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「辛さ?」辛さってなんだ?

…振り向かないことさ?(なわけない←)

というわけで、日本酒が好きであれば幾度となく耳にする、みんな大好き『辛くてうまい酒』の話です。

1.『辛くてうまい酒』とは

それは、全唎酒師(SAKE DIPLOMA含む)の皆さんの天敵のことです。

何故『天敵』なのか。

天敵とまで呼びたくなるのか。

それは、「『辛くてうまい酒』をください」という言葉の裏には、
「私とあなたの『辛くてうまい酒』の基準は同じ」だと信じて疑わない無邪気さが潜んでいる反面、
「私の思う『辛くてうまい酒』」は「あなたの思う『辛くてうまい酒』」ではないことが多過ぎるくらいに多いからです。

10人いれば10通り、とまではいかないまでも、おそらくは5~8通りくらいの「私の思う『辛くてうまい酒』」があると考えるようにしている方がいいのではないかと思います。

ここからは、『成分数値』『官能評価』『好み』などの観点から、
『辛くてうまい酒』について考えていきたいと思います。


2.『辛さ』って、ラベルを見ればわかるよね?

はいそうですね、まったくもってわかりません←
まぁ、部分的な推測はできるんじゃないですか?

…と書いて、「お前、唎酒師なのに何言ってんの?」って思われた方も割と居そうなので、ちゃんと説明していきたいと思います。

『辛さ』について、ラベルでは2つの要素で表記がされています。

一つ目は、商品名などの説明書き
『辛口』・『超辛口』、『淡麗辛口』・『濃醇辛口』などの記載があるお酒も多いと思います。

この記載を根拠に「この酒は『辛口』だ」って説明するとして、
この記載の根拠ってなんなんでしょう?

それは『成分評価』と『官能評価』の2点です。
『成分評価』は、酒質の数値評価なので客観的根拠です。
対して、『官能評価』は、主観的根拠です。

どちらの何をもって『辛口』と書いたかは、蔵のみぞ知ります←


二つ目の要素は、成分表示ですね。
アルコール度数、日本酒度、酸度、アミノ酸度、酒米や酵母の種類などが該当します。

酒米や酵母については、これで自分好みの味かを判断して買う方も、ディープな日本酒好きには多いかと思いますので省きます。
最近は種類だけではなく、掛米・麹米の比率だったり、ブレンド比率を書いてあることもありますが、それはまたの機会としましょう。

「甘辛の指標と言えば、『日本酒度』でしょ」って言われる方も多いと思いますので、こちらから掘り下げていきましょう。

この日本酒度とは何か。
「『日本酒度』とは『お酒の比重』のこと、」です。

「比重?重さ?なんで?????」って思う方も割といらっしゃることと思いますが、日本酒度が甘口/辛口の根拠とされる理由は明確です。

日本酒全体の比重(ボーメ度)は、糖分(グルコース)濃度に大きく左右されるため、甘み成分である糖分が多いと重く(-)なり、逆に少ないと軽く(+)なります。
つまりは「糖度を示す比重の値である『日本酒度』は、日本酒の甘さ/辛さの基準となる数字である」ということが一般的に言われている理由です。

実は、前述の『淡麗/濃醇×辛口/甘口』の4パターン評価は、日本酒度と酸度を元にしたおおまかな成分評価指標があります。
(たまに見かける表なのですが、この表の元々の出典がわからん…)

日本酒_濃淡甘辛

しかし、数値指標と言いつつ、これも実は『官能評価』によって傾向を評価したもので、厳密な分類数字ではなかったりします。
日本酒は様々な成分が嗅覚・味覚・触覚を刺激し、その結果を味わいとして感じるもの。その中で、香り同士・味わい同士が打ち消し合うこともあり、この作用を『マスキング』と呼びます。
つまり上の図は、「日本酒度と酸度にフォーカスし、マスキングも含めた『官能評価』に見られる傾向」をまとめたものということになります。
本来で言うと、ハッキリした色分けでなくグラデーションで表現すべき図ですが(そんな図を描くスキルが無いので←)一旦ご容赦ください。

しかし日本酒の甘みは、単なる糖分量と酸度だけでなく、アミノ酸(甘/旨/苦味をもつ)など他の甘み成分や、カプロン酸エチルなどに代表されるエステル類による刺激など、他の成分量にも影響されます。
また、アルコールも『甘み』と『辛み』と『苦み』を併せ持った成分なので、度数が高ければ甘みも辛みも強い、低ければ穏やかな味わい、ということになります。
他にも、『貴醸酒』と呼ばれる、仕込み水の一部に日本酒を使う製法でつくったお酒は、甘みが強くなる傾向にあります。

このように、『甘み』『辛み』だけではない様々な成分によるマスキング効果の結果、最終的に『甘み』『辛み』としてインプットされるのです。

これらの要素は、全てが全てラベルに書いてあるわけではありません。
日本酒のラベル表記を規定している『酒税保全法(酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律)』上の表記義務が無い項目も多いからです。
そのため実は、「味わいを判断するのに必要なデータは、ラベルには全ては揃っていない」のです。

マスキングや造り(発酵経路や保管流通)も含めた「ラベルの記載情報から味わいをイメージする」というのは、知識と経験に基づく高度なスキルと言えるでしょう。

つまり、ここまでを簡単にまとめますと、
「ラベルには、なんとなく『甘・辛』に関係あることは書いてあるけど、
 
甘いか辛いかなんてハッキリわからん」
ということになります←


3.で、日本酒の『辛さの基準』ってなんなの?

統一した基準は無いと思いますが、いくつか要素があります。

人体の五感では、『辛味』を感じるのは『味覚』ではなく、『痛覚』だと言われています。
つまり、「『辛み』とは、味ではなく『刺激』である」と。

『刺激』としての『辛み』の感じ方は、以下のようなパターンがあるかと思います。
 ・ピリピリした鋭い刺激
 ・実際の温度以上の『熱さ』

また、『味わいの経時変化』を辛いと感じるパターンもあります。
例えば、「この酒は口当たりは甘いけど、キリッと甘みが引いて、あと残りがスッキリしている」というのを、『辛口』と表現される方もいるでしょう。
つまり、『キレ』も『辛み』として感じられる要素ということですね。


前項で述べた『味わい』としての要素と、本稿で述べた『刺激』の要素などを合わせ、そこから各自がそれぞれ「『総合的に判断』または『特定要素をピックアップ』して、『辛口』と呼んでいる」のが、『辛口』という表現の現実です。

つまり『辛口の基準』になる要素を列挙すること自体は可能ですが、
『「誰にとってもこれは辛口」という統一の基準』は無い。

そう考えることから、『辛口』を考えることを始める必要があるのです。


4.「『辛口』と向き合う」ということ

前項にて、「『辛口』とは極めてパーソナルな表現である」と述べました。

だったら、「『辛くてうまい酒』をください/教えてください」と言われた時、我々はどうすればいいのでしょうか?

こうなってしまうと、要求者にひたすらヒアリングし、自分の経験と相手の感性を結びつけることしかないのです。

この人の思う『辛口』は、私の思う『辛口』とは何かが違うかもしれない。
この人は、どんなお酒を『辛口』と呼んでいるのだろう?
どんな要素を『辛さ』だと思っているのだろう?
どのような『辛さ』が好みなのだろう?
この人が好きなのはどんなお酒だろう?

そして何より、
今この人が「飲みたい/知りたい」と思っているのは、どんなお酒だろう?

そうやって、『辛口』などという『思い込み』に囚われず、
相手が本当に辿り着きたいと思っている答えを考え、寄り添っていくこと。

それが、唎酒師として、それ以上に一人の日本酒好きとして、
 「『辛口』と向き合う」
ということなのではないでしょうか。


また最後に、『辛くてうまい酒』が大好きで仕方ない、そこのあなた。

あなたに寄り添ってこようとしている態度を、邪険にしないであげてね。
ちゃんと向き合ってあげれば、その人はきっと、『あなたの飲みたいお酒』を見つけてくれることでしょう。


【併せて読んでほしい記事】
・菊の司酒造:きくつかこらむ『日本酒の「甘口」「辛口」問題。日本酒度とは一体何なのか』
・地酒蔵元会:解体新書 第1回『お酒の甘口辛口ってなんだろう?』
・SAKE Street:私の日本酒「辛口」論 ←オススメ!

"歌う唎酒師"、ヒューぽん@よいどれクソメガネです。SSI認定唎酒師、情報処理安全確保支援士、日本酒/焼酎/ビア/ワイン/スピリッツナビゲーター。都内東側在住のよっぱらい男子です https://huepon.tumblr.com/