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匿名ピア賞賛ネットワーク: 個人の「見えない貢献」と組織の「見えない力」を可視化する人事評価ツール -前編-

みなさんこんにちは。青山学院大学経営学部教員の服部です。

今日から2回(ほど?)にわたって、ちょっと目新しい人事評価手法でもあり、組織のネットワークを可視化することで組織の力を高めることができるかもしれない「匿名ピア賞賛ネットワーク」についてお話ししたいと思います。


1. はじめに

まずは、次の図をご覧ください。

図1: 匿名ピア賞賛ネットワーク(TOP5 全体)
図2: 匿名ピア賞賛ネットワーク(TOP5 個別)

これらの図は何を表していると思いますか?

これら2つの図は私のゼミで実施した「匿名ピア賞賛ネットワーク」の分析結果です(もちろん学生さんのお名前については干支に置き換えました)。

どのネットワーク図においても、中心にある灰色の円(ノード)は「仲間から評価されたゼミ生」の名前を、それを取り巻く小さな円や四角のノードは「(匿名回答による)個々のゼミ生」を表しています。評価された(名前のある)ノードの面積は、受け取った評価の総量を、線(エッジ)の太さは、各匿名評価者からの評価の強さを示しています。

具体的には、「ゼミの研究活動において、最も頼りにした4年生 TOP5」を表したものです。ピンク色のノードは3年生、青色のノードは4年生の評価者を表しています。また、丸いノードは女性、四角いノードは男性を示しています。

この図から、私たちは何を読み取ることができるでしょうか?

  • 4年生の「ねずみ」さんは、3年生・4年生の男女双方から、研究において強く頼りになる存在である思われている。

  • 4年生の「うし」さんは3年生から、「さる」さんは4年生から頼りになる存在であると思われている。

  • 4年生の「とり」さんは女性から、「いぬ」さんは男性から頼りになる存在であると思われている。

このように、匿名ピア賞賛ネットワークは、組織の人物からの「匿名の」賞賛ネットワークを可視化するだけでなく、組織内の「見えない関係性」や「潜在的な影響力」を可視化するツールなのです。この図は「研究において頼りになる人物」ネットワークですが、他にも「良好な人間関係構築に貢献している人物」ネットワークなども可視化することができます。

では、これが何の役に立つでしょうか?

  1. 人材育成:「うし」さんのような後輩からの信頼が厚い学生を、メンターやチューターとして活用できるかもしれません。

  2. チーム編成:異なる特性を持つ学生を組み合わせて、より効果的なグループワークを設計できます。

  3. コミュニケーション改善:評価の偏りから、コミュニケーションの課題を特定し、改善策を講じることができます。

  4. 潜在的リーダーの発掘:公式な立場とは別に、実質的な影響力を持つ学生を見出すことができます。

  5. メンバーのモチベーションUP:組織内の匿名の誰かから賞賛されるということが、その後の行動のモチベーションとなり得ます。

このように、匿名ピア賞賛ネットワークは、組織の中に眠る「人と人とのつながり」という無形の資産を可視化し、活用するための面白い方法であると言えます。

それでは、この匿名ピア賞賛ネットワークとは一体何なのか、もう少し詳しく見ていきましょう。

2. 匿名ピア賞賛ネットワークとは何か

私はこの評価システムを「みんなの賞賛ネットワーク」と名付け、過去にも何度か単発的に、そして本年度から本格的に自身のゼミにて実施しています。この記事を書くのを機に、もう少しちゃんとした名前をつけてみたいと思い、内容をAIに伝えると「匿名ピア賞賛ネットワーク(Peer Prize AnonyNet)」というカッコいい名前を授けてもらいましたので本日からそう呼ぶことにしました。

匿名ピア賞賛ネットワークは、組織内のメンバーが互いを「匿名アンケートによる回答で」評価し、その結果をネットワーク図として可視化する評価システムです。この手法の主な特徴は以下の通りです:

  1. 匿名性:回答者の正直な評価を引き出すだけでなく、評価された人物も「関係性や思惑など関係なく評価してもらったもの」と感じることができます。

  2. 多角的評価:複数の質問カテゴリーを設定することで、様々な側面のネットワークを捉えられます。

  3. ポイント配分制度:評価の際に「限られたポイントを配分する」という方法を採用することで、評価の範囲や強さについての自由度があります。

  4. 視覚化:ネットワーク図により、複雑な評価結果を直感的に理解できます。

これらの特徴に利点については、後の節で詳しくお話しするとして、先ほどの私のゼミでの結果のネットワーク図がどのようにして得られたのかをお話しします。

3年生、4年生のゼミ生(3年生 18名, 4年生18名)に対して、匿名回答によるアンケートを配布します。完全な匿名ではなく、学年と性別のみ回答をしてもらっています。

そして先ほどのネットワーク図を得るための設問では、選択肢に、4年生のメンバーの名前と「該当者なし」の数値入力ボックス(合計19個)があり、

「ゼミの4年生のメンバーで、研究において、あなたが最も頼りにした・頼りになると思える人を最大3人まで選び、あなたの持ち点100ポイントを配分してください。」

という問いに答えてもらいます。それぞれの4年生メンバーが得た総得点のTOP5が先ほどの図の「ねずみ」「うし」「さる」「とり」「いぬ」さんとなり、匿名の評価者が配分した得点がエッジ(線)の太さに反映されている、という具合です。どうですか、とても簡単ですよね?

このような質問を他にも「ゼミの3年生のメンバーで、最もあなたや周囲のメンバーと良好な人間関係を築いていると思える人を〜」などとすることで、「繋がりで貢献したTOP5」ネットワークを可視化することも可能です。

正直、私が教員として、ゼミの4年生を「研究面」で評価したときの評価と、このTOP5には少々違いがみられました。教員として私が各学生さんに下す評価は、個人としての成果の出来に大きく依存しますが、私の見えないところで、このTOP5の学生さんたちは、他の学生さんたちの能力向上に貢献している、というわけです。

どうですか?だんだんこのシステムの「人事評価」における可能性を感じ始めてきませんか?

従来の評価システムとの比較

では、この「匿名ピア賞賛ネットワーク」は、従来の評価システムとどのように異なるのでしょうか?

  1. 匿名のパワー: 多くの従来システムでは評価者が特定されます。評価者が特定されることは、以下の2つの異なる効果を評価者および被評価者に及ぼすと考えられます。一つは、評価者が「自分が誰に得点を入れ、誰に入れなかったのか」が秘匿されることから、人間関係やしがらみに囚われることなく率直な評価ができる、という点です。評価をする際、『あぁあの子、私には得点いれなかったんだ、ふーん』なんて誰かに思われる心配もありません。もう一つは、評価を受けた被評価者が今話した理由により、『受けた評価は仲間の誰かによる正直な賞賛・評価なのだ』と信じることができるという点です。実名システムでは『あいつは俺の後輩だから、そりゃ俺に得点入れるよなぁ』なんてこともあります。また同様に実名システムでは『あの人に評価されなかったんだ..あり得ない..』なんて落ち込むことがあるかもしれませんが、この匿名評価システムだと『きっとあの人が評価してくれたのかな、うふふ』と思い込むことも自由です。過去の研究においても、匿名のレビュワーによる評価の方が実名レビュワーよりも効果的である(Lu and Bol, 2007)ことや、匿名のフィードバックは、特定された人物からのフィードバックよりも好意的に受け取られる(Nguyen et al., 2017)という研究結果もあるほどです。

  2. 多面的評価と関係性の可視化: 従来の評価システムは往々にして上司(教師)からの、個人の能力や成果に焦点を当てた一方向的な評価に依存していましたが、匿名ピア賞賛ネットワークは360度評価システム(Bracken et al., 2001)と同様に、周囲を取り囲む多くの関係者からの評価を統合し、組織内の関係性や影響力の流れを可視化します。これにより、メンバーの公式な立場や役割以外での貢献も可視化されるため、組織内で異なる階層や異なるチーム・部署の架け橋となっている「隠れたキーパーソン」を見出すことができるかもしれません。

  3. 定性的・定量的データの融合: 数値による評価と、ネットワーク図による視覚的表現を組み合わせることで、より豊かな洞察を得ることができます。また、これらのネットワーク図をメンバーに共有することで、メンバーを称え、彼/彼女らの今後のモチベーションを高めることができるかもしれません。

まとめ: 個人の「見えない貢献」と、組織の「見えない力」を可視化する

いかがでしょうか。私のゼミで行なっている簡単な例を枕に話を進めてきましたが、匿名ピア賞賛ネットワークは、個人の「見えない貢献」と、組織の「見えない力」を可視化する強力なツールになりうるかもしれないと少し感じていただけたでしょうか。私が感じているのは、これは単なる評価システムではなく、個々のメンバーがどれほど組織力を高めているのかを可視化するとともに、組織の潜在力を引き出し、メンバーのモチベーションともなりうる強力なツールとなりうるということです。

次回は、このシステムの具体的な実施方法とデータの分析手法、あなたの企業組織で行う場合の例などについて、少し詳しくお話しする予定です。夏が終わるまでにはアップしたいです。それではまた!

References: 
Nguyen, T. T. D. T., Garncarz, T., Ng, F., Dabbish, L. A., & Dow, S. P. (2017, February). Fruitful Feedback: Positive affective language and source anonymity improve critique reception and work outcomes. In Proceedings of the 2017 ACM conference on computer supported cooperative work and social computing (pp. 1024-1034).

Lu, R., & Bol, L. (2007). A comparison of anonymous versus identifiable e-peer review on college student writing performance and the extent of critical feedback. Journal of Interactive Online Learning, 6(2).
Chicago

Bracken, D. W., Timmreck, C. W., & Church, A. H. (Eds.). (2001). The handbook of multisource feedback. John Wiley & Sons.

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