ひとがた幽

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送り火の都

 地の大穴が開いて百年。そこから出でる魂魄は尽きることなく、現世の霊気は濃くなりすぎた。  大気に溶けたそれは、濃くなれば自我の殻を侵す。故にこちらからも魂魄を捨て、濃度を保つしかなかった。  大穴の淵、死の山は深い霊気の霧に覆われていた。  贄ヤルマが咳をすると光の粉が彼の喉の底から湧き上がった。 「近いな」ルルの国の監督官、鱗鎧のドルヴァノはそれを見て呟いた。 「君も覆面を締めておきたまえ、身投げの前に野垂れ死にしたくなかろう」 「こんなとこまで誰も来ねえよ」

    • 瞼の裏の虹

      カメレオンは激怒した。 「写真みたい」目の前のヒトが確かにそう言ったからだ。 カメレオンは自分の肉体を愛していた。 青い空、白い雲、眩い緑… そういう自然の美しさに張り合うように自分の色を千変万化させるとき、彼はかえって自分とこの自然との調和を感じることができた。 そしてカメレオンはヒトが嫌いではなかった。いつからか森で見るようになった、身体が大きいだけで賢ぶるサルどもであったが、彼らが自分の意志で色とりどりに着飾ることを、カメレオンは知っていた。その点でヒトには親

      • 四号車、暗黒専用車両

         いつの間にか目の前に枯木が座っていた。  座るのだから本当の木ではないのだろう。だが細く奇妙に歪んだ灰色の体躯は人型でありながら明らかに人ではない。枯木と表現するのが最も良いように思えたのだ。  私は呆気に取られた。ほんの少し考えて、私はついさっきまで仕事帰りの電車の吊革に掴まっていたことを思い出した。夢か。そう思いたかったが、五感すべてに奇妙な現実感があった。そもそも私は、立ったまま眠るなんて器用なことはできなかった。  その時、目の前の枯木がゆっくりと蠢いた。「…

        • 狩りは一途に恋の矢の如く

          「鳥」は光を遮り、灰を落とした。街に死を振り撒いた。だから嫌われた。 街の人間は誰も「鳥」を見ようとしなかった。でも私は見ていた。ずっと見ていた。何故だか飽きなかった。 だからだろうか。その人が現れたとき、私ははじめ彼を鳥だと思ったのは。 「『鳥』が好きかい」 彼は私にそう声をかけた。だから人間だとわかった。 見てて飽きないの。 私はそう答えて彼を見た。彼が纏った長い襤褸は鳥の尾羽のように長く、その背中には翼のようなものが見えた。 「そうか、やっと見つけた」 言うが早いか彼は

        送り火の都

          分かてコンクリートの新芽

          俺はゴーストタウンのコンクリートジャングルにいた。 「人気のないビル街にいた」んじゃねえ。 文字通りだ。この町はビルが森みてぇに増えるしそこらには化け物もいる。 もっと正確に言おう。建物同士が互いを混ぜこぜにした「子ビル」を作って、そこいらに「入居者」を模倣して混ぜたキメラが居着いてやがるんだ! だからここいらに踏み込むなら武器は必須だ。 キシャアア! …BANG! 雄叫びのした方へ銃を撃った。死体を見るとネコとヘビとのキメラだ。両方ともどこかのペットだろう。こんなのばかり

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          エルの紋章

          祈り終わった検分士は改めて現場を見渡した。 凄惨な光景だ。 目の前では魔法学者のモーガン・レヴィットが机に向かったまま死んでいた。殺されたのだ。 執務室にかけられていた何本もの魔法杖はなぎ倒され、色とりどりの石が床に散らばっている。 「レヴィット教授…どうして」 検分士は呟いた。彼はレヴィットに師事したこともあった。故に今度の事件は流石の彼も動揺が隠せなかった。そしていつもの叫び声も、一層煩わしく聞こえたのだった。 「検分士様!私は見たのでございます!」 気ぶりのモルテア。彼

          エルの紋章

          うろくずの姫はひとり心泣く

          彼はどうしてもその女の声が欲しかったのだ。 彼は闇夜に紛れて、書院造の建物の中の女を見た。細い指も長い髪も彼は興味がなかった。彼は素晴らしい躯を持っていたからだ。魔女の元に足繁く通ってかき集めた。十の山に君臨する大猿の顔。百の社に祀られる蛇神の尾。千の話に語られる人喰い虎の腕と脚。万の配下を従える大化け狸の腹鼓。 だが声は。声だけは。 ─ あの時魔女は確かに彼に言った。 彼女は…その化け物は、自分の美しい声と引き換えにその脚を得た。いや、借りたのだと。 「あの化け物め、全

          うろくずの姫はひとり心泣く

          ニセモノ竜騎兵と最後の晩餐

          毒竜は怒り狂い、生贄の娘を投げ出すように吐き出した。 生贄は生贄でなかった。その右腕に噛みついた瞬間に分かった。こいつは人形だ。 人間共め!どんな小細工を使ったか知らないが、この俺を人形などで欺こうとは。彼は住処の泉がある洞窟の外を睨み付けた。光が差し込んでいる。 毒竜は娘に目もくれず、洞窟の外へと飛び出して行った。小賢しい人間共を引き裂いて、この俺を騙そうとしたことを後悔させてやる。 外の光は久しぶりだった。彼は一瞬目が眩んだが、構わず怒りのままに咆哮を上げた。涎が地面に落

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          「魑魅魍魎」が読めないヨーカイ

          爽やかな朝。私は学校の門をくぐる。 いつもの友達が挨拶してくる。白い肌、黒い肌様々な見た目だ。我が学園もグローバル化の波を受けているのか?そうではない。 次に来たのは真っ赤な肌のリンだった。背は180センチ、角も二本生えている。 「おっはー!ユリエ」 「おはよう!…どう、そろそろ馴染んできた?」 「うん、もう大変だった!急に身長でっかくなっちゃって服全部買い換えないといけないし。そもそもこいつのせいで服着づらいし」リンは頭の角を指で弾く。 「それくらいならまだいいわよ…」後ろ

          「魑魅魍魎」が読めないヨーカイ

          安楽椅子のレジスタンス

          「お願いします、どうか主人の死の真相を…」 目の前の婦人はさめざめと涙を流す。 「…婦人、お分かりでしょうが」 俺は棚の上に置かれた国家元首様の像にちらりと目をやる。 「『真相』なんて言葉は…その、よくない」 「あら…!ごめんなさい」 婦人は途端に青ざめた。慣れてない客はだいたいやってしまう。こういうときのフォローもプロの仕事だ。 「珈琲でも飲みますか?」 俺は国家支給品陳列棚へ向かうと、 「おっといけない!」 棚に詰まった物品を下にぶちまけた。わざとそうしたのだ。棚の上の国

          安楽椅子のレジスタンス

          メカニカル・ピルグリム

          「おい、そちらに何かあったか」 「いやダメだな…もうガラクタしか」 薄暗い部屋で、二人の泥棒が仕事をしていた。 泥棒。そう泥棒だ。だがそれを咎めるものはいない。とうの昔に滅んでいたからだ。 「こちらもダメだ…このバッテリーはもう切れてるし、この記憶媒体は旧式すぎる」 「おっ!こりゃまだ動きそうだぜ」 一人の男が映像端末を見つけて電源を入れる。 『ロボットの生み出す新しい社会。低燃費で人間に代わる新たな労働力…』 「はん!胸糞の悪い!」男は広告の流れる装置をへし折って破壊する。

          メカニカル・ピルグリム

          延命治霊

          「ですので、貴方にはこれより違う人生を歩んで頂きます」 目の前の怪しげな男…霊能者の説明は妙に的を射ない。そもそもおかしい。何故いかにもな霊能者野郎の隣に白衣のオッサンがいるんだ。不自然すぎる。それも俺は寝起きだ。ただの寝起きじゃない。「永遠の眠り」から覚めたところなんだ。 「あなたが寒い中外で寝ていて凍死した浮浪者な事は分かっています」 悪うございました。私この度クソ社長のせいでクビになりまして貧困で家を無くし、厳冬の野外で一夜を明かそうとしたらそのまま目覚めなかったんでご

          マネー・竜ダリング!

          「親分…どうしやす?これ」 昔々あるところに二人の男がいました。髭面の親分とのっぽの手下。職にあぶれて泥棒に身を落とし、今日は彼らの初仕事。夜の闇に紛れてどうにか街の貴族のお屋敷からこっそり宝を盗んだはいいのですが、彼らは大切なことを忘れていました。 「そうだよなぁ…売り払おうにもどこで売りゃいいんだ」 親分はたっぷり蓄えた髭を扱きながら考えていました。 目の前のお宝にはしっかり貴族の家紋が刻みつけてあります。これだと当然街の質屋では売れません。潰してただの金塊にしようにも小

          マネー・竜ダリング!