伊藤なむあひ『鹵』を読んで
とても奇妙な小説を読んだ。
伊藤なむあひさんの『鹵』というタイトルの小説だ。多分小説だと思う。作者がそう言っているから。
おとぎ話のように「あるところに山がありました」という導入があってもおかしくないような始まり方と、名詞にかっこ書きされた注釈の数々が、私をぐいっとイメージの世界へ引きずり込む。というか、試しにのぞき込んでみたら急に突き落とされた感じに近い。
文体はとてもインターネット的な印象を受けた。例えば「裸(ら)」や「肋(ろっ)」のような漢字の読み方としてのルビをかっこを使ってふるやり方だ。「静寂(サイレンス)」や「不在(いない)」の使い方もそう。注釈としては「塩(主食)」という単語1語のごく短いものから、ちょっとした文まで様々だ。かっこ書きで書かれている注釈の文は、場合によっては地の文でも不都合はなさそうなものもある。そしてぱっと見、そこにあまり明確な線引きはないように思うし、だからこそその曖昧さがゆるく物語に溶けあっているようにも思えた。改行がないため、この物語には明確な区切りがなく、諸々のエピソードは等価に並列されて進められる。
この小説はあらすじを説明しても仕方がない。主人公をマチ子と言っていいかどうかもわからない。最初に出てくるオルタナ力士と後半に出てくるオルタナ力士は明らかに違うけれど、それすら読み進めていく上で障害にならない。
おとぎ話のように始まり不条理小説のように進んでいく物語は、途中から神話の様相を呈してくる。だけどもしかしたら最初からずっと神話だったのかもしれない。
そして折々に現れる不穏さはなむあひファンを喜ばせて「さすが、なむあひさん!」と言いたくなる。しかしこの不穏さはチラッチラッと片鱗だけ見せて、隠された全貌を見ることは叶わない。すべての文において隠されている”なにか”! それを見たい暴きたい自分のものにしたいと思うこころ! それが欲望でありエロス!
気持ちいいまでの欲望の宙ぶらりん状態とイメージで運ばれる物語がどこまでも続いて、ラストはハッピーエンド♪ とても面白かったし、楽しんで読めた。
ちなみに私が特に好きなのは「実家から電話が来ると聞いたことないような方言で訛る猫の話」と「戦争(うぉー)」と「(イェイイェイ)」の部分です。他にもたくさんあるけれど厳選するならば。
タイトルの読み方は、小説内で出てくるけれども「ろ」と読むらしい。
同じ部首の「しおけ」という漢字を知っているので ① の意味は想像がつくのだけど、多義的な文字だ。ここから色々考察するのも面白いかもしれない。私の手には余るが。
そしてみんながこの小説の虜になりますように。
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