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【あの研究成果の裏側を聞いてみた】「イワナは泳ぐ前にあくびをする~世界で初めて魚類の状態変化仮説を実証~」(水産科学院博士後期課程3年 山田寛之さん)

北海道大学では、日々たくさんの研究成果が発表されています。
いったい、その研究成果が生まれるまでにどんなドラマがあったのでしょう?

今回のテーマ

水産科学院博士後期課程3年の山田寛之さんが、指導教員である水産科学研究院の和田 哲教授とともに発表した論文です。

今まで通説的にいわれていた「魚のあくび」。
本論文では、北海道に生息するイワナの稚魚で実証しました。

北大公式Twitterで投稿された紹介ツイートは、1,149いいね、ビュー数は7.8万(1月24日13:00時点)を超えており、あくびするイワナの様子が可愛らしいと評判です。

話題の研究成果について、山田さんにお話を伺いました。

いったいどんな研究内容?

ーこの研究成果では、いったいどんなことがわかったのでしょうか?

山田さん:私たちにとって、あくびはとても身近な存在ですよね。
ヒトを含むさまざまな脊椎動物で、あくびが行動変化の前に起こることが知られています。

ー確かに、起きたとき、眠たいとき、退屈なときに出るイメージですね。

山田さん:近年の内温動物での研究では、あくびによって冷たい外気を取り入れることで脳が冷却されたり、血流が促進されたりすることで覚醒し、行動変化を引き起こすのではないかと考えられています。これは「状態変化仮説」と呼ばれています。

ー行動を起こす前のスイッチみたいですね。

山田さん:そうですね。魚類を含めた外温動物でも、摂餌行動の研究や潜水による行動観察の研究で、彼らがあくびすることを報告した研究はいくつかありました。
 
ただ、内温動物のあくびとは機能が異なると信じられていたので、魚類で「状態変化仮説」が定量的に検証されたことはなかったんです。

ーどうして異なるものだと考えられていたのでしょう?

山田さん:いくつか理由は考えられますが、魚類ではあくびが引き起こす脳の冷却による覚醒が想定しにくかったことが大きいと思います。外温動物である魚類の体温は、もともと水温と大差ないので、水を取り入れたとしても、脳が冷却されるとは考えにくいからです。
 
でも近年の研究では、内温動物でも外気を取り入れるからだけでなく、あくびの口開け動作自体に覚醒作用があることがわかってきています。そして今回の研究成果もこの考えを支持するものでした。

あくびと行動変化の時間関係を示す積み上げヒストグラム
行動変化の前にあくびの数が多いことがわかる(提供:山田さん)

あくびに注目したきっかけ

ー今までの通説を覆すような新しい研究成果ということですね。
いったいどうして魚のあくびを研究しようと思ったのでしょうか?

山田さん:実は、あくびの研究をしようと思っていたわけではないんです。
 
私の学位研究のテーマは「サケ科魚類の稚魚における流下を抑制する進化」です。例えば、魚が登れないほど高い堰堤(砂防ダムなど)の上流域に生息しているイワナでは、稚魚期に堰堤下に流下しにくい性質(例えば、あまり泳ぎ回らず、水底でじっとしている着底時間が長い)を持つ個体が多いということなどを調べています。
 
あくび研究の端緒は、学位研究のために撮影したイワナの動画を確認しているときの偶然の発見にありました。撮影した動画を後輩と一緒に見ていたときに「あくびしたら着底やめること多いよな?」と気づき、そこから研究が始まったのです。

イワナのあくびは他個体への合図にもなり得る?

ーまさか偶然の発見から生まれた研究だとは思いませんでした。
論文では、イワナのあくびの長さにも種類があると触れられていますね。

山田さん:はい。遊泳中のあくびの持続時間(あくびが始まってから終わるまでに要する時間)が、泳ぐ前のあくびに比べて1.5倍ほど長かったんです。

あくびの持続時間の比較。
解析の結果、遊泳中のあくびの方が1.5倍ほど長いことがわかった(提供:山田さん)

ーあくびの持続時間の違いには、どういう意味合いがあるんでしょう?

山田さん:現段階では全くの謎です。ただ、色々な可能性が考えられます。
 
たとえば、着底している稚魚は、川底に擬態して隠れているのかもしれません。その場合、大きく長いあくびをしてしまうと捕食者などに見つかって襲われてしまうので、小さく短いあくびをするのかもしれません。
 
また、稚魚は一匹で泳ぐと群れでいるときより捕食者の発見が遅れたり、自身が捕食者に狙われやすくなったりします。なので、自分が泳いでいる時に、あえてのんびりあくびして安全性を他の魚に知らせ、一緒に泳いでもらおうとしているのかもしれません。
 
先に遊泳している稚魚の大きく目立つあくびが、着底中の別の稚魚に伝染り、その伝染したあくびが遊泳開始のトリガーとなる、なんてことがあればとても面白いですね。

正面からみたあくびをするイワナの様子(提供:山田さん)

ーヒトでもあくびが伝染るとよくいいますよね。

山田さん:あくびは、人間のような社会性をもつ動物では「合図」の機能を持ち合わせていると考えられています。
 
たとえばライオンでもあくびが合図となっていて、ある個体が群れの中であくびをすると、他個体にあくびが伝染し、その後の行動が先にあくびした個体と一致するように変化することがわかっています。
 
このようなあくびは群れ全体としての行動をそろえるため、群れのパフォーマンスを高めると考えられているようです。

ーイワナのあくびにも合図の機能があるとすれば面白いですね。
他にはどんな可能性がありえますか?

山田さん:あとは狩りや食事と関係するかもしれません。
 
サメやヘビ・サンショウウオでは、狩りの場面であくびをするという観察報告がいくつかあります。食事のために大きく口をあける準備のため、あごのストレッチとしてあくびをしているのでは?とか、食事の際にズレた顎の骨や筋肉の位置修正のために食事後にあくびするのでは?などと考えられています。

他にもまだまだいろんな可能性が考えられます。

今後の期待

ーまだまだ魚類のあくびについては未知なことが多いのですね。

山田さん:私たちにとっても馴染み深いあくびですが、魚類では意外なほどに研究が進んでいないんです。私もひょんなきっかけで研究を始めたわけですが、とても楽しい研究なので、魚類のあくびを今後も研究し続けたいと考えています。
 
今回の研究成果には、内温動物と外温動物のあくびが全く別物であるという通説を覆す可能性があります。この知見が今後双方のあくび研究の進展に貢献できると良いなと考えています。

研究室にて山田さんとイワナの稚魚を撮影

関連リンク

北海道大学水産科学研究院・水産学部 海洋生物資源科学専攻・海洋生物科学科・海洋生物学講座 動物生態学研究室
和田先生、山田さんが所属する研究室のWebサイト

Fish of the Month SALMON&TROUT
本文中に出てきた、山田さんの学位研究のテーマ「サケ科魚類の稚魚における流下を抑制する進化」が紹介されています(山田さんが描いたイラスト付)。

各種報道

NHK NEWS WEB
北海道新聞
日刊工業新聞


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