符亀の「喰べたもの」 20210523~20210529

今週インプットしたものをまとめるnote、第三十六回です。

各書影は、「版元ドットコム」様より引用しております。


漫画

死神様に最期のお願いをRE」(5巻) 山口ミコト(原作)、古代甲(作画)

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死者の「最期の願い」を叶え、魂を救済する者、死神。一家惨殺の罪により死刑を言い渡された記憶喪失の主人公は、自らが殺し死後死神となった妹と再会する。死刑までの時間で彼女と行動を共にするにつれて、彼らは自身の家族を殺した犯人が他にいるのではという可能性に気づく。真実を探し出すための、「最期の願い」と頭脳を使った彼らの闘いの物語。の最終巻です。なお本作は私の推し作品であり、思い入れもあり、この連載初登場であり、そして今回のテーマにも深く関わってきますので、ここでは4巻までについても述べます。長くなりますがご容赦ください。

タイトルに「RE」とあるように、この作品は山口ミコト氏の処女作「死神様に最期のお願いを」(以降「旧作」)のリメイク版です。旧作は2011年に打ち切られており、真犯人がわからないまま10年の月日が経ちましたが、ついに本巻で真相が明らかになりました。私も旧作の単行本を見つけたのが7年程前で、そこからずっと待っていたので、連載当時から追っていた方には負けますが感慨深いです。

なのでリメイクの発表後(山口ミコト氏にリプライ飛ばされるぐらいに)感激しながら読んでいたのですが、正直3巻4巻にやや不満があったのは否めません。その理由は、本作の魅力とこれらの巻の内容が噛み合っていなかったことにあるかと思います。

本作はサスペンスであり、ゆえに読者が最も気持ちよさを味わえるのは、事件の解決シーンです。このカタルシスを高めているのが、小説家志望だった主人公による、想定外の展開です。1巻帯にも書かれた「その台詞を以って僕の脚本は終局です」というキメ台詞にもみられるように、主人公はどうしようもないような状況においても、相手の行動を操り結末の読めない展開を作り出し、あっと驚くようなシナリオによって窮地を切り抜けていきます。この主人公の掌の上でキャラ達、さらには読者までもが踊らされているような感覚が、本作の魅力の一つであり、つまりは読者の読みたいものです。

ですが3巻4巻では、主人公が巻き込まれたり暴走しているように見えたりする展開が多く、彼に振り回されるのではなく彼が振り回されているような印象を受けやすいです。これは物語の中盤に主人公のピンチを演出する必要があってのものかとは思うのですが、読者には旧作で描かれたエピソードがほぼ消化された直後というのが物語的にどのぐらいの位置なのかわからないのもあって中だるみに感じやすかったとは思います。

長々と書いてきましたが、このような状況で5巻を拝読いたしました。

最高でした。

踊らされました。

すごくダンサブル…!!でした。

5巻冒頭から主人公が主導権を握り返し、読者に何度も問題を与え考えさせながらもその想像の上をいく真相、暴かれる一家惨殺事件の真犯人。そしてその動機。シナリオだけでなく、作画の古代甲氏による表情表現や対比の妙も見事でした。

これが見たかったんです。7年間待ちすらせず諦めていたものを最高の形で味わわせていただきました。

多くは語りません。たった5巻です。3018円(本体価格)です。旧作4巻も電子なら手に入るでしょう。読んでください。

ただ、一言お礼を言わせてください。本当にありがとうございました。


ダブル」(4巻) 野田彩子

第三十三回以来。3巻まで注文したんだから来週発売(当時)の4巻も入荷してくれてもいいじゃない!とか言いながら再注文してやっと届いたので拝読しました。

こちらも、3巻で抱いた不信感を吹き飛ばす最高の巻でした。いや、3巻のラストに4巻冒頭の内容載せてくれやというのは思うのですが。それがあれば最高のヒキになったし、3巻の後どっちの方向性になるのか、「ダブル」になるのか「シングル」になるのかがわかって不安にならなかったとは思うのですが。

ネタバレを控えるために詳細は書きませんが、「ダブル」でした。その関係が大きく動き、さらに視点による見え方の違いという新たな武器まで手に入れ、本作の面白さはさらに加速したと思います。「不健全なエモさ」という表現が今ふと浮かんだのですが、本作の雰囲気を表す言葉としては近いのではと思います。


その着せ替え人形は恋をする」(7巻) 福田晋一

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高校生かつ雛人形職人でもある主人公と、彼とは真逆の世界で生きているギャルのヒロイン。そんな彼らが、コスプレ衣装と「好きを否定しない」ことをテーマに繋がるラブコメです。アニメ化決定おめでとうございます。

7巻では、ラブコメ的破壊力の高いシチュエーションを集めた前半と、文化祭の企画でのコスプレを扱う後半との2部構成になっています。前半も飛び道具の使い方が上手く面白いのですが、ここでは特に後半について触れたいと思います。

前巻までの話では、コスプレイヤーやその友人など、コスプレ業界の中の人たちとの交流が描かれていました。一方この巻後半の文化祭エピソードは、同級生という一般人との関係性に焦点が当てられています。リンクの1話にある通り、この作品のテーマの一つはスクールカーストであり、それが主軸に据えられたのがこのエピソードであると言えます。

この展開は現実感が薄く、オタクにやさしいギャルというある意味最強のファンタジーはあるものの意外とコス衣装などの話がリアルだった本作の読者には、好き嫌いが分かれるところがあるのかもしれません。ですが、本作品の一番のテーマは「好きを否定しない」ことであり、その観点から見れば、むしろこういう展開こそが正しいのではないかと思います。少なくとも私は好きです。


晴れ晴れ日和」(1巻) 吉村佳

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マドンナOL香田千晴、7歳の義妹にメロメロ。育ての親である祖父を亡くしても「つよいおんな」として生きる義妹ルイと、母親の再婚により彼女と同居することになったOL千晴との物語です。

メインキャラ2人がかわいいのは当然として、各話にちゃんとストーリーがあり、話が進んでいくのが面白いです。その上、書くべき場面の取捨選択の思い切りがすごいのに驚きました。例えばサブキャラ2人がケンカし、ルイくんが勝ったら仲直りの一歩を踏み出すという条件で戦うエピソードがあるのですが、この勝ったシーンと仲直りしたであろう結果だけ描かれて、話し合い部分はカットされているんですね。こうした大胆なカットのおかげで話の密度が上がり、ストーリーとみんなのかわいさがより味わえるようになっているのが上手いです。

1話末でルイくんのギャップ要素を(これも1ページという簡潔さで)描き、1巻末である7話では掘り下げがされていなかったメインキャラの説明をしつつ「いってきまーす」→つづくという綺麗な流れで終えるなど、単行本の構成も考えられているように感じます。芸のある優等生という感じで、つまりは無敵です。


鍋に弾丸を受けながら」(1話)

Q、なぜノンフィクションなのに、ボディーガード達含め全員美少女なのですか?
A、作者の脳が二次元の過剰摂取で壊れているからです。



さて、今回は真面目な話をします。

今回挙げた4冊はどれも素晴らしかったのですが、特に上2冊、「死神様」5巻と「ダブル」4巻は、今年のマイベスト漫画10冊に入るであろう傑作でした。そしてその2冊の共通点として、申し訳ないですが前巻が微妙だったことは挙げられます。

これは、決して前巻とのギャップでよく見えたとか、ハードルが下がっていたから簡単に飛び越えていったという話をしたいわけではありません。というかこの2作品については、思い入れや1巻からの期待の分、私のハードルは他の作品よりも上がっていたと思います。つまり、前巻は今回の高評価のフリとして見るべきではなく、むしろこれだけ面白い巻が描ける人でもエピソードによってはハズレっぽくなってしまうのはなぜか、またはそこから挽回できたのはなぜか、要するに何が違ったのか、それを考えるべきなのではないかと思うのです。

ここで私が提案したいのは、「主題」というキーワードです。以下、デジタル大辞泉の内容を引用します。

しゅ‐だい【主題】
1 中心となる題目・問題。
2 芸術作品で、作者の主張の中心となる思想内容。テーマ。
3 楽曲を特徴づけ、展開させる核となる楽想。テーマ。

このように、本来主題とは作品の軸であり、作者が設定するものです。しかし、読者もその作品について受け取り方の軸、つまりは「これは〇〇だから面白い」「そうそうこれこれ」となる要素を、自覚していない場合含め持っているはずです。この読者側が設定する作品のラベリングやキーポイントのことを、以下カッコつきで「主題」と呼びます。(より適切な単語をご存知の方は、是非コメントでお教えください。)

この「主題」という概念を取り入れれば、上記の疑問の答えは簡単に導けると思います。すなわち、「面白かった巻は『主題』にそっていた」「微妙だった巻は『主題』にそっていなかった」ということです。

「死神様」の「主題」は、(少なくとも私は)主人公に翻弄されるような感覚だと思います。しかし3巻4巻では、その感覚は得難いです。3巻の主軸である事件ではその裏に黒幕がいることが明示されていますが、主人公はそのことに気づいていません。それどころか、4巻では黒幕に不利な条件を飲まされ、事件に巻き込まれてしまいます。これでは、主人公が手綱を握れているようには思えず、その脚本家としての手腕が発揮されないのではないか、発揮されても不十分なのではないかと感じてしまいます。事実、3巻のエピソードの解決編で得られるカタルシスは、黒幕というモヤモヤのせいで火力不足だったと思います。逆に、5巻は本作全ての解決編であり、その真実が主人公の脚本により導かれていくという「主題」そのものになっています。

「ダブル」の3巻も、「主題」から外れた巻でした。その「主題」がタイトル通り2人の関係性であるのは疑いようがないですが、3巻で「もう1人」な方のキャラはほぼ登場せず、主役とその中の「イマジナリーもう1人」との「シングル」になってしまっています。ですが4巻ではその「もう1人」が再び主役の前に現れ、それによって2人の関係が不可逆に進んでしまう、残酷ながらも「主題」にそった展開を見せます。

このように、「主題」にそっているかというのは非常に重要で、かつプロの作家でもそこから外れてしまう危険のあるものだと思います。というのも、それぞれの作品の微妙だった巻の話は作話上ちゃんと役割があり、かつ面白さはあったため、そこだけ見れば面白いからです。「死神様」の3巻の話は、黒幕の顔見せという役割と、人間の闇という本作の強みを兼ね備えた話ではあります。「ダブル」の3巻も、一度主人公に独り立ちさせるのは必要ですし、その後の展開を知っていて安心して読めば面白いと思います。しかし問題は、読者は全体を知らない分その役割を十分理解しながらは読めないこと、そして「主題」という読みたいものがある以上、面白くてもおあずけを食らっているモヤモヤは感じてしまうことでしょう。

逆に言えば、「主題」と合ってさえいれば、多少強引な展開でも面白く読めてしまうとも言えるでしょう。「着せ替え人形」7巻の展開は、悪く言えばご都合主義的で、そうはならんやろ的な部分があるのは否めません。ですがその展開は「主題」と合っており、「思ってたんと違う」感はありません。事実、twitterで検索してみましたが、ここに苦言を呈している人は見つかりませんでした。

となると問題は、どうやって作者の主題と消費者の「主題」を一致させるかになるでしょう。ここについては現在考え中であり、まだ結論は出せていません。ですが今後の作品を発表する際には意識していきたいと思っておりますので、見守っていていただけますと幸いです。



一般書籍

20歳の自分に受けさせたい文章講義」 古賀史健

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取材・執筆・推敲」の筆者が、同じテーマについて2012年に書かれた新書です。第三十三回で取り上げた同著があまりによかったので、こっちも買って読みました。

やはりこちらの方が古いため、あちらの方が全体的に優れているのは否めません。むしろ、「取材・執筆・推敲」の内容を踏まえながら読むことで、同筆者でも差があることに気づき、そこからポイントをあぶりだしていくような使い方もできるかと思います。

ですが、教科書として書かれたあちらと比べ、こっちの方がより実践的で、より最初の一歩が踏み出しやすくなっているとも思います。両方ともテクニック的な話はほぼ無いのですが、やるべきことがはっきり書かれている箇所はこちらの方が多く、手っ取り早く(というと筆者さんに怒られそうですが)文章のレベルを上げたいならこちらがオススメです。安くて軽いですし。



Web記事

『私も全然松屋行きません』と言い放ったギャル会社員が、SNSを席捲する企画を実現できる理由

松屋フーズなど大手企業のSNSコンサルティングとして働く齊藤澪菜さんへのインタビュー記事です。

表題になっている部分については記事内にある通り博打で、参考にすべきところではないとも思います。ですが、その後の後半部分の内容はどれも勉強になるものでした。社会人として活動する前に読めてよかった記事です。


3Dの会社をやっていたら、少年ジャンプの新連載にガッツリ関われた話

ジャンプの新連載「逃げ上手の若君」の作画に協力された、3Dデータ制作会社さんのnoteです。

最初のつかみから始まり、プロとしてではなく一介のオタクとして書かれたようなテンションが特徴的です。しれっと精巧な3Dデータや高い技術力を見せていますが、そこがさらっと書かれているのが、嫌味っぽさなく好意的にバズった理由なのかと思います。


(たぶん)初めてがっつり真面目な話を書いたせいで、6000文字強のバカボリュームになりました。これを読破できた方はいるのでしょうか。挙げているのも5冊+Webページ3つなのに、おかしいね。

それはさておき、やはりいい作品を読めばいいインプットになるというのは感じました。この勢いで、積読とも戦っていきたいと思います。

あ、あと前回取り上げたこのnoteについて。今日ポケモンカードの公式大会があったのですが、そこで新システムによって演出面を強化するというアプローチがとられていたようです。この大会はビデオゲーム部門(要するに普通の「ポケモン」)との同時開催であり、ゲームの方から来た観客にも楽しんでもらう方法として、心拍数による心理面の可視化が行われたのだと考えられます。ルールのわからない人でも楽しめる方法として、面白いやり方ではないでしょうか。

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