見出し画像

ゼロ書民法 #05 物権変動と対抗要件

本連載のコンセプト・料金プラン・記事公開状況は、下記ポータル記事をご覧ください。
スマートフォンで記事をお読みになるときは、横長の画像が小さくなることがあります。画像データをダウンロードして参照いただくか、スマートフォンを横置きにしてブラウザで読むことをおすすめします。

連載#05のテーマは、物権ぶっけん変動へんどう対抗たいこう要件ようけんです。
以下では、物権変動に共通するルールを説明しますが、物権変動の中でも中核的な「所有権の取得」を事例に用いて行います。


不動産物権変動の対抗要件

物権ぶっけん変動へんどう

物権の取得・変更・喪失を物権ぶっけん変動へんどうといいます。(物権の概要については#03を参照ください。)

二重にじゅう譲渡じょうと

ひとつの物をふたりに譲渡することを二重にじゅう譲渡じょうとといいます。物を二重譲渡することは刑法上は横領罪にあたりえますが、民法上は有効です。
二重譲渡がなされると、1個の物に複数人が所有権を主張するという困った状況になります。

建物を買おうとする者(上図のD)の立場で考えてみましょう。
売主Aは自分が本件建物の所有者であると主張していますが、実はAは既に第三者Bに本件建物を売却しているかもしれません。このとき、Dはお金だけ払って、本件建物を手に入れられないおそれがあります。
このような状況ではDは不安であり、Aと取引をすることができません。

不動産登記制度

このような危険を防止して取引の安全を保障するために、不動産について不動産登記制度が整備されています。
国は全国の不動産について、登記情報のデータベース(登記簿)を保有しています。登記簿には、面積など不動産の現況に関する情報や、不動産の権利関係に関する情報が登録されています。
法務局に行くと、不動産の登記事項証明書(登記簿内容の写し)を取得できます。これをみれば、不動産の過去・現在の所有者がわかります。

なお、法務局が個々の不動産取引を把握しているわけではないので、登記情報の更新は取引当事者の申請がトリガーとなります。
新たに不動産を購入した者は、法務局に行って所有権移転登記を申請しなければなりません。

不動産物権変動の登記による公示こうじ

さて、Dは法務局で本件建物の登記事項証明書を取得して、 登記簿上、Aが本件建物の現所有者であることを確認しました。Aはまだ誰にも本件建物を売却していないことになります。

そして、不動産登記の効力として、不動産に関する登記されていない物権変動は、存在しないものと扱うことができます(公示の原則、177条)。
公示の原則とは、「権利を取得等したときは、一定の方法でそれを第三者に公開・周知させなさい。」というルールです。
不動産物権変動については177条が定められており、公示の方法は不動産登記だということです。

Aが実はBに本件建物を売却していても、これが登記されていない以上、 Dはこれが存在しないものと扱うことができます。
もし後日BがDに対し、「本件建物は、私が購入したので、私が所有者です。」と主張したとしても、Dはこれを無視してよい、ということです。

不動産の二重譲渡と対抗関係

これを一般化して説明します。
不動産が二重譲渡されたときは、当該不動産の所有権移転登記を先に備えた者が勝ち、そうではない者が負けます。つまり、登記の早い者勝ちです。
勝者は敗者に権利を主張することができ、敗者はこれをしぶしぶ受け入れなければなりません。

このように、第三者に権利を主張するために必要な要件を対抗たいこう要件ようけんといい、対抗要件を備えた者が勝者となる関係を対抗たいこう関係かんけいといいます。
不動産物権変動は、不動産登記により公示を備えることが対抗要件です。


動産物権変動の対抗要件

動産物権変動の引渡しによる公示

不動産物権変動の公示方法は、以上説明した通り、登記です。
登記申請には相当な手数料が必要ですし、手間もかかります。その分、その公示は正確かつ安全です。

動産物権変動の公示方法は、引渡ひきわたです(178条)。要は、所有者から動産を渡してもらえば、対抗要件を備えたことになります。
引渡しは登記よりずっと簡便です。しかし、引渡しを受けた人と動産を盗んだ人とを判別できないなど、危険もあります。

ざっくりいって、不動産は高価かつ流動性が低いのに対し、動産は安価かつ流動性が高いです。不動産物権変動/動産物権変動の公示方法が異なるのは、この性質の違いに対応しています。

引渡ひきわたしの4類型

引渡ひきわたとは、物(不動産・動産)の占有を移転することをいいます。
引渡しには4形態があります。以下では、ダイヤモンドの譲渡に伴って譲渡人じょうとにん譲受人ゆずりうけにんにダイヤモンドを引き渡すことを事例として、引渡しの4類型を説明します。
おさらいですが、占有には、物を現実に所持する者を直接占有と他人を介してする間接占有がいましたね。(ピンとこなかった人は#03を復習してください。)
以下では、直接占有・間接占有を下図の記号を使って表現します。

現実げんじつ引渡ひきわたし(182条1項)

現実の引渡しとは、物の物理的支配を移転することをいいます。
譲受人Aが譲受人Bに対してダイヤモンドを物理的に手渡せば、現実の引渡しとなります。

簡易かんい引渡ひきわたし(182条2項)

簡易の引渡しは、物の所有者が保管者との間で、今後保管者は所有者として物を占有すると合意することで成立します。
例えば、もともと譲渡人Aが譲受人Bにダイヤモンドを預けていたところ、AがBにダイヤモンドを売却して「今後Bは所有者としてダイヤモンドを占有する」と合意すれば、簡易の引渡しです。
(なお、細かいですが、独立の占有が認められない占有補助者に対しても簡易の引渡しをすることができます。)

指図さしずによる占有せんゆう移転いてん(184条)

指図による占有移転は、占有代理人が保管する物について、旧所有者が新所有者との間で、今後占有代理人は新所有者のために占有すると合意し、これを占有代理人に通知することで成立します。
例えば、譲渡人Aが占有代理人Cにダイヤモンドを預けていたところ、Aが譲受人Bにダイヤモンドを売却して「今後CはBのためにダイヤモンドを占有する」と合意し、これをCに通知すれば、指図による占有移転です。

ここから先は

2,401字 / 9画像 / 2ファイル

¥ 880

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?