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"HAPPY" meets Kumamoto 2014!!

こんにちは、エムコです!今回はHub.craftを語る上で外すことのできない、Hubチーム誕生のきっかけとなった、再生回数なんと12万回にも及ぶ勢いの2014年発表「HAPPY "JAPAN KUMAMOTO" 熊本初!もっこす踊り、著名人も街の顔も!!くまモンkumamon、馬刺し、辛子レンコン!!日本と郷土愛満載ばい/ファレルPharrell Williams」略して「火の国もっこすHAPPY」について書いてみたいと思います!

きっとあなたも見たことがあるはず! 懐かしさやちょっと切ない気持ち、そしてあたたかい気持ちになり、ふとした瞬間もう一度見たくなる。そんなHubさんの代表的な作品となったこの「火の国もっこすHAPPY」のその誕生秘話やそこに込められた想いなどを、今回はこの企画の発起人である株式会社think garbage代表取締役の日置経尊さんにもお聞きすることができましたので、ぜひ最後までおつきあいください!😊


まずは作品をご覧ください💁‍♀️「火の国もっこすHAPPY」

ちょうどこの記事を書いた6年前、2014年6月4日に発表されたこの「火の国もっこすHAPPY」。なんと公開後1日で再生回数3万回を突破!さらに1ヶ月の間に10万回を超え、現在約11万9千回と12万回にも届きそうな勢いで熊本内外の方に親しまれた作品になりました。熊本市民の人口が約75万人ということなので、熊本市民の約7人に1人が見たことがある!という計算になる(なるのか?)、広く県内外のみなさまに楽しんでいただいている作品です。

まず出てくるのは熊本の市電。そこからみたことのある場所、どこかでみたことのある人たちが次々と軽快なリズムと共に顔を出します。上通りに下通り、上乃裏のお店や水前寺。見慣れた光景の前で、ファレル・ウィリアムスの「HAPPY」の音楽に合わせ、歌を口ずさみながら、体をリズムにゆだねながら、知人と、友人と、仲間と、職場の同僚と。ちょっと照れた微笑みをカメラにむけつつ、楽しそうな人々の姿になんだかじーん。。。それは熊本在住歴まだ3年目の私でさえも見慣れた風景やそこに映る笑顔に心奪われ、もしまた熊本から引っ越してしまったとしても、また熊本に戻りたくなるような。そんな素敵な作品でした。

当時実際にこの「火の国もっこすHAPPY」をみた人たちはどう感じたんだろう?!と思った私はTwitterで動画のURLを検索してみることに。すると、「熊本よかとこ!」「すごくいい感じにできてる!」「久々に地元に帰りたくなった」「知ってる顔がちらほら!」「楽しそう」などの熊本のみなさまの声に混じって、こんな素敵なツイートも発見しました。

そうです、元音楽プロデューサーで、現在はニュージーランド湖畔の森で暮らしながら執筆活動をされている四角大輔さん。熊本の方にもファンの方は多いはず!実は熊本にも大変ご縁があったという四角さんもこの「火の国もっこすHAPPY」をみて、こんな風に熊本のことを思い出してくださっていました。たとえ離れていても、その土地の魅力を伝えることができる。またご縁を繋ぐチカラのある、本当に素敵な作品だということですね!!音楽と笑顔のチカラって、本当に本当にすごい。


「HAPPY」との衝撃の出会い

この企画の発案者は、株式会社think garbage代表取締役の日置経尊さん(※参照)。当時はまだ山下さんはラジオ局のディレクター、岡部さんもまだ前職についており、まだ名もなきチームだったこの二人と一緒に「HAPPYの熊本バージョンを作ろう!」と動き出されたまさに「火の国もっこすHAPPY」の仕掛け人。その日置さんに、この「火の国もっこすHAPPY」の誕生のきっかけについてお伺いしました!

※参考:https://thinkgarbage.com/
Facebook:https://www.facebook.com/tsunetaka.hioki


日置さん:「2014年当時は、私は前職の『タウン情報クマモト』(タンクマ)の編集長をやめ、自分で新しい会社を作ってまだ1年ほどの頃でした。まだ起業したばかりで右も左も分からず、明確な自社サービスもない。自分たちの"ウリ"も見極められていないといったそんな時期。なにか、未来を見据えたデジタル企画で面白いことをやって、世間に知ってもらうキッカケ作りができないか?日々、色々な海外などのデジタルコンテンツを見ては、自分たちの会社の起爆剤となるような何かいいアイデアはないものかとリサーチしていました。

ちょうどその頃、世界ではファレル・ウィリアムスの『HAPPY』のPVがバズってて、その特設サイトに設置された世界初の24時間のインタラクティブ・ミュージックビデオをみたときに、頭をガンッとなぐられたような衝撃を受けたんです。24時間分のミュージックビデオを作るなんて、こんな世界的プロフェッショナルなアーティストでも、あんな手間がかかり大変なことをやっている……。普通のアーティストなら、絶対にやりたがらないですよ! 面倒ですもん。しかも一曲一曲はワンカット撮影です。あのミュージックビデオを見たときに、やられた!と悔しい気持ちで絶望感と同時に高揚感でいっぱいだったのを今でも鮮明に覚えています」

参考:https://irritantis.info/2014/02/site-of-the-year-2013-happy/


日置さん:「アメリカ人がアメリカであれを作れるなら、アジア人として日本人として、熊本からやってやろうと思い、仲間を集めました。ちょうど、ご当地PV制作が各地でブームになり始めていた頃で、これはスピードでやらないと!と、弊社の増田副社長(サイバーレコード代表)と一緒に、彼の親友でもあった当時はラジオ局のディレクターをしていたやまぴー(山下さん)とおかぴー(岡部さん)に声掛けました。こういったクリエイティブには【ノリ】がすごく必要だと思うんですよ。その感覚がすぐ分かる人たちとやらないと、上手くいかない。何か新しいクリエイティブなものを生み出したいと思ったら、ノリってすごく大事なんです。だから、(当時)原石であった彼らに頼みました。

実際この撮影は発案から1週間程度で220人以上の出演者に声をかけ、またそこからほんの10日間で全て撮影を終わらせて、企画から発表まで合わせても1ヶ月くらいと猛スピードで公開しました。これを当時、全員が無償でやってるわけです。今だったらもうできないかもですよね(笑) 。若いパッションと、スピードと、後先考えない、あるのは『我々はみな面白い社会を作りたい』と願っただけ。あの時、あのメンバーだからできたことだと思います。
熊本で映像やってて、ただの映像屋じゃない。その【ノリ】の感覚が熊本で一番いいのは、絶対やまぴーたちだと今でも思っていますよ」


熊本史上初の垣根を超えたチャレンジを!

日置さん:「『HAPPY』の熊本verを作ろう!となった時にふと頭をよぎったのが、2011年にあのくまモンを熊本でプロモーションしていこうと動いていた時の、くまモン生みの親の小山薫堂さんとご一緒した時の経験でした。

その時、私はまだタンクマ編集長の時で、まだ人気になる前のくまモンを、どうやってヒットさせるか? 熊本への新幹線開通をどうPRしていくか?を紙媒体を使った初プロモーション企画などを、当時の編集部員(桑田さん、羽田野くん、福永さんetc.)プランニングしていました。『発表!くまモンお披露目、全特集ジャック!』で、くまモン編集長でサプライズを仕掛け、一冊まるごと誌面の何から何までくまモンになっちゃうという珍企画です(苦笑)。

参考:https://kumamon-official.jp/kiji0033409/index.html

小山薫堂さん(※※参照)たちと一緒になってくまモンのプロモーション企画に奔走していたんですが、そのときに実は"メディアの未来"に一人悩んでいました。スマホとか出てくる未来のメディアってどういう立ち位置になるのだろう? マスメディアの強みって何だろう? ユーザーはこれから何を我々に求められるのだろう? 一方でメディアって、競合する媒体と同じ企画に手を出したがらない。例えば、この局、あの媒体がくまモンを取り上げるなら、ウチはやらない、やれない、なんていう雰囲気があったんですね。

くまモンの生みの親の小山薫堂さんて、非常に中立でシームレスな考えを持っていらっしゃる方でした。その現状を見かねて、『熊本に初めて新幹線が全線開通するこのタイミングで、ライバル同士のメディアも手を取り合わないでどうするんですか!県民みんなで手を組んで熊本を盛り上げましょうよ』と。本当に、薫堂さんこそ『HAPPY』な考えを持っている方だなと。まさに自分が悩んでいたメディアの未来って、こういう共感が共感を呼ぶ〝誰も敵を作らない″エンゲージメントの起爆剤であることかもなぁと思った瞬間でしたね」

※※参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/小山薫堂

だから、この『HAPPY』の熊本バージョンを作ろうとなった時、熊本のみんなが垣根を超えて繋がる、元気になれる、いつの時代も色あせないような作品にしたいと。熊本城の雄姿も、加藤清正像も、上通り、下通り、上乃裏通りも、その瞬間の空気を後世へ残したかった……。生、感を。震災前だったので、当時のままを残せたのは、ある意味、それも導きの必然だったのかもなとも。

そのままライブ映像感を大切にしたかったので、普通だったら怒られるだろうけど、たとえばメディアであれば広報窓口に連絡を取って、申請出して、OKもらって、みたいな通常のやり方じゃなく、スピード命で、自分の人脈や仲間のネットワークをフルで使って、直接知り合いにコンタクトを取りまくり、リハなし!ゲリラ的に撮影を決行することで、前代未聞の作品を作ることができました。まさに、その後数年後にくるユーチューバーたちの感性を瞬間パックしたような。RKKキムカズさんも、かなぶんやさん、お亡くなりになられたTKUの荒木アナウンサー(元気だった姿が一生見れる涙)、中華首藤さん、もっこすファイヤーさん、電鉄の方たち、街で捕まえた人たちみんな、ゲリラ撮影に協力的でした。分かるのは、みんな「熊本が好きなんだ」ということ。それが表情に出て見て取れるから、見る側もいつ見ても、いろんな感情がわいてくるんだと思います。

私が知る限り、ここまで熊本の著名人やマチヒトが、一緒になってつながったPV映像は観た事ありません。熊本史上初です(笑)。」


クリエイティブチーム「Hub」の誕生

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動画中に登場する山下さん(左)と岡部さん(右)

「火の国もっこすHAPPY」の撮影までまだ名前のなかった山下さん、岡部さんのチーム。この作品をきっかけに、自分たちをチーム「Hub」と名前をつけたとのこと。そんな山下さんたちがチーム「Hub」を作る時、日置さんはこんなアドバイスをされたそうです。

日置さん:「これから、業界の垣根がとけていく時代になる。そんな時にただの映像制作会社を作ったところで、レガシー企業も多く、競合がたくさんいて勝負にならない。だからこれからは、制作会社と定義づけできない、全てを横断する映像クリエイティブチームを目指したほうがいい、そんな風に彼らに話したのを覚えていますね。映像とのかけ算で考える。映像でつなぐ。まさに「Hub」のようなポジション。何者であるかと言われたら、 “Hub.craftである” という独創的クリエイティブチーム。人生もビジネスも、壮大な実験みたいなものです。そのアクセラレーターになってほしいと、そんな風になっていったらいいんじゃないかと伝えたと思います。

私が思うに映像が持つ力とは、いつの時代も寄り添いあえる『手紙』のようなクリエイションであるということ。この「HAPPY」も、やまぴーたちを今後も支える手紙のような存在であってほしいなと思っています。」


時を超えて 「火の国もっこすHAPPY」 が伝えてくれたこと

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最後に、「火の国もっこすHAPPY」にある隠しテーマについて、山下さんが教えてくださいました。

山下さん:「この動画には、実は隠しテーマが二つあります。ひとつは【なくなる風景を撮ろう】ということと、さらにもうひとつは【全員お城の方を向いて撮影している】ということ。熊本の人にとって熊本城は、そのSpiritを担っているんです。だからみんな、熊本城が見えていても見えていなくても、熊本城の方を向いて撮影しています。熊本城がその姿を見せるのは動画の終わりに近づいてから。この動画の撮影を通して、熊本の人たちのそういった繋がりの部分を表現したかったんです。」

この作品が制作された2014年6月からこの記事を書いている2020年6月まで6年間。このたった6年間の間に、2016年の熊本地震、そしてまさに今2020年には新型コロナウイルスの流行により、この時に撮影された当たり前のはずだった光景は、当たり前の光景ではなくなってしまったものもあります。在りし日の熊本城の姿や、笑顔で友人と肩を組んでいたり、ビアガーデンに人がたくさん集まって楽しむ姿。日置さんもおっしゃっていましたが、今、この作品を見て、幸せな気分になると同時に、なんだか胸がじーんとするのはそのせいかもしれません。

日置さんは、映像とは"いつの時代も寄り添いあえる手紙のようなクリエイション"だと表現されていましたが、まさにまるでこれは2014年の熊本から届いた、今の私たちへの【ラブレター】のように私は感じました。ファレル・ウィリアムスと6年前の熊本の人たちが、今の、これからの私たちにHAPPYを届けてくれているような、「大丈夫!」と言ってくれているような。ずっと同じ形でいることはできないけど、形をかえたっていつだって私たちは笑顔でHAPPY!を見つけることができる。この「火の国もっこすHAPPY」を見ると、いつでもそんな元気や勇気を熊本の人たちからもらい、また近くにいても遠くにいても何度でも熊本が大好きになり、また熊本の人たちに会いたくなる。

だから私は、6年たった今、コロナで人々が疲弊してしまっているこの時に、もう一度熊本のみなさんに、いや、日本中のみなさんに、もういちどこの「火の国もっこすHAPPY」をあらためて届けたいと思ったのかもしれません。

そしてそんなすばらしい「火の国もっこすHAPPY」も、あの時当時まだ名もなきチームだった山下さんと岡部さんが日置さんと出逢ってくださっていたから誕生することができた。これって本当に本当に奇跡のようなことですよね。きっと何か一つでもタイミングが違っていたら、あのメンバーが出逢っていなかったら。Hub.craftは、きっとその活動の幅の広さから、そんな奇跡のタイミングを引き寄せてしまうチームなのかもしれません😊

きっとまた見たくなりましたよね?
最後にまたもう一度置いておくのでぜひぜひゆっくりご覧ください!

ではではみなさま最後までおつきあいありがとうございました。
日置さん、ご協力ありがとうございました!!
Hub.craftさん、今回も素敵な作品を観ることができて幸せでした🙌

また次回お会いしましょう!
ではでは、ぜひもう一度お楽しみください😊



動画提供:TECO ROCK
インタビュー:日置経尊さん(株式会社think garbage代表取締役)
文:谷本明夢

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