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バレンタインデーはおすき?その3

教室中が、なんとなく熱っぽくなったようで、洋子のほっぺたが、あつくなった。

でも、あの子に、チョコをわたしにいく元気はない。布袋の底のチョコが、だんだん重荷になってきた。ゆいちゃんは、まるで、お祭りさわぎだ。とうとう、椅子の上にあがってさけびはじめた。

「ええー、チョコは、いりませんかあー。ギリチョコ、もらえなかった人、今からでも、うけつけまーす。心やさしいゆいちゃんは、ちゃんと、コインチョコを、たくさん用意しましたよう!」

「ゆい、おれにも、くれるかあー」

まっ先に、石田君が、きた。背が高くて、勉強もできるし、ピアノもひける石田君は、1年生女子のあこがれの的だ。

バスケットボールの、レギュラーに選ばれた、このごろでは、試合ともなると、石田君の応援のために、20人ちかくの女子が、つめかける。

だのに……、不思議に、チョコレートはもってなかった。おたがいに、ケンセイしあって、だれも、あげれなかったのかもしれない。

「ゆいのチョコは、特別うまそうじゃん」

「もっちのろん。石田君が1つも、もらえなかったなんて、びっくり、しゃっくり、ひよりげた」

石田君は、さっぱりと、こだわりもなく、ゆいちゃんの手から、コインチョコを、3枚とりあげた。

「おかえし、あとで、よこせようー」

「オッケー、心やさしい、ゆいどの」

石田君は、ペロリと舌を出して、さっさと、自分の席へ、かえっていく。洋子は、2人のやりとりを見ていて、また、ためいきがでた。

ーーーあの2人みたいに、何のこだわりもなく、チョコのやりとりができたら、どんなに、いいだろう。卓球部のあの子は、もう、クラスの子に、チョコもらったかしら?ーーー」

「やだ、きにしたって、しょうがないのに?」

「洋子ちゃん、なに、ぼやんとしてるの?」

昌子ちゃんが、よってきた。

「なんでもないわよ。それより、昌子ちゃん、チョコどうした?」

「いがいに、わたせないんだよねえー」

昌子ちゃんは、すこしふくれた、スカートのポケットを、おさえた。

「洋子ちゃんは、もう?」

ううん、洋子は、首をつよく、左右にふった。

ドタバタ、大きな音がして、小がらな育子ちゃんが、教室に、かけこんできた。

ハアハア、息をきらせ、鼻の頭には、2月だというのに汗をかいている。

洋子と、目があうと、全身で、つっかかるように、歩いてきた。

「なに、2人で話してたの?」

「なにって……」

2人が、いいよどむと、育子ちゃんの顔は、ますます赤くなった。金太郎さんが、風呂から、あがってきたみたいな顔で、ポンポンいう。

「わかってるわよ。洋子ちゃんの顔に、ちゃんとかいてある。あの子にチョコわたせないんで、なやんでるんでしょう。あの子、ふだんおとなしいのに、以外と、チョコもらってるのよね。ほら、卓球部のあの子」

こんどは、昌子ちゃんが、むくれた。

「だれよ、あの子って。洋子ちゃんに、そんな子いたの?かくすなんて、ひどいじゃない」

洋子は、手をひらひらとふりながら、いそいで、弁解の言葉をさがす。

「洋子ちゃんは、ギリチョコあげるんじゃなかったの?ああ、バカバカしい。私、ギリチョコあげるんでも、タイミングがむずかしいねって、話してたのに。なんだ、そうなの。知らない顔して、話あわせてるなんて、洋子ちゃんも、そうとうなもんね」

昌子ちゃんは、プリプリしながら、自分の席にかえった。

洋子は、なさけなかった。こんなチョコ1つで、4月からの友情を失いたくなかった。

「ねえー、ごめん。私が、ちゃんといわなかったから」

洋子は、昌子ちゃんの席に、あやまりに行った。

でも、昌子ちゃんは、わざと、身体ごと、反対むいて、となりの子と話しはじめた。

「チョコ、つられて買ったけど……。もう、いいの。だれでも、もらってくれれば……」

昌子ちゃんの声が、洋子を無視して、大きくなる。

洋子は、おもわず、いってしまった。

「ああー。めんどくさいなあー。ホントにだれでもいいのよ。副担任のネコ先生でも、班の子でも」

「いいかげんなこと、いわないで!」

「いい子ぶらないでよ!」

昌子ちゃんの声に、育子ちゃんの声が重なった。

一瞬、教室中が、シーンとなった。

洋子は、ベソをかいて、キョロキョロした。教室のざわめきがもどってくる中、ゆいちゃんと、石田くんが、近づいてくるのが、洋子の目のはしにみえた。

「そのチョコ、おれが、もらってやろうか?」

石田くんが手を出した。

「わあー、しょってるうー!」

まわりの女子が、どっと、ひやかした。

「ゆいの友だちは、おれの友だちだ。世界に広げよう友だちの、輪!」

石田くんは、テレビのまねをして、みんなをわらわせると、さっとチョコをとりあげた。昌子ちゃんのチョコも、とりあげると、教室からでていった。

ゆいちゃんが、あわてて、その後を、おいかけていった。

「ああー、ほっとした」

洋子が、つぶやくと、昌子ちゃんが、ジロッと、見あげた。もとの仲良し4人組に帰るには、まだ、時間が、かかりそうだった。

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