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Herbie Hancock : Maiden Voyage

久し振りに『Takin' Off』(62年)を聴き返してやはりイイなぁと思ったので、続けて Herbie Hancock をさらに見直しレビュー。
今回は Herbie 5枚目のリーダー作にしてジャズ名盤中の名盤『Maiden Voyage』(65年)を(過去ログ)。

布陣は Herbie Hancock (p)、Freddie Hubbard (tp)、George Coleman (ts)、Ron Carter (b)、Tony Williams (ds) と『Takin' Off』と同じく ピアノ + 2管 + リズムセクション という編成だがメンツが Freddie を除き Miles Davis コンボ経験者に様変わり。

この頃の Miles バンドは64年に途轍もないライブを演り(後に『My Funny Valentine』(65年)と『Four & More』(66年)としてライブ・アルバムをリリース)、65年に『E.S.P.』をリリースした俗に言う第二黄金クインテット(64-68年) の時期。

そこから Ron & Tony という最高のリズムセクション、The Jazz Messengers で Wayne Shorter とともにモードを実践した Freddie Hubbard、Miles のもとで Wayne の前任者であった George Coleman という最高のメンバーをむかえ、全曲 Herbie オリジナル・ナンバーで臨んだもの。

あえて Wayne Shorter でなく George Coleman を選出したのは、個性の強い Wayne ではなく旧いタイプのソリストである Coleman の方が Herbie の思い描く世界観を実現するには向いてる(と考えた)のだと言われている(でも一説によれば Herbie は Coleman があまり好きではなかったという話もあり)。

ジャケットを手掛けたのは『Takin' Off』と同じく Reid Miles、アルバム・タイトル『Maiden Voyage』から連想される颯爽とした船出をイメージさせる清々しいもの。名盤に素晴らしいアートワークは必然なのだ。

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曲名をよくよく見るれば判る、全て海洋の情景をイメージさせるタイトル。おそらく Herbie の中には具体的なコンセプトがあって、アルバム・ジャケットも含めそのコンセプトに基づいてタイトルやテーマを考え、息のあう旧知のメンバーによって彼のストーリー/世界観を構築したものと思う。

いつ聴いても革新的で永遠にモダンであり、以降のジャズへの影響を考えるとその普遍性も揺るぎない。初めてジャズを聴く人でもこの良さは判ると思うし、充分聴き込んでもあらためてその凄さを感じる稀有なアルバム。
いざレビューへ。

アルバム・タイトルでもある (1)『Maiden Voyage』はジャズ・スタンダードとして多くのアーティストにカバーされ、wiki によれば Herbie 自身が書いた全ての楽曲の中でもお気に入りとのことで、自他共に認める名曲(Hip-Hop で言うところの「クラシック」)ですね。

冒頭、ピアノの 7th コードと華麗なシンバル音が流れ出てきた途端、目の前にサーッと海岸線が浮かび、爽やかな潮の風を運んで来る。そこに意図したものなのでしょう、トランペットとテナーもエッジが柔らかくどこかしら茫洋としたロングトーンが、朝靄の中、壮大な海とその海に向かう真新しい船を想起させる。目を瞑ると本当に情景が浮かんで来る。

George Coleman のテナー・ソロも良いですが、Freddie Hubbard のトランペットが海上を自由に舞うカモメにも似ていて、最初は期待とともに不安もあるがやがて自信とともに力強く唄うかのような構成力が実に素晴らしい。
Herbie のピアノは終始抑制されていて決してアツくならないが、ヴォイシングが瑞々しくて今でも新鮮に聴こえる。

音楽技術理論的には完全4度で進みながら少しずつ万華鏡のように変化するモードだとか、4ビートでも8ビートでもないリズムだとか色々あるようですが、そんな理論など分からずともこの楽曲の良さは充二分に感じられるはず。誰かが言っていたのだが、まさに「音で絵を描く」という表現が当てはまる。

(2)『The Eye of the Hurricane』は「台風の目」とあるように一転してアップテンポの4ビート。Tony Williams の緻密なシンバル・ワークと印象的なテーマで始まる。ハーモニーやリズムが結構複雑で、海原に出た船の最初の試練を思わせる。

すぐに Freddie のトラペットが自由度の高いビバップなソロを披露、途中からその背後では Herbie のバッキングがややフリーっぽい感じで胸騒ぎを誘う。ウマイねぇ。それを引き継ぐ Coleman も大変よい。嵐に揉まれて立ち向かう男がいる。

Herbie のソロもそのトーンを崩さず理知的なんだけど暴力的な側面もあって彼らしさが出ていると思う。そして常に緊張感を保ち続ける Tony のドラムと Ron Carter のランニング・ベースの存在もこの楽曲の影の立役者だ。

(3)『Little One』では落ち着いたピアノ&ベースに2管が静かに語り始める。嵐が過ぎ穏やかな波に戻った感じか。トランペットとテナーの絡みがステキだね。泣きのバラードではないけれどもリリカルなピアノの美しさは格別でこれは Herbie の得意とするところ。

最初は Coleman のソロ、スムーズで安定感あるね。続く Freddie は伸びやかに音が鳴っていて、静かな曲調だけに一番印象に残るのは彼だったりする。

Herbie のバッキングは派手ではないけれど単調にならないよう工夫しているし、ピアノ・ソロはエッジが優しく流れるように弾いていて静と動の「静」を演出してる。Ron のベース・ソロも組み込まれてますが掻き乱すことなく、最後のテーマへと戻ってゆく。

タイトルは大海原にポツンと浮かぶ一艘の船、といったところでしょうか。

(4)『Survival of the Fittest』とは日本語意訳としては「適者生存」と表記され、「哲学者の Herbert Spencer が1864年に『Principles of Biology』で発案した造語・概念であり、当時から広く知られ様々な人に影響を与えた。 この考え方を知った Charles Robert Darwin は『種の起源(On the Origin of Species)』の第5版(1869年)で採り入れた」のだそうな(wikiより)。

いかめしいタイトルとフリー・ジャズ寄りの楽曲から想像するに、再び海が荒れてきて命を掛けて生き残りを図ろうとする姿、自然淘汰を良しとせず本能的に抗う強い生命力、を表現しているのでしょうか。

正直なところフリーはあまり得意でないのでレビューを書きにくいのですが、各プレイヤーの資質が出やすいフォーマットでもあるので、楽器の鳴り(響き)や瞬発的なフレーズの閃きを聴くですかね。

楽器の特性もあると思うけど Freddie のトランペットが高めの音域と肉声のような生々しさがあって一番際立つ存在。特にソロ冒頭のフレーズはカッコいいよね。それと較べると Coleman のテナーは圧が弱い印象で頑張ってはいるけどきっと得意じゃないんだろうなと思ってしまう。

Herbie もフリーキーというか前衛的というか自在に弾きまくってるけど、でも一番自由に演ってるのは Tony なんじゃないでしょうか。ソリストの背後でプッシュして煽ったと思えば引っ込んだり派手なフィルインを入れてアクセントを付けたりドラム・ソロを入れたりとやりたい放題。最後のクロージングも効果的。この時 Tony は20歳。

ラストの (5)『Dolphin Dance』もジャズ・スタンダードと言ってよい名曲ですね。ミディアム・テンポ、メロウで優しく自然なメロディがとても心地良いですが、コードがかなり複雑で実は難易度の高い楽曲。

シンプルでメロディックなテーマというかモチーフが繰り返されることで判りやすさと統一感があり印象に残る構成でジャズ入門者にも聴きやすい。と言いつつコードが一筋縄ではないゆえに単純ではないというか心地よく濁ってるというか、メジャーともマイナーとも表現できない豊饒で高度に洗練された仕上がりでふくよかな気分になる。

Freddie のソロはアタックの強い音と優しいフレーズを織り交ぜて聴き応え充分。Coleman はおそらく彼の得意とする旧来のオーソドックスなモダン・ジャズ・フォーマットのためか非常に魅力的でこのアルバムで一番のプレイかと。それゆえか Herbie のバッキングも冴えてる気がして、そのまま典雅でリリカルなソロへと突入する。

荒波を超え、穏やかな海で帆を下ろした船の周りでイルカが優雅にダンスをしている情景かと。やすらぎと充実感・幸福感に満ちている。

収録曲は全5曲、42分強。
最後の『Dolphin Dance』を聴き終えると自然と『Maiden Voyage』を聴き返してしまう。

1965年とえいばジャズが伝統的なモダン・ジャズから「モード」という新しい概念・手法の導入が進んだ頃、一方 ポピュラー音楽では The Beatles『Yesterday』/ The Rolling Stones『(I Can't Get No) Satisfaction』/ Bob Dylan『Like a Rolling Stone』/  The Impressions『People Get Ready』/ James Brown『Papa's Got a Brand New Bag』などが続々とリリース、ロック・ビッグバンと言っても過言ではない年で、そんな時代の変化の息吹がパッケージングされた超名盤。

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