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「リスクとリターン」とボードゲームとジレンマ

およそ1週間前の2022年8月24日、「星のカービィ」や「大乱闘スマッシュブラザーズ」を作られた桜井政博さんが、YouTubeチャンネルを開設されました。

「世界中のゲームの面白さを少しだけ底上げすること」を目的に知見を公開されるチャンネルであり、開設報告のツイートには5万といいねが付くほどの話題になりました。筆者はゲームはゲームでもボードゲームの同人制作者ですが、そのコミュニティーでも注目が集まっているのを感じます。

そして先日 (8月29日) 、動画「リスクとリターン」が投稿されました。この動画の中で桜井さんは、「ゲーム性」を「かけひき×リスクとリターン」と定義して、「リスクを冒してリターンを得る」ことを「ゲーム性」の本質と説明されています。
というかこんな説明よりも動画を見てください。10分でまとまってますし、本題は前半5分で終わりますので。

この「リスクとリターン」、2004年に同じく「スペースインベーダー」の例を使って講演されている資料がの付録になっているように、以前から桜井さんが提唱されている理論です。上記動画内 (見ましたよね?) でも「2003年ごろからこの話を展開しています」とありますし、おそらく氏のゲーム理論を表す言葉としては最も有名でしょう。

ですが私は、この理論がボードゲームに使えるのか、使えるならばどう使うべきなのかについて、しっかりと論じられた例を知りません。約20年前からある、ビデオゲーム界隈では有名な理論なのにも関わらず、です。

一方、私は5年間で計10作のボードゲームを制作してきた同人ボードゲーム制作者なのですが、実はその処女作から、「リスクとリターン」をはじめとする氏の理論を参考にして制作してきました。つまり5年以上、「リスクとリターン」をボードゲームに使えないか考察してきたわけです。

そこでこのnoteでは、桜井さんのYouTube動画によって注目が集まっているタイミングで、「リスクとリターン」とボードゲームとの相性について考察を残しておくことを目的としています。あくまで素人のひとりよがりな考察のため、誤りなどあるかと思いますが、その際はTwitterやコメントでご指摘いただけますと幸いです。最終的に、そうした議論も含めて氏よりもさらに少しだけですが (ボード) ゲームの面白さを底上げできれば、幸いです。


論の前提としての「リスクとリターン」

まず、そもそも「リスクとリターン」とはどういう理論なのか、もう一度確認しておきましょう。また10分もらいますね。

また、氏が週刊ファミ通で連載されていたコラム「桜井政博のゲームについて思うこと」から、この内容が初めて登場した部分を引用します。

"リスク"はプレイヤーに対する脅威やおっかないもの、イヤなもの。"リターン"はプレイヤーに対するメリット、ごほうび、良いことです。で、非常に多くの遊びやゲームが、"リスクを処理して、リターンを得、スッキリして気持ちよくなる"という仕組みを持ちます。(中略) そして、リスクが高まるときはリターンもより高まる仕組みを持たせます。

桜井政博のゲームについて思うこと2 P53 太字原著

注目したいのは、単に「(リターンに比例した) リスクを負って、リターンを得る」のではなく、「リスクを処理して」「スッキリして気持ちよくなる」と書かれている点です。この理論の中で、「リスク」とはリターンのために受け入れなければならない、損して得取れの損ではありません。対処できたはずのバッドエンド (死、ゲームオーバー) 、あるいはそれに一歩近づかせてくる事故 (「インベーダーゲーム」なら被弾) を指すのです。さらに、それを処理してメリットがもらえるだけでなく、結果として気持ちよくならないといけないのです。

「リスク」は処理してスッキリしたい

これを踏まえたうえで、私の過去作を用いて、「リスクとリターン」を導入したボードゲームの例を見てみたいと思います。


ボードゲームに「リスクとリターン」を導入する

ロングロングマホウ

まず、2018年に制作した早口言葉系ゲーム、「ロングロングマホウ」の例を挙げたいと思います。このゲームでは、毎ターン自分の前に「ボポボホ」や「ンルンンルヌ」といった悪意に満ちた呪文の書かれたカードを1枚出し、その後並んでいるカードの呪文をつなげて詠まなくてはいけません。ゲームの進行とともにカードが増え、呪文が伸び、制限時間内に詠みきれなかった人と噛んだ人が脱落していくサバイバルゲームです。

本作の「リスクとリターン」ポイントは、「1枚より多くカードを出して、より長い呪文を詠んでもいい」ところです。これだけだと単なるリスクですが、「余分に詠んだ呪文カードは、他プレイヤーに押し付けてその人の呪文を伸ばせる」ルールにより、がんばれば他人の邪魔、邪魔されたプレイヤーの脱落、そして自分の勝利という「リターン」を生めます。より多く詠めばより多く押し付けられるので、自分の限界を見極めながらギリギリの枚数に挑戦する気になります。

自滅する「リスク」を乗り越えれば、他人を脱落に近づける「リターン」が得られる

挑戦に成功し、詠んだカードを他人に送りつけるのは、自分の手元からそのカードを消す「リスクの処理」であるとも言えます。「リターン」を生めて処理できる、これで、リスクが「リスク」になりました。

さらに、タイマーとにらめっこしながらできるだけ早く詠みあげようとすると、人はフローと呼ばれる集中状態になります。フロー状態では快楽物質であるドーパミンが分泌され、「気持ちよく」なります

このように「リスクとリターン」をキレイに導入できているのが、「ロングロングマホウ」というゲームです。在庫が少ないため通販は行っていませんが、遊びたくなった方はイベントなどでお求めいただければと思います。


アマロン

「リスクとリターン」を取り入れたボードゲームの例としてもう1つ、2021年制作の「アマロン」を挙げたいと思います。簡単に言えば、「連続で手番ができる将棋」なゲームです。冥界神の力が込められた (という設定の) 黒いキューブを消費すると追加手番がもらえ、手番を繰り返せば何マスも先から王将を取ることすら可能です。しかも、このキューブは手番をパスするたびに1つもらえる、つまり増やせます。まさに神がかったリターンの塊です。

しかし、このキューブを3つ溜めてしまうと、冥界に引きずり込まれて (という設定で) 負けます。さらに相手にキューブを送ることもでき、2つ以下しか持っていなくても3つ目をもらって負けるかもしれません。キューブを増やすほど追加手番という「リターン」を得られるが、溜めすぎると3つ目をもらって負ける「リスク」も増える、という構造になっています。

キューブを集めるほど、勝利と冥界神の足音が近づく

その他、「キューブを送るには相手のコマと隣接していないとダメ (自分に送られる可能性も生じる)」「相手にコマを取られると、2個以上のキューブを送れるようになる (コマを取るのもリスク、あえて取らずに避けるか?)」「コマは後ろに下がれない」と、とにかく「リスクとリターン」が絡み合うゲームになりました。制作時は「リスクとリターン」を意識していなかったのですが、無意識ににじみ出ていたようですね。ぶっちゃけ、意識してたらもうちょっと「ゲーム性」を抑えて「一般性」を持たせていたと思います。

とはいえ、刺さった人には非常に刺さるようで、私的にもお気に入りの1作です。在庫はけっこうありますが、通販はしていません。


ボードゲームの「リスクとリターン」の問題点

宣伝パートも終わったので、以下本題です。

制作に利用し、これだけ使い方を説明してから言うことではありませんが、ボードゲームと「リスクとリターン」は相性が悪いというのが、現時点での私の考えです。いくつか理由はありますが、ここでは「リスク」側の問題に絞って3つを論じたいと思います。


処理できない「リスク」

多くのビデオゲームでは、「リスク」は戦闘などにより消し去ることで処理されます。例えば「インベーダーゲーム」では、攻撃してくるインベーダーをこちらの弾で排除します。「スーパーマリオブラザーズ」の場合は、敵を踏んで消し去ります。ゲーム内の敵キャラが「リスク」である1人用ゲームと異なり、相手プレイヤーがこちらに攻撃してくる対人ゲームの場合でも、その「リスク」であるキャラを倒して消去できます。このように、スッキリ気持ちよくなるためには、「リスク」の処理が不可欠です。

「使い回しかよ!」と言われるリスクは無視

ボードゲームでも、全員で課題をクリアする協力ゲームを除けば、基本的に他プレイヤーと戦います。例え「相手の体力を0にしよう!」という直接的な形でなくとも、1つの勝者の座を複数人で争っている以上、他プレイヤーは勝利を脅かす「リスク」と言えます。

では、この対戦相手たちを処理することはできるでしょうか。

スッキリ。

例えば、相手を倒した瞬間に即終了するようなゲームなら、こうした処理もやりやすいでしょう。システム内に、他プレイヤーの処理が目標として組み込まれているからです。遊戯王のようなトレーディングカードゲーム、将棋のようなアブストラクト、他2人用の対戦ゲームはこれに当てはまります。前章で紹介した「アマロン」も、このようなタイプのゲームでした。

ですが、それ以外のゲームにおいて相手を処理するのは難しいです。一部のゲームでは、途中でゲームへの参加権を失う、「脱落」と呼ばれるルールも存在します。ところが、これは序盤で脱落した人が長時間ヒマになるというデメリットを抱えており、「脱落がない〇〇」が売り文句になるほどに苦手な人も多い要素です。ぶっちゃけ、「ロングロングマホウ」も今見直すと、1周目で頑張りすぎて死ぬと他の人の手番に茶々いれるぐらいしかやることがなくなる点がよくないなと感じます。そのクセ「リスク」が最大の1周目に頑張るのが、一番リターンが大きいという。「リスクとリターン」に忠実すぎるだろ。

したがって、ボードゲームでは「リスク」である相手プレイヤーを処理するのが難しく、最後に点数を計算して勝者が決まるまでモヤモヤが残りやすいと言えます。これでは、「リスク」が「リターン」の準備ではなく、単なるストレスになってしまいます。


味わいにくい最大の「リスク」

もちろん、対戦相手という「リスク」は無視して、他の「リスク」に対してのみ「リスクとリターン」を活用するという手法もあるでしょう。ではその場合、対峙すべき「リスク」のラスボス、最強の「リスク」とは何になるのでしょうか。

ゲームのほとんどは勝利 (協力ゲームにおける、クリア条件の達成も含む) が目標なので、「リスク」の大きさは、行為によって勝利 (成功) からどれだけ遠ざかるので測るべきでしょう。すると、最大の「リスク」とは一発で敗北するほどの大ダメージを受けること、と導けます。

しかし、特に近年、こんな危険なルールは歓迎されません。最後まで勝敗がわからない状態でドキドキしたいのに、勝手に賭けに負けてレースから降りられては困ります。

ワンミスが 命取りとは 言ったけど

なので現在では、こうしたリスキーなルールはなくし、最後までプレイヤー全員に勝つ可能性が残っているようなバランスが望まれています (この是非は、本noteでは論じません)。すると「リスク」がある程度のところまでしか用意できず、「リターン」もそれ相応に小さくなってしまいます


常にじわじわ味わう「リスク」

前章で論じた「ボードゲームにおける最大のリスクは『敗北』」という性質は、もう1つの問題を生みます。それは、すべての選択肢に「負けるかも」という「リスク」が付与される点です。

この「負けるかもリスク」は、「リスクとリターン」との相性が非常に悪いです。まず、ゲームが終わるまで無くならない「リスク」のため、処理してスッキリできません。次に、他の「リスク」に気づきにくい形で積み増しされるため、「リターン」とのバランスがとりにくくなります。さらに、「リスク」を減らそうにもこいつは消えないので、「リスクを抑えてリターンを得る楽しさ」と定義されている「ゲーム性」の方も阻害してきます。

もちろん、この「負けるかもリスク」はビデオゲームにも存在します。ですが、あちらは1回のゲーム時間が短いおかげでこれによるスリップダメージも少なく、負けてもリトライが容易なため大きさも抑えられています。それに対し、1回の時間が長くなりがちで1日1回だけになることも多いボードゲームでは、その脅威は桁違いでしょう。


問題点まとめ

まとめると、ボードゲームで「リスクとリターン」を導入する際の問題は、以下の通りです。

・相手プレイヤーを処理してスッキリできない
・脱落という最大のリスクを味わわせにくい
・そのくせ常に敗北におびえないといけない

要するに、「リスクとリターン」の美味しいところは微妙なのに、しんどいところは残っちゃった状態なわけです。最悪だあ。


じゃあどうすりゃええんじゃ

この問題の解決策として、2つを提案したいと思います。1つは、「リスクとリターン」に相性のいいボードゲームを作ること、もう1つは、「リスクとリターン」の方をボードゲームに相性がいい形に変えることです。


短時間で脱落するかもしれなくてスッキリできるゲーム

ボードゲームから「リスクとリターン」と相性の悪い要素を取り除けばいいのでは、という策です。

まず「リスク」を処理できるようにしましょう。私の考えられる方法としては、プレイヤーを処理させるような直接対戦型にするか、プレイヤー全員で共通のNPCを殴る形にするかの2案です。

前者のプレイヤーに殴り合わせるゲームの場合は、誰かが脱落したら即終了させるのがいいと思います。そうしないと、集中砲火を食らった人がその後数十分、下手すると何時間ヒマになるためです。他プレイヤーが明確な殺意を持って殴ってくるため、処理される側の苦痛が大きくなりすぎないような配慮が特に求められるでしょう。ゲーム全体の時間も、短めの方がいいかと思います。

一方、後者の形式では、話が変わってきます。ゲーム時間が短すぎると、敵キャラが協力してまで倒すべき強敵に感じられず拍子抜けしてしまいます。ですが、だからといって強大な敵1体をゲーム時間全てを費やして倒すようでは、「リスク」を最後まで処理できないという課題が残ってしまいます。そこで、どんどん強力になる敵たちを順番に倒していく、もしくは部位破壊などで着実に戦力を削っていく形にし、段階的に処理できる相手に設定するのがいいのではないかと考えています。

対人戦はサクっと、対NPC戦は重厚に

次に「脱落させにくい」「負けるかもリスク」ですが、これらはゲーム時間を短くするのが解決策になるでしょう。1回がすぐ終わるのなら、一か八かの手を打つリスクが減りますし、脱落しても割り切りやすいです。さらに、敗北の可能性に苦しむ時間が減り、リプレイしやすくなれば敗北のストレスも抑えられます。「次なら勝てるかも」と思わせることも、負けた辛さより次回への希望が先に来るので、「負けるかもリスク」低減に有効でしょう。

他にも、相性が悪い理由をシステム側でつぶせば、「リスクとリターン」でボードゲームを面白くできる可能性は十分あると思います。来年に発表予定の新作でも、短時間 (5分) で面白さを生むために、「リスクとリターン」を導入して制作しています。


「リターンとリターン」

一方、こうした調整が難しいゲーム、例えば数時間かかる拡大再生産では、「リスクとリターン」をそのまま採用するのは難しいでしょう。

そこでいっそのこと、本noteでは「リターンとリターン」という考えを提唱したいと思います。これは、「どうせ『負けるかもリスク』があるなら、目に見える形で『リスク』を押し出す必要はなく、単に魅力的な選択肢を複数提示して悩ませるだけで十分だ」という説です。

この説は、現時点では検証不十分な仮説にすぎません。ですが、これを補強する理論がございます。それは、「ジレンマ」です。

「ジレンマ」はボードゲームのデザインを語るうえで頻出する単語ですが、最近までわかりやすくその意味がまとまっていなかったと思います。2020年にミヤザキユウさんがnoteの中でまとめられていたこれが、数少ない例かと思います。また、「ジレンマ」がなぜ良いのかも、そういうものとして議論される数が少なかったのではないかと思います。

ジレンマとは、「目的に向かう手段が複数あって、どれも正しそうに見える状態」かなと。
与えられている、あるいは獲得した選択肢を見渡してみたときに、どれも目的に合致しているように見えて、どれを選べばいいのか悩ましいって感じ。決断とセットで発生するやつです。

迷わせずに、悩ませる。ゲームをおもしろくする「ジレンマ」とは何か

そんな中で、この「リターンとリターン」という考え方は、「ジレンマ」のわかりやすい言い換えであると共に、その良さの根拠を示す言葉に成りうるのではないかと思います。本noteをお読みの方で、この件について何か思いつかれた方がいらっしゃいましたら、是非コメントなどいただきたいです。


まとめ

  • 「リスクとリターン」とボードゲームの相性は悪い (と思う)。「リスク」因子である他プレイヤーを処理できないこと、最大の「リスク」である「脱落」を採用しにくいためにリターンとなる気持ちよさも薄れること、および「リスク」をじわじわ味わうためにストレスが大きいことが理由。

  • それでも「リスクとリターン」を使いたいなら、相性の悪い原因を消していくべき。逆に言えば、相性が悪い理由をつぶせば「リスクとリターン」でボードゲームは面白くなるし、その要素が少なく元々相性がいいゲームも存在する。

  • または、「リターンとリターン」にしてしまうのもアリ。この考え方は、「ジレンマ」の言い換えなのかもしれない。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。桜井さんの書籍「桜井政博のゲームについて思うこと」シリーズからこんなお言葉をお借りして、終わりにしたいと思います。

人さまの理論をもとに語る (原文下線)
わたしはよく勉強してますよ、とアピールしても意味はない。けっこうありがちな現象。

桜井政博のゲームについて思うことX」P95

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