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瞼の裏の虹

カメレオンは激怒した。

「写真みたい」目の前のヒトが確かにそう言ったからだ。

カメレオンは自分の肉体を愛していた。

青い空、白い雲、眩い緑…

そういう自然の美しさに張り合うように自分の色を千変万化させるとき、彼はかえって自分とこの自然との調和を感じることができた。

そしてカメレオンはヒトが嫌いではなかった。いつからか森で見るようになった、身体が大きいだけで賢ぶるサルどもであったが、彼らが自分の意志で色とりどりに着飾ることを、カメレオンは知っていた。その点でヒトには親近感が湧いたし、ヒトは偉そうだが、彼をわざわざ取って喰おうとはしない点も良かった。

だがこの発言である。
ヒトには写真という技術があることも、カメレオンは知っていた。
自分の天賦の才を彼らの小手先の技術と同一視されては、さしもの彼も我慢ならない。
樹の下のヒトに怒りをぶつけた。身体の色を変えていく。雷鳴が轟く空の色、自分を苦しめた毒虫の色、いつか見た山火事の炎の色…
生きてきて知りえたあらゆる恐怖の色を人間に見せつけた。

しかしヒトは素知らぬ顔をしていた。そして言い放った。
「凄い、加工写真みたい」
カメレオンはいっそう怒った。

こうなれば実力行使である。ヒトと彼とは体格に差があったが、彼はヒトが嫌いなものをよく知っていた。
彼は素早くヒトに向かって舌を伸ばした。ヒトのちょうど眉間あたりに舌が直撃した。
カメレオンの涎がヒトの顔にまとわりつく。するとヒトは何やら分からぬ叫び声を上げ、眉間を抑え、その場を走り去った。やはりバカなサルどもよ。涎をかけられただけでああも動揺しようとは。

満足げに舌をしまおうとしたとき、カメレオンはふと樹の下に何かを見つけた。ヒトが落としていった写真か。何気なくそれに目をやって、彼は樹から落ちそうなほどの衝撃を覚えた。

そこには美しい女カメレオンの姿が写っていた。輝くほどの、絶世の美女であったのだ。

【続く】

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