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映画「ベニスに死す」を見て原作を読んでみたくなりました。 

映画「ベニスに死す」を見たあと原作を読んでみました。
言葉で表されると主人公の表情の意味、少年の外見だけではなく内面も想像されとても分かりやすくなります。
映画は、主人公(初老の音楽家)が休養のためベニスに滞在している間に起こった出来事と芸術に関する論争を回想するシーンで完結しています。
原作では主人公(初老の作家)が今まで勤勉に積み重ねて築き上げてきた作家生活では思いもよらなかった感情(少年への愛)、反道徳的であり侮辱されるに違いない(その当時)同性愛について思い悩む姿が語られています。

言葉で表現されるとさらに深く伝わる

・奇怪な世界の始まり

柔らかな色合いの海を滑ってくる蒸気船で始まる光景、
化粧をした不気味な老人や謎のゴンドラの船頭が奇怪な物語を予感させています。
ギリシャ彫刻のように完璧な美少年に驚き感激し、観察していくうちに彼の美にはまってしまう初老の音楽家アッシェンバッハ。
彼への愛を知りがくぜんとしてしまう心情は言葉で表されるとわかりやすくなります。
反道徳的な感情「同性愛」は自分にはありえないことであり、今まで積み上げてきた作家としての地位や名誉をおびやかすだけでなく祖先にも申し訳が立たないと恐れおのき苦悩する姿が描かれています。

・少年の服装で表現される彼の内面

映画では美少年タッジオの洗練された服装が彼の美しさをいっそう際立たせていますが、
原作では作家が芸術家の目で彼の服装や所作について細かく観察して語っているので、少年の服装が彼の内面を表しているように感じます。
映画のシーン
初めて少年を見かけた時の紺の線をあしらったセーラーカラーの白い服は従順とむく
白いたて襟のブラウスは生まれとしつけの良さ
水着とストライプのTシャツは幼さ、無邪気さ
後半に出てくる二列に並んだ金ボタンが付いている紺の詰襟の服は大人になりかけた少年
物語が進むにつれて(外国語なので)言葉を交わさないながら少年の個性が浮き出てきます。

・背徳の沼にはまり、もはや異界をさまよう主人公

映画の後半で恋する男となった主人公は、化粧やおしゃれをして少年を追いかけるのですが暑さのためか、化粧が落ちて黒いものが顔を伝って流れます。
少年を見失って浮かべる絶望的な顔を道化師のように見せる崩れた化粧。
20世紀初頭の特にキリスト教社会で同性愛は反道徳的、おぞましいとされていたと思います。
原作では今まで道徳的模範的に生きてきて多くの作品を世に送り出し、
地位も名声も確立してきた初老の作家の苦悩が描かれています。
美や芸術への言い訳をしながら、自分のあさましい姿を客観的に振り返ったりします。
自分の心の奥底から湧き上がってきた感情に驚き、それが世間に知られたらと恐れ、苦悩するのですが、この地を去ればこの泥沼から抜けられるのにもはやそのような気はない。

・主人公はコレラに感染したのか
映画の冒頭では心臓が弱っているので静養が必要だというシーンもあり、
原作ではもともと体は丈夫ではないと記述されているので
彼の死は疫病が原因だったのか、寿命だったのか、無理がたったのかはっきりとは描かれていません。
コレラにかかると8割以上の人が死を迎え、場合によっては幸福な気持ちの中で死んでしまうらしい、というくだりが映画の最後のシーンの謎を解く言葉のようにも思います。

主人公の妄想だった?

主人公は恋する男になった、少年は?
・初めて出会ったとき、主人公は美の象徴のような少年を見てひどく驚き、少年は何気なく振り向いたのでした。
少年の回りには父親らしき人がいないので、身なりもきちんとした社会的地位にある男に父性を見たのかなと思いました。
自分を見る他人の瞳の中に美しい自分の姿を見ている少年。
力で征服する他人ではなく、純粋に自分の美にひれ伏する他人を見ていたののでしょうか。
・疫病がはやるベニスを去ることもせず、異国の地で少年と言葉を交わすわけでもなく、過ぎた時間のなかで体調を崩し主人公は死を迎えるのですが、世界は彼の訃報を知っただけで、彼がひどく恐れていた地位や名誉が損なわれることはありませんでした。

現代に通ずることもたくさんある

・ベニスは観光で成り立っているので疫病がはやっていることを伏せている。
・疫病はアジアから広がってきた。
・映画ではさりげなく表現されていますが、原作ではロシア人家族をやゆするような言葉が出てきます。
またポーランド貴族の少年がロシア人家族を見る憤怒の目についても触れているので、その当時からヨーロッパの国々が持っていたロシアに対する感情を垣間見ることもできます。

まとめ


映像や音楽の美しさに感動して、深く作品を知りたいと思いトーマス・マンの原作を読んでみました。
特に、少年を観察して彼を描写する内容が素晴らしいと思いました。
彼の服装や所作について語る文をなぞっていくと少年の美しさが浮き上がってきます。
原作を読んだあと映画をもう一度見ると少年の美しさがいっそう際立ってきました。言葉のちからなのでしょうか。
その時代にあって反道徳的だった同性愛に限らず、人間はその時の道徳観によって縛られていて、それによって苦しむ人生もあるのだなと思いました。
異国の地で誰に見られることもなく(ばれずに)完結したした物語。
何の結論も語られてはいません。
とても難しい内容でしたが今もなお色あせることのない作品だと感じています。




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