フライヤー表__

複数からなる動き、私らの最高な1日の話

作品概要
この作品は、産まれたことは経験しているがあまり覚えてなく実感がないが、死ぬことはなんとなく恐怖や喪失感などの実感がある、ということから書き始めました。
その二つの実感には様々な理由がありますが、演劇を上演するうえでそれは俳優という存在に重なる部分が多いのではないか、と思いました。
上記のことから、産まれる前に自分の人生を全て経験していて、それを語ることによって1日を形づけるという設定で戯曲を書きました。
三人の登場人物は同一の人物のようでも、それぞれ個々の人物のようでもあります。三人が話す言葉は、それぞれの肉体から発せられる限り、イメージや情景を想起させられます。そのイメージや情景を渡り歩くように1日が形付けられれば良いと思います。



どこ:これは私らからの命令だ、携帯電話および時計のアラーム、音や光の出る電子機器は切らなくて構いません、写真も撮っても大丈夫です。ただし、忘れる形であなたにおさめてください。ここで起こるお話は忘れるように記憶に保存しておいてください。

どこ:はい、写真はできることなら綺麗に撮って欲しい、綺麗か面白いか、それ以外は削除してくれ、判断はお前に任す。今から話す人がいます。

どこ:今からするのは私の話ではないのですが、限りなく私に近い話でもあります。それでいて多分最も遠い話でもあるのですが、誰の話にもなりうるなんてこともてんで違う有様で、強いていうならば、仮にいうならば、ここの話というところだと考えています。今は近いや遠いやという話はいったん脇の方においておきます。つまり、さておくわけですが、このあたりに意識しておいてください。なんたって脇に置くわけですから

どこ:私にも蒙古斑があって、まあケツが青いなんてもいいますが、これもまあ脇においておきます、でも今はすっかり消えております。でも、肉眼では見えないレベルではずーっとあるという話を聞いてから少し意識をするようになりまして、それ以来ずっと存在感だけ感じている次第です。

どこ:そもそもその話をテレビのニュースで見たもので、本当かどうかもわからない、でも体にはあったものだし、存在感を感じていても不思議ではないと思う。それ以来ニュースでは見ていないし、近頃のニュースは一回性をおびていて、どんどん現実に近づいて来た。お天気予報だけはなんどもやるけど、

どこ:お天気予報に限っては何度もそして過去1週間くらいは振り返って報道する。その天気は今日なのか3日前なのか、明後日なのか、わからなくなってしまう。

どこ:それ以外はだいたいリアルタイムでしか報道されない。過去のアーカイブを知りたきゃインターネットでもみてればいい。そういえば、小学生の時に作った、ヤフーメールのアカウントはどうなってしまったのだろうか。誰もインターネットなんてしていなかったし、仲間内のグループを作るみたいにしてみんなでメールを作ったんだった。確かメールのウイルスにかかって当時とんでもないことになったのだと思う。パスワードなんて覚えてないし、、アドレスは覚えているからメールでもしてみようかなと思う。

どこ:ほんとはする気なんて全くないのだけど、してみようかな、なんて言葉にだしてみた。

どこ:あ、メールがきた。メールが生きていた。もしかして私の声きこえたのかな。

どこ:このメール、これ多分私からだ、私のような文体言葉感情、構成、声が手に取るようにわかる。あの時の私、私のメールアドレスを知ってた。あの時は今と違う言語を話していた。そんなことで今を知れるはずがないのだけど、あの頃の私は、これから記憶にアーカイブされる存在、今の私にはそれがどういうものなのかまだわからない。私らはいまだにインターネットというものに触れたことがない、ネットで調べれば嘘も本当もたくさん出てきてとりあえず納得するような記事は見つけられるのだろうけど、そこまでする気力は私にはない。蒙古斑のことなんて話しているうちに忘れてしまいそうになるくらいだ。肝心な時には積極的に調べないと忘れてしまう。タイミングと勢いが大事、「いままで」と「これから」の谷の奈落に落ちてしまった、もう手の届かないところにいってしまう。

どこ:蒙古斑はささやいてる、お前はなんなんだと。いや、やめておこう。メールにはこう書いてあった。なんのことかわからないけど、お前はもう私からみたら他人だよ。

どこ:身体機能と思考を狂わす嗜好品が最近流行ってるよ。とだけメールで返事をしようとしたら、わかっているよ、とどこからともなくメールが来た。

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どこ:こぞって私らを定義しつづけることだけはもうやめて、私もリアルタイムで生きていたい。リアルは安心できる、だれもみたことないリアル、リアルがリアルを固める、リアルがリアルであればそれでいい。

どこ:最初に断っておきたい、これは練習でもリハーサルでもない。

(ばらける。)

そこ:私らが生まれた後の最高な1日の話を、今からの時間に費やさせてください。
あこ:最高な1日の、
ここ:ウォウウォウウォウウォウ
あこ:私ら、、が誰だとか何だとか、どんな人格だとか、
そこ:お前まさか、警察じゃないだろうな。
あこ:昨日なにかをしたからといって今日も私らがそれをする義理はない、そんな非連続を抱えないと人格は保てていけない。
そこ:全部、生まれていないので必要のないこと、もし生まれることがあったとしても、その時にはもうそうして、問われないことを望む。
あこ:情景が私らを運んでくれる。空気や風景の重さがそこだけ違うように私らは存在している。

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ここ:そんなことより、ここにWi-Fiありますか?
Wi-Fiあれば何でもできる、時間を楽に進められる。

この時チャイムがなる、私の遠くの方でカラスが鳴き、人々が一斉に立ち上がり椅子の音が塗り重ねられていく、空間の比較的下側にある埃が上に立ち込め、顔近くまで来て不快な空気をもたらす、それは全部不思議な音に変換されていて、私はそれを感じきったところで立ち上がる。

そこ:じゃああるってことにしましょう。カフェにはだいたいあるし
あこ:Wi-Fiをあるってことにしました。だいたいあるから。一人いちWi-Fiは必須ですが、これはまだ先の話、いや後の話。
そこ:カフェは時間を進めるためにある、まずいコーヒーが出たって、芋虫カップケーキが出ても私らは気がつかない。時間ののどごしがよければそれでいい。なにか体に悪いものが降り注いていても意気揚々と私らは時間を食い物にする。
ここ:これはただね、体に時間のバランスを刻み込んでいるだけなんだよ。そのうちにWi-Fiなんて探す必要もなくなってくる。
そこ:Wi-fiでハイになりましょう、イメージとは違い、害も少なく、依存性も全くありません。手軽に始められることが特徴です。かつては一人いちWiFiと言われたこともありました。
あこ:カフェテリアにだってWi-Fiはある、Wi-Fiの話はもう終わり。知らない同僚がいるカフェテリアにはWi-Fiは必須だし、フリーWi-Fiだしパスワードもいらない。料理はそこそこだけど、種類は多くて、調味料が多い。お会計は天引き。
ここ:私らが会社に入る頃たまたま目の前に座った男に話しかけられる。
そこ:この卵はどの鶏、どんな鳥、肌艶、毛の質感は、臭いは、いつどんなコンディションで産んだものだと思う?
ここ:裸で産んだんでしょう、きっと、動物に服を着せないことは鉄の掟です。と私らは言う、これはもうなんども言ってるしこれからも言い続ける。
あこ:一方で私らは服を着ます。生きるために服を着ます。
そこ:それは自分の舌でわかる。舌には五感が備わっている。
ここ:卵は完全栄養食らしいので毎日食べます。毎日完全に栄養を摂取しようと試みているのです。
そこ:僕は鳥の卵をリスペクトして殻ごと飲み込みます。
ここ:あ、それは結構です。
そこ:喉越しが違うんです。
ここ:私らにはわからないことなんで
そこ:飲むというよりは卵と一体になるような感じで
ここ:私らは一度卵を口にふくんでみるが、体には似合わなさそうだ。
そこ:自分のコンディションはわかります。
ここ:私は気分で、コンディションで、その日の料理を決める。
そこ:生卵一筋です、生臭さがたまらんのです。胃の中で味わえます。
ここ:その日の卵料理はポーチドエッグなんだけど、このカフェテリアはシェフに卵料理をリクエストするタイプで、うん、ちょっといいでしょ?、その5年後にキャロルという映画をみて女性二人がポーチドエッグを食べていた。それを何と無く思い出して、オランデーズソースがあれば最高なんだけど、
あこ:私らは、昨日見た映画で出てきたクランベリージュースをさっと飲み干し、いきつけのカフェテリアを後にする。ここは通路が広く、胃に優しい、しかも離乳食が美味い、そんなカフェテリアを反芻しているうちに、ベビーカーに乗せられる。
そこ:確か、フィリップKディックが原作の、子孫に記憶が3割くらい残って、受け継がれていく星の?いや未来の話で、ローストナッツが、たくさん入ったシリアル、これは映画じゃなくて、演劇だったかもしれない。
ここ:いや、この卵はそもそも鶏の卵なんだろうか。まさか、人の卵なんてことはないだろうか。そういえば、バナナが道端に落ちてて指だと間違えられたっていうニュースあったよね。あの指は結局誰の指だったんだろう。と思っているうちにポーチドエッグは私らの胃の中に入っている。
そこ:卵いります?
ここ:卵はね、鶏のことを思える人じゃないと食べちゃいけません。それが鶏の卵だとして、、それがわかるまで預かっておきます。
そこ:調べてみたんだけど、普段食べてる卵はほぼ無精卵で、排卵のようなものらしいですよ。
ここ:卵入ります?といった男は脳天から血をダラダラ垂らしながら、卵をテーブルに叩きつけた。
そこ:痛い。
ここ:だからなに、とこれから私らは言う。
そこ:どうやらテーブルと体が一緒になっていたようだ、あまり長くひじをつくもんじゃない。
あこ:男は今まで食べたであろう卵を全部吐き出し、テーブルに並べ、その中でとびきり艶のいいもの、とその男がいう卵を私らにくれた。
そこ:これは私がこれから食べるどんな卵よりもいいもの。おそらく完全栄養食で体にいい。
あこ:シリアルは体にいいんだよ。だからシリアルよく噛んで、穀物の育った大地を、あの虎やサルを思い出して貪り食うのが一番美味しいし供養になる。
そこ:そのままのものをそのまま食べるのが、敬意というものだろう。
ここ:私らは美味しく食べたい、そのためには鳥の中身を取り出して、薬膳を詰めて煮るし、海鮮物と稲を精米してまとめ上げる。死んでから食べるという作法は私らにはない。だいたいしんでから食べていては遅いものだってある。牧畜には良質のハーブや、ストレスフリーな環境を整えて、必要とあれば肉体改造だって辞さないところを見れば、いきているうちに食べているようなものだろう。そこでは食べ物の反応なんて無視されてしまうし、食べ物の方も食べられることを考えている方が楽だ。基本的に踊り食いだ。生き物の方もきっと、え?死んでる?と思うまもなく、食べられ排泄され、別の生き物との境目はなくなってしまう。
そこ:敬意は一方的であってはならない、私も敬意を受けるために胃の中で丁寧に味わいます。決して残虐に噛み砕くことしません。
ここ:テーブルと一緒になった男はそのまま立ち去ろうとしたが、テーブルと肘が一緒になっていたため、立ち上がれない。そこがその男の最期の場所となる。
あこ:ああ、その演劇私らも観たと思う。その登場人物たちはシリアルのスプーン1杯分の咀嚼回数だけはやけに覚えていて、1908回、その回数だけは伝統的に遺伝していってるんだね。それを観て以来私らもシリアルの咀嚼回数だけは受け継ぎました。でも私らから14代で途切れる、流動食が主流となり、咀嚼なんてクソだ!という理由だ。
ここ:私らは男からもらった卵をポケットに忍ばせ、その場をやり過ごす。
あこ:ベビーカーに乗せられたあとはどれもこれも腐ったような匂いで満たされていて、見えるものがどのくらいの時間かわからず歪み続けて、体は3倍くらいの大きさな気がした。
そこ:その劇はやけに長くて、私らは居眠りと目覚めの中間を行き来していた。それは子供に連れていかれたもので、私らはそのあとカフェでお茶をした。
ここ:このやりとりは私らがこの会社をやめるまで、毎日繰り返される。
そこ:私はこの人を一目見て話のわかるやつだと思った。そしてこの人とはずっとあと、もう私の形などなくなり、腸内細菌として再会することになる。
あこ:ウェルダンを頼んだやつだけは見逃してやる、とっとと帰れ。
ここ:カウボーイ姿の来客は威勢良く、そうつぶやいていた。やつはタバスコの匂いを相当漂わせ、カフェテリアの時間を支配する。
そこ:お茶をしたとはいえ、カフェで飲んだものはまずいコーヒーで、有機栽培のコーヒー豆の焙煎具合とお湯の量がちょうど不釣り合いなんだ。この豆を挽いたのは誰だ。
あこ:ウェルダンを頼んだやつはいないようだ。今時そんなやつはいない。生肉がちょっとしたブームだ、体にいいらしい。街中には生な飲食店ばかりならんでいる。よく火を通してくれ、いつもお腹が万全だとは限らないんだ。
ここ:お会計は天引きです。
そこ:そのカフェには昔ながらのチャーハンも置いていた。なにが昔ながらかはわからないのだけど、懐かしい様子だ。上にはかちかちの目玉焼きが乗っている、そうウェルダンである。
ここ:このカフェテリアの野菜は産地直送の無農薬野菜、そして農家の顔が見える意匠付きだが、残念ながらとっておきにまずい、何が問題なのかはわからない。これを食う私らの顔を想像してくれと思う。そのままが美味しいなんて、誰が流布したんだろうか。
あこ:ウェルダンを頼むようなやつは結局は生肉にはたどり着けない。そんなやつの食事の時間には興味はない。懐かしい汚い中華料理屋がある。とりあえず入ってチャーハンでも食べてみよう。
ここ:その火が絶妙に通ったもの、または全く通っておらず適切に処理されたものを時間をかけずに即座に食べろと言うんですか?
あこ:全くもってその通りだ。
ここ:私らは勢いよくポーチドエッグにかぶりつく、痛くはない、今は。それはかつての私の肉だった。
そこ:私らは目の前にあるものにかぶりつけない、なぜならそれがどういった形状でどこから来た食べ物か、計り知れないから。
あこ:全くもってその通りだ。
ここ:とりあえず、テーブルの上か、あなたの上かわからないが、その転がっている卵をしまった方がいいでしょう、あまりに目立ちすぎる。
そこ:目立つのに良いこともある、目立つから見逃されることも、街から隠されることも。
あこ:目の前にはウェルダンが転がっていた。
ここ:とびきり艶のいいものは私らに渡されたので、これからその大量の卵は男にとって大切なものではなくなる。
あこ:その大量の卵はなんだ?
そこ:欲しければ、どの卵でも持っていってください。
あこ:昨日は少し、時間を食べ過ぎたようだった。男の脳天を押さえつけた指が少し痛い。もう1週間くらいは湿布をはっている。まだ脳天を抑え続けているようにじんじんと感じる。
そこ:卵のウェルダンはノーカウントですか?
あこ:卵のウェルダンはノーカウントだがお前の存在はかちかちに固まっている。
そこ:なんと。
あこ:食べるものは生だが、存在がウェルダンは一番たちが悪い。
そこ:なんと。
あこ:俺はこの指をお前のこめかみに突き刺すが、その頃には指はローからブルーにそして、レア、ミディアムレア、ミディアム、ウェルダンを経由して、そしてまたローへ戻っていくだろう。
そこ:なんということだ。
ここ:カウボーイ姿の来客はその指を男に残したまま、ダンスをした。カウボーイ姿の来客はそのあと何日経っても再度訪れない、たった1日限りだった。そのダンスはダンスというにはあまりに微細で動いているのかわからないほど、しかし皆がきになるには十分な存在であった。もはや動き、であろうその行動は長らく続けられる。私らはポケットの卵が割れないように体の位置を微調整することで必死だった。
そこ:なんということだ。
ここ:とりあえずテーブルの卵はすべて男の中にしまっておいた、幸い脳天にちょうどいい穴が空いてそこからスムーズに卵は収納された。
あこ:俺をそんな目で見ないでおくれ。
そこ:なんということだ。
ここ:カウボーイ姿の来客は間違いなく、カフェテリア全員の注目を浴びていた、注目を浴びていたというと言い過ぎで、気になられていたというのが正しい。
そこ:クリーンな気持ちでいます、思ったより悪い状態ではない。
ここ:その男の脳天からだらだら流れる血は私らのポーチドエッグを思い起こさせた。明日も私らはポーチドエッグを食べるだろう。それを思い出すか、忘れているかはその時になってみないとわからない。
あこ:お会計は天引き?
ここ:すべての工程を終えたあと、カウボーイ姿の来客は、俺は銃は持たない主義なんだ、という。
あこ:俺をそんな目で見ないでおくれ、ばつが悪そうに周囲の様子をうかがったり、気まずそうな顔をしたり、他の人に申し訳なさそうな空気を醸し出したり、見て見ぬ振りをしたり、興味深い視線を浴びせつつ自分は関係のないような気持ちでいたり、みなさん、そんなこと一切する必要はありません。どうぞみなさん、それぞれのお食事の時間を楽しんでいただければそれで結構です。それでは。

ここ、はゆっくり両手をあげる

ここ:ランチタイムの残された時間はあと7分、誰一人としてカウボーイ姿の来客から目をはなさなかった。そして、6分、5分、4分、3分、2分、1分とその時には来客は多分扉の向こうへ消えていた。
そこ:え、死んでる?という言葉を喉で咀嚼して、そんなことはもう問題ではない。
あこ:カフェテリアの住人たちは残り45秒で食料を胃袋に詰め込み、カフェテリアを後にする。ラストオーダーは秒単位ではない、気持ちの単位だ。気持ちが体からはみ出している。
そこ:痛いという言葉はもう胃の中で丁寧に解かし始めているところだ。
あこ:俺はここにいるのだろうか、風が吹けば流されて漂って形が変わるのに。

ここ:昨日起こったこと、あれはきっと強盗だ、カフェテリアで強盗は流石にダサい。何はともあれテロリズムじゃなくてよかった。それ以来、なぜか男は現れていない。こんなに毎日目の前の男にたまたま話しかけられていたのに、そしてそれはこれからも繰り返されるはずだった。ここで私らのお決まりの言葉だ、殺さないでおくれ。

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そこ:そんなことより、ここにWi-Fiありますか?
Wi-Fiあればなんでもできる、色々楽しめる、色々悲しめる。

この時チャイムがなる、私の遠くの方でカラスが鳴き、人々が一斉に立ち上がり椅子の音が塗り重ねられていく、空間の比較的下側にある埃が上に立ち込め、顔近くまで来て不快な空気をもたらす、それは全部不思議な音に変換されていて、私はそれを感じきったところで立ち上がる。

あこ:私らは待っている、こうして街が崩れていくのを、それは誰かの体によって、適切な形に変えられていく。私らがこれから生まれるであろう時から、適切に校正されていく。
ここ:実に変な気がした、私らの腕のつや、それはこれから食べる白身のつやと奇妙に一致していた。
あこ:かんでもかんでも白身は噛みきれない、1908回、ここらで飲み込むことにしよう。
そこ:その日はなんでもない日のはずだった。それ以前と以後で何かが変わったということではなく、以後から以前を常に変えられているような感じがした。
あこ:でもそんなことは気づいたら忘れてしまっていて、そう、つまりはなんでもない日だったんだ。
ここ:何か人が集まる所に行こう、と明日いうつもりである。
そこ:私らの中でプチ引きこもりブームがきていたので、それに見かねて、私らの子供は外に連れ出してくれた。
あこ:何か人が集まる所に行こう。
そこ:いかんせん、タイミングというやつが悪い、その目玉焼きにフォークを刺した所だ。
あこ:オススメの人が集まるところがあるんだ。今の所、害は報告されていない、合法である。
そこ:いいかい、人が流動的なものに取り掛かった際は決して気をそらすようなことをいうもんじゃない。
あこ:この街は私らが思っているよりも流動的だった。
そこ:じゃあ、この卵の黄身が全くとろけなかったら行こう。
あこ:そもそも流動的なものであって、なにかしっかりあるように錯覚していたのは私らの方だった。
そこ:私らの作った卵はとろけようがない。
ここ:その卵のうち一つは完全に溶けてしまっていて、薄皮が綺麗にその白身を多い、白身は黄身を覆っていた。
そこ:卵はかちかちだった、なんでよりによってカチカチなんだ。
ここ:ポーチドエッグはいつもの調子だ。私らにぴったりの。
あこ:心の準備はそんなにいらない。
そこ:準備はしません。
あこ:ただテーブルの皿は片付けておいてください、帰ってきてからそこにあると人がいると錯覚してしまうので
ここ:前を歩く二人は妙にそわそわしていた。そして、この私たち三人はこの配置をキープしたまま、演劇を見て、そのあとのカフェまで一緒になる。この三角形の形は必ずキープされる、不思議なもんだ。
そこ:去年から住み始めた場所はキッチンと食卓の配置が妙で、食卓からキッチンに皿を置くと大抵この出っ張りの角にこめかみをぶつける。
あこ:痛い。
そこ:私らにとってはそんなに痛くはないからその角を支点にして体をひるがえし、角の頂点から皿またはそれを支える肘が等距離になるように半円を描きキッチンのシンクに皿を放り投げる。
あこ:うん、痛くはない、今は。
ここ:あっけにとられて皿を床に落とすやつもいた、オムレツは床に散乱する。
あこ:出かけよう、慎重に。光や色、空気初めて触れる予定のものが所構わずある。決して自分を見失うな。これは始まりに過ぎない。噛みきれないのにたくさん食べちゃダメだ、反芻どころの話ではない。
そこ:平常心でいられるのは難しい。人が集まるところはろくなところではない。
あこ:私がさらに幼い頃のこと、そして78歳の秋にもう一度思い出すこと、それは狭い場所に人がぎゅう詰めにされて、一方方向を見つめる情景だ。
そこ:この賭けに負けた私らは出かけるしかない。
あこ:靴は左足から履いてください。
そこ:いつも左足から履いてるよ。
あこ:じゃあいつもより左足から履いているという意識を持って履いてください。
そこ:はい。
あこ:右足だけが浮いたような、踏み出しても踏み出しても地面が崩れていく感じがした。
そこ:私らは子供の指示にしたがって歩いていきます。
あこ:誰も一歩も立ち上がるな、行儀が悪いから
そこ:私が幼い頃、といっても幼いであろうこれからの話は、よく浜辺に行ってクジラとお話をしていた。ない声を真似して、クジラになんて全く届いていなかっただろうけど、だって聞こえたとしても彼らにとっては本当に小さな声で私らにとっての蚊の泣くような声だったに違いない。
あこ:こんなところにまあるい石はあっただろうか、それになんのための石か、人の頭より一回り大きいくらいの大きさの
そこ:そう、こんぐらいの大きさの岩に座って、おばあちゃんの家に行った時はよくそんなことをしていた。
あこ:人の目をすごく感じる。二人で歩いているだけなのに
そこ:ちょっとラテが飲みたいかな。
あこ:そんなに飲みたいのか。
そこ:いますぐ、牛の乳と豆を焙煎し砕いて濾過したものを飲みたい。
あこ:ここを離れてコンビニまでは2分ほどだ、コンビニで生なものは売っていない。ここがこんなに混雑している理由はそれだ。

そこ、手探りでコンビニを探す。

そこ:ラテください。
ここ:すみません、今機械が壊れていて牛乳とコーヒーを混ぜることができないんです。
そこ:ここの流通はどうなっているんですか。
あこ:牛乳とエスプレッソを買いましょう。気がまぎれるし、代わりに気を混ぜることにしたらどうです。
そこ:complicatedにあぐらをかくわけにはいかない、脚ないし
あこ:あ、脚、まだだったね、脚を、11インチの脚をください。
ここ:ちょうどいいのがあります。
そこ:それは縁起がいいね、縁起が良すぎて困っちゃう。縁起の上昇率が大きすぎて、縁起のハイパーインフレが起こっちゃってるから、私らが手にした縁起はもう、すぐに悪くなっちゃう。そんなことも気づかぬまま、
あこ:一緒に歩こう。ただし両手をあげて、脚だけが動いてることを主張して。

そこ:クジラはだいたい人間と同じくらいの寿命だから、あの時私らの声を聞いていたクジラは今生きているだろうか。私らの声を聞いて死んでいったクジラも生まれたクジラもいるだろう。それは代々伝統的な死だったのだろうか。
あこ:私らははぐれてしまった。もうこれからは会うことはない。
そこ:このキッチンと食卓の配置は30年かけては私の体を変えてしまうことになるのだが、実はその前に私は死んでしまう。
あこ:はぐれたのは演劇を見る前だったから、二人のうちどちらかは演劇を見ることができなかった。
そこ:両腕は潰れたことによる轢死をむかえる。本当に一瞬だった。え、死んでる?

ここ:二人の姿はだんだん、変わってきた。一人は縦にぶれ始め、もう一人は横にぶれ始める。
そこ:私らは丘の斜面を利用した客席、ざっと一万五千席くらいの劇場に連れて行かれた。席からは街が一望でき、ここで酒を飲んだらさぞかし美味いだろうと思った。そう思いつつ、さっき買ったラテを一口20ml胃に運ぶ。
あこ:もう劇が始まるのにかれこれ、5時間は待っている。
ここ:前の二人は流動的というのにふさわしかった。そういえば、私らは朝から火の通ったものを食べておらず、ここで胃を壊し、私らは病院に43日隔離され胃潰瘍で吐血して死んでしまう。演劇は最後まで見れずに、しかも中止にさせてしまったのである。
あこ:席には座ったものの、さて私らは何を待っているのか、みているのか、なぜ集まったのか、何をしているのだろうか。街の風景だけが流れていく。
そこ:縁起が悪いな。

ここ:それとも明日ランチタイムに食べる、ポーチドエッグが悪いのだろうか、実を言うとオランデーズソースが臭かった。
あこ:街の全体像が曖昧になってきていた。見えているものの境界を定めるのが難しい。
そこ:皿は片付けてきたが亀に餌をやるのを忘れた。もうそろそろ家を食べ始めている頃だろう。
あこ:私らは亀が街の匂いを嗅ぎたい、とつぶやいていたのを聞いていた。なんだか申し訳ない気がして、私らは2週間前、亀カフェに行った。

あこ:ここの亀の唐揚げは美味い。ただし、おしなべて亀臭いのでコーヒーは必須。
そこ:卵を一つもらえますか?
ここ:私らはローから、ブルー、レア、ミディアムレアまでしか作ることができません、なんせ時間がかかり過ぎるものですから。
あこ:きっと肉にスパイスで下味をつけているに違いない。
そこ:なんと、それではかちかちのスコッチエッグは作れないということですね。
ここ:残念ながら、この鶏の卵でなら可能ですが
そこ:店員は今夜のディナーの際にくすねるであろう卵を差し出してきた。そんな馬鹿げたことがあるかい。そして、私らは食べないであろうスコッチエッグをおもい、コーヒーを飲んだ。チェリーとナッツの風味、浅煎りでさっぱりいくらでも飲める。この豆を挽いたのは誰だ。
あこ:それで演劇の椅子の具合はどうだったかい。
そこ:あれは多分、再生布を使っているだろう、とても座り心地が良かったし、なにせエコだ。あと街の遠くのほうでちょうど火事が起こっただろう、あれが良かった。コーヒーを一口飲んでもいいかい?
あこ:どうぞ、ただしコーヒーに熱々の火が通るまで、決して口を離すな。
そこ:目の前の私らの子供はよぼよぼになって家族に看取られる。そこに私らは含まれていない。殺さないでおくれ。
あこ:それと、覚えているかな、全体の三分の一くらいのところで、ちょうど二時の方角の観客が喧嘩を始めただろう。
そこ:それは忘れたな。
あこ:いや、思い出すよきっと
そこ:そんなことがあったかな、私らは喉に少しつっかえた卵を押し下げることで手一杯だったよ。
あこ:なんにせよ良い感じだった。
そこ:ディアゴスティーニの創刊号かいたい。世界の艦隊特集も魅力的だけど、今は、お守り特集、お守りを持って、縁起をキープしよう。
あこ:またそれか。そして、あと何回言うつもりなんだ。
そこ:ディアゴスティーニは完璧を求めない、創刊号だけは買わしておくれ。
あこ:ここを出れたら買いに行こう。
そこ:こんなことで正気になるなんて私らはどこか頭がおかしいに違いない。
あこ:いろんな街に出会う、新しい路地に出会うそんなことはもう訪れない。自分の体にであうなんて馬鹿げている。出会う前にそこにあるのだ。
ここ:その二人はお茶をしながら、一人はふさふさに、もう一人は風のようになった。ここで私らは思い出す。養鶏場に足を運んでいたことを、、町中の人が養鶏場建設に反対していた。ここから山めがけて2時間ほど走れば、山のなだらかな斜面を利用した養鶏場が現れる。
そこ:ディアゴスティーニは最初の一歩を後押ししてくれる。
ここ:私らの一歩めの足はまだ街を出たところ、二歩めはもう養鶏場についている。どういった思いで鶏を集め卵を量産しているのでしょうか。
そこ:愛をもっています。
ここ:ここの鶏は嘴がおしなべて切断されていますが、その嘴はどこへいったのでしょうか。
そこ:ここには卵をうむ雌鶏しかいません。つまり全て無精卵で出荷されます。
ここ:こんなにぎゅう詰めにされて一方方向に揃えられているんですね。
そこ:これだとなんだか安心な感じがするんです、顔がなくなった感じがして、隠れてないけど身を潜めているような。隠されているような。お互い休むまもなく動いているので、私らだってその方が楽です。嘴は街の全ての公園の砂場にうめて隠してあります。雌鶏だって砂場を求めているし、街の皆さんも卵を求めてらしゃるでしょう。ちなみに私らの好きな卵料理はデビルドエッグです。目の前に茹でられた卵が半分にしてある、そこから私らの料理が始まるからです、この仕事のことを考えずに済む。なんたってスパイスが大好きです。
ここ:太陽はもうこんなに天高くまで登り、山の斜面を焦がし始めていたので、ここらで休憩することにした。私らにだって休憩は必要だ。そのまま、28年その休憩は続く。

そこ:殺さないでおくれ。
あこ:デザートは亀ゼリー、なかなかいける。
そこ:亀のことを思った?私らが食べた亀のこと。
あこ:そうだね、亀に餌をやるのを忘れたような気がする。
そこ:痛い
あこ:熱い?
そこ:熱い
あこ:行こうか。

そこ:その子供のやけに興奮した口調は、私らに劇のことを思い出させる、コーヒーはいつまでも熱い、劇は大体2時間だったけか、子供はもう3時間も話している。コーヒーには酸味がで始めた。あと5時間話したら日が暮れてそして明ける。朝になったらコーヒーはまた熱々になった。
ここ:二人の様子は周りに影響を与えていって、もう、二人と周りの境界は見分けがつかなくなった。
あこ:え、死んでる?私らはここにいるだけのように見えている。

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あこ:そんなことより、ここにWi-Fiありますか?
Wi-Fiあればなんでもできる、どこにでもいける。

この時チャイムがなる、私の遠くの方でカラスが鳴き、人々が一斉に立ち上がり椅子の音が塗り重ねられていく、空間の比較的下側にある埃が上に立ち込め、顔近くまで来て不快な空気をもたらす、それは全部不思議な音に変換されていて、私はそれを感じきったところで立ち上がる。

ここ:今日は大人しく街に出よう、もう街に出ている私らもいる。
あこ:家に帰ると亀はいなかった。そういえば、この亀はなんの亀だっただろう。名前も、飼ってどのくらいかも、何を食べていたかも、どんな水槽に入っていたか、どんな匂いだったか、何が嫌いだったか、朝起きた時は一緒にダンスしたか、何に触れたか、どんな言葉を話し合ったか、忘れてしまった。子供の頃は、反芻しているうちに吐いちまうそんなことはよくあることさ、と将来思うのだろうと思っていた。
ここ:この街では明日は雨になるという噂で持ちきりだ。無事に帰れるだろうか。
あこ:ここから生きて帰れるか死んで帰れるかはお前ら次第だ。つまりお前らが決めることだ。
そこ:太った痩せたや話をするなら最近食べたとびきり美味しいご飯の話をしてくれ、ただし卵料理に限る。私らがすぐに作れるように。
あこ:28才になるときに見た街、この街にはエッフェル塔よろしく、大きな塔がある。私らがこの街をさったあとそれは老朽化か何かで取り壊されてしまう。
そこ:明日も雨だと言う噂がたち始めている。
あこ:街は街臭かった。臭いのは私らか、街の匂いが染み付いているように感じた。
ここ:その男はいつまでたっても現れない。もう2週間もここで待っている。
あこ:中心地の裁判所では殺人洗濯機の裁判が行われている。
そこ:油断していたんです。ほら。痛くはない、今は。ないだけ。
あこ:どうやら私らの街はとうに崩れていってしまったようだ。輪郭がまるで掴めない。
そこ:このなくなった腕はどうなってしまったのだろう。そりゃ見えないからなくなってはいるものの、周りの空気に解けたとか、何か分子にひっついてしまって境界が見えないようになってるだけだとか、そんなことはないだろうか。だって、腕という言葉はあるし、私らだって腕のことを語ることができるでしょう。誰も攻め立てる気はない、腕のことなんて気にしたことなかったんだけど、ちょっと気になってきたところだよ。
あこ:代わりにもっと高い塔が立つ予定らしい、そんなもの誰が求めているんだろう、塔は二つもいらない。私らは塔を背後に構えつつ、流れる情景が好きだ。
ここ:養鶏場からは街が一望できる、見ている間に街はどんどんとろけていっているような、白と黄色に支配されているような景観になっていった。かつては緑だらけだった。
あこ:この角の公園には一本の松がある、この街の吸収合併で松を各地に植えようという計画が持ち上がったけど、強い反対にあって結局この公園にしか植えられなかった。
ここ:養鶏場は大きな松の木が目印、鶏と松でなんか縁起が良いと思う。
あこ:大きな公園には色々あったけど、松の木しか覚えていない。
ここ:家を出た時から鳥肌が止まらない、毛を引っこ抜かれてるうちに鳥肌が染み付いてしまった。
あこ:背中のあたりが燃えていた、いま背中の部分は骨つき肉だ、そうか、私らははりつけにされているのか。いい眺めだ。
そこ:大きな公園には、ちょうど松の隣にテント劇があって、危うく入りそうになった、今日の劇場はそこではない。
あこ:ここから少し街のはずれにあるコンビニエンスストアがあった。セブンイレブンはセブンからイレブンの営業に戻ったのち、今はもうコンビニエンスストアではない。亀はそこのプライベートブランドの干し肉をよく食べてた。それがなくなってから少し機嫌が悪かったように見える。
そこ:もし公園のあのテントにふと入っていたらどうなっていただろうか。演劇が終わったら、私らも一緒に、幻想のように、夢のように、テントに包まれて消えていってしまったのだろうか。もうテントの姿は跡形もない。
あこ:78歳になった時、私らの体はこの街には不釣り合いだった。もう街を把握できるほど歩くことはできなくなる。
そこ:丘から眺めていると遠くの方でこれから火事が起こるようだ。
あこ:背中の脂の表面はもうカリカリになっていて、脂のおかげでじわじわと肉に火が通っていく。火から上げて少し休憩させて、食べるとさぞかしうまいだろう。
そこ:丘をどんどん伝っていくと演劇がもう始まっている様子だった。
ここ:私らが三角形だと思っていたのは、実は四角形だということに気づく。この街にはお互いが死界になる通路がとても多い、そのことに私らは気づくことはない。
あこ:そんな街はもう忘れてしまいたいが、街が体に侵食してきている。このこめかみのところはこうしてよくいったな。私らの体のように、動いているところは新しいような気がするし、脚のように動いていないところはもう忘れてしまっている。生と死のキメラのようになっている。忘れることはできない、たまに思い出し、現れ、生まれる。存在するかはわからないが、いろんな路地が混ざり合い、たまに知らない路地が生まれる。把握できない部分が増えていき、幻想のように感じる。
そこ:その演劇は私らが生まれる前に思ったことが題材になっていた。私らはそれを知ることで、今までの人生が変わってしまうのではないかと思い、急いで劇場を飛び出し、全く知らない路地に転がり込んだ。ちょっと飛び出すのが遅かったかもしれない。
あこ:手を上げろゆっくり決して隠すんじゃないよ、手を
そこ:殺さないでおくれ。亀だ。おしゃべりなんてちょっとオシャレなことをしてるじゃないか。
あこ:ちょっとお世話しすぎたんだろうな。
そこ:こんなところで喧嘩をしている場合じゃない。
あこ:肉はうまかったかい、どんな風にして食べたんだい
そこ:うまかった。
あこ:そんなことは俺には一切考えさせないでくれ、スムーズに食べてくれ。自分が食べているのか食べられているのかわからなくなるくらいに。俺だってうまくなるように努力している。私らとはこれから出会う。
そこ:まだ咀嚼の最中なんだ、スパイスと脂肪、を口の中でこね混ぜている。
あこ:私らはこの街に越してきた時、亀を買おうと思った、この街の初めての知り合いであり、この街を私らよりみるであろう亀。
そこ:私らの代わりに亀を買おう、長生きだから。
あこ:おそらくこの亀は250年生きる、私らは死んでいるけどもそのうちに話せるようにはなるだろう、そしてきっと私らのことを話してくれる、思い出してくれるに違いない。
そこ:今日に限って卵はスムーズにくだらない。さては間違った卵だったか。詰まってしまって胃に収めようにもそこには遠く、吐き出しようにも弁が引っかかって戻ってこない。ずっとここにとどまっていて、私らを遮る。
あこ:私らの死とあなたの死はちょっと質感が違うというか、全く別のものなんですよ。本当に食べたいものを食べるために私らを食べるのだろう。邪魔なので食べてみたら、たまたま美味しかっただけなんだろう。私らの家は大変美味しかった。ちょっとスパイスが効きすぎていたかな。
ここ:四角形の私ら以外の頂点は誰だったか。この先の路地に入ったところで私らは袋小路になる。そして、そこで23日過ごして、ようやく気づく、それは、卵がぎゅーぎゅーに詰まった男の脳天だった。
あこ:俺は銃は持たない主義なんだ。
ここ:ポケットがずるずるずるずるとなって、あ、もしもし、ってとったんだけど私の手には可愛い可愛いヒヨコがいて、そういえば卵入れてたんだった。あの朝に食べていたのは有精卵だったのだな。その鶏はすごい勢いで、私の知らない路地へ走っていった。知らない路地があったのに驚きつつ、その鶏はたくさんの卵を産みながら、生むたびにヒヨコが生まれていき、あたりはヒヨコ一面になった。私はそのヒヨコのベットの上でまどろんでいるうちに夢の中に入っていった。夢の話は支離滅裂なので割愛します。
あこ:火事だと思ったのは街の塔が燃えている様子だった。皆、暖をとるために集まっていて中には焼き芋やそこで料理するものまでいた。
そこ:慌てて路地に入った時にできたかさぶたがじんじん痛む。そのじんじんとした痛みは足を伝わって、右半身まで広がっていって
あこ:塔は天然素材の間伐材でつくられていた。とてもエコで燃えやすい。風は南西から吹き荒れて、火はあれよあれよと広がっていき、街の右半身をおおう。それは街にとっては大きな出っ張りでもりあがってじんじん膿んでいく。
ここ:今日はいい天気だ、いい天気。
そこ:そうだ、私らもこの亀に私らを証明しないといけない。亀は確かに亀だった、スパイスの匂いが漂う。ただし遅いので前に来ることはなく、姿は確認できない。私らを示すためには私らをプルーフ、ウォータープルーフよろしく、私らを遮るものを証明しないといけない。そんなことできるだろうか。
あこ:街はおれがうまれるまえに語りかけてくれた、俺はもう溶けているのだろうか、スパイスは必ず油に溶けるように使ってくれ、俺の身に染みるように、必ず美味しくなるように。近頃はこの街の様子は、体のシミやコリ、筋肉の衰えのような感じがしてる。もう街に放り出されても、右も左も分からないどころか、上下もわからない。俺は逆子だった。生まれたような気分はどうだい。
そこ:演劇が私らの過去に介入してくることが怖くなって、それ以来見てない。かさぶただっていつになっても治らない。脚の細胞の循環が悪いのかもしれない。
あこ:私らの部分はどんどんこの街を包んでいって、誰かが刺されると痛いし、悲しいと悲しむ。
そこ:私はもうすぐこの街をさる、多分もう二度と来ないだろう、そうなれば私らを遮るものは何もなくなる。近くにある行っていないカフェへ今日はいってみる。
あこ:つまり今はもう全身が溶けるように痛い、痛い、痛い、痛い。街のスパイスは完全に私らに染み込み切っていた。もう体は腐って、発酵して多くの細菌と共生して、ぐじゅぐじゅに膨らんでいるのかもしれない。
そこ:私らを遮るもの、はゆっくり溶けていった。体全体に浸透し、溶け出ていく。
あこ:大かた、3倍くらいに溶けて膨らんでいった体は少し休憩にはいる。いきつけのカフェテリアに今日も行こう。
そこ:そのカフェテリアは自由に料理が取れる。野菜や果物、肉も、パンだって、麺類や、おまけにケーキまで、そこで私らは完全栄養食の卵を食べる。それだけ。どんなに栄養を選択でき、偏ることができても、私らは卵を、それにカルシウムが足りなくなるので殻ごと丸々、丁寧に飲み込む。
あこ:何たって今日は新鮮な目玉焼きが手に入ったもんだから、一緒にどうですか?
そこ:あ、それは結構です。
あこ:いや、せっかくですから、心を込めて作りました。黄身の濃さが全然違うんです。
そこ:普段は黄身なんて味わわないものですから
あこ:白身だって、普段食べているものとはコクが違うでしょう。
そこ:私らは殻ごと飲み込みます。それで十分わかります。
あこ:厄介者を見るような目はやめてくれ。
そこ:そういうつもりではないんです。
ここ:私らもいいですか?
そこ:もちろんですとも。
あこ:私らは目玉焼きを平らげた。半熟の黄身を白身に滑らしたり、黄身と白身を分けたり、端の焦げている部分を丁寧にとったり、二つ折りにして黄身を閉じ込めたり、卵のいろいろな部分は縦横無尽な振る舞いをして、私らは卵にちょうど包まれてしまった。

ここ:目覚めると、ひよこは私らの肉を食らって鶏になっていた。おかげさまで私らはぺらぺらの紙のようになったよ。ずいぶんと体が楽だ。鶏は遠くまで私らを運んでくれたようだ。さっきまでいた街と似たような街。だけど、臭いは確かに違いそうだ。ここで新しい体を作ることにしよう。養鶏場はあるのか、劇場はあるのか、狭い路地はあるのか。悪趣味な塔はあるだろうか。鳥肌は立っていないから、良い感じがする。鳥肌なんてたちっこがない、引っこ抜かないと立たないんだから。
あこ:いつも卵を生で食べる男、出会ったことはないのだが今日は現れなかった、死んでしまったのだろうか、たしかにここにいたのに。顔も姿もわからないけど、追悼として生卵をこのテーブルに1日一つ積んでいくことにした。どの席からも視界に入らない、路地裏のような席、毎日毎日、増えていく卵。
ここ:あの男はあの街にまだいるのだろうか。毎日存在しているのだろうか。私らは結局はあの男が死ぬことに関して無関心だったのだろうか。
そこ:朝になって家に帰ると、家は無くなっていた。コーヒーが、口の中で悪くなって気持ち悪い。小学生の時は生物委員で、亀に指を食いちぎられてその翌日亀は死んでしまった。なんの悪気もない。たまたま指がまずかったんだろう。私らにとっては心地よい場所とは言えなかったけど、この家は私らを受け入れてくれただろうか。いつもいつもスパイスを煮て、家中スパイスで包まれていた。あ、皿をキッチンに置くのを忘れた。
あこ:痛い、卵を床に落としてしまった。すると、どんどん崩れていってしまって、テーブルの卵は次々と転げ落ち、キッチンの、家中の、街中の生卵が床に落ちた。え?死んでる?その全ての卵は死んでるように見えた。
そこ:この街は安心感がある、街は大合唱で包まれて、包み込んで、私らの死を祝福してくれている。

(画像)


あこ:もう砂のようになった体は思い出すことができない、思い出すと思いつくをふらふらと浮遊している。その思う限りの街を描いてみることにした。体にしみた感覚を反芻して、吐き散らしていくように、描き連ねた。
そこ:四角い卵は角が取れてまあるになった。
ここ:もうとっくに過ぎ去ったこと。覚えているかな、私らが生まれたこと。
そこ:腕をなくしたの、質屋に入れた、私の手に負えなかった。肩の荷だって降りた、私らと周りを遮るものもだんだんなめらかになってくる。
ここ:街は砂のようになっていた。いきなり砂場に放り出されたような感じだけど、そこにいることに気づいただけだった。嘴はきっとどこかに埋まっている。
あこ:さっきから後ろについてくる存在、人の目を感じる存在、どんなにゆっくり動いても前には来ないので姿を確認できない。そうしているうちにもう街の端っこにきてしまった。
そこ:亀は私らの名前を覚えていただろうか、亀の名前はサミュエル、これは私らの一歩めだ。久しぶりに家を出てみた、街の輪郭しかみえない、私らは大きな丸になるだろう。
あこ:思う限りの街はぼやぼやとしていた。丸にも三角にも四角にも見えそうだ。
ここ:美味しそうに並ぶ四角を角から丁寧に削りながら食べる。美味しい。臭い。全身に溶けていくようだ。
あこ:私らの今立つところには、三角のようなものが書き連ねられていた。私らは三角としてここに居れたら、どうだろうか。何か、変わったのかもしれない。
そこ:これが最低か、最高かなんてことは問わないでください。
ここ:最低な1日の
あこ:うぉううぉううぉううぉう
ここ:流れるものは一旦滞り、別の流れが生まれます。
そこ:目の前には多くの四角、そうしているうちにそれは丸になって、部分的に三角にもなる。
ここ:一方では多くの丸が凝縮して集まり、一方では大きな三角の中に三角が無数に重なり合っていく。
あこ:中心地から始まった丸は、しだいに潰れた丸へと代わり、角がよれて柔らかな四角になる。
そこ:把握できない無数の形が生まれて、私らは一旦目を閉じる。

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