでんのに楽しそうにしやがって、ヒョロガリのプロレスオタクがいっちょ前に居酒屋ではしゃぐんじゃねえよって思ったら、もうムカムカしてきちゃって。で、とうとう俺も後ろをバッって振り向いて「うるせえぞ、馬鹿野郎!」って怒鳴っちゃったんですね。
 そしたら、そいつ誰だったと思います?
 それが藤波辰爾だったんですよ。
 そう、マッチョドラゴンの。
 そうそう! 飛龍革命の!
 そうそうそうそう! 掟破りの逆サソリの!
 いや、もう顔面蒼白ですよ。向こうのテーブルはレスラーっぽい厳ついのが何人か並んでるし、先輩もいきなり俺が怒鳴り出すわ、相手はレジェンドレスラーだわでもう慌てちゃって。まあ結局、全員で平謝りしたら、藤波さん優しかったから許してくれて、その後、写真まで撮ってもらっちゃったんですけどね。
 なーんか運命ってやつを感じるなあ。
 どんなわけかは知らないけど、その優しかった藤波さんをさらわないといけないなんて。
 んじゃ、行きますか。


【続く】

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