見出し画像

Herbie Hancock : Speak Like a Child

さらに続いて Herbie Hancock 6枚目のリーダー作『Speak Like a Child』(68年)を再レビュー(過去ログ)。

前作『Maiden Voyage』(65年)はジャズ史に名を刻むエポック・メイキングな作品でしたが、今作もそれと双璧を成す超名盤。どちらが好きか評価を二分しますが、あくまで個人の趣味嗜好であって、Herbie Hancock を聴こうという人は必ず2枚まとめて購入すべし。それ以外の選択肢は認めない!!(笑)

パーソネルは Herbie Hancock (p)、Ron Carter (b)、Mickey Roker (ds)、Jerry Dodgion (alto flute)、Thad Jones (flugelhorn)、Peter Phillips (bass trombone) というジャズ的には変則ホーンなセクステット。

3年前の前作からベースの Ron 以外は全員代わっていて、トランペットとテナーの2管が抜け、アルト・フルート / フリューゲルホーン / ベース・トロンボーンという柔らかくて音の重心を下げた3管が参加。
単純な前作の延長・再生産ではなく、より一層 Herbie の思い描く風景を忠実に描写するために編成されたメンバーでありおそらく Herbie 自身が全てをコントロールすることを望んで組まれたコンボ。

ジャケットは夕陽にキスする二人のシルエットというロマンチックなもので、写真の二人は Herbie Hancock 本人と当時はまだフィアンセだった Gudrun ‘Gigi’ Meixner (現夫人)だそうです。

画像2

ちなみにアルバムの裏面はコレ。wiki には "represent here a childlike, but not childish" との記述がある。Herbieは "無垢で純真ではあるが、大人げなく幼稚ではない" ということを表現したかったと(1968年はベトナム戦争が最も苛烈な年であり、ケネディ大統領の暗殺(63年)がまだ記憶に新しいという時代背景でもある)。

画像2

全6曲、37分強。前作は全5曲 Herbie によるものだったが、今作は3曲めの『First Trip』がベース Ron Carter による作曲で、他5曲が Herbie のオリジナル・ナンバー。

一般的なジャズではホーンによるソロ(アドリブ)が魅力の一つとされますが、ここでは基本的にホーン・ソロはなく、あくまで「和音」を奏でる存在としてアンサンブルに徹している。トランペットとテナー・サックスでは肉感的過ぎて存在が主張されてしまうので、柔らかくて淡いトーンの3管を使うことで、主役はピアノ・トリオでありそこに彩りを添えるものとして機能させている。

(1)『Riot』「暴動」と名付けられた Herbie オリジナル曲は、彼が Miles Davis クインテット在籍時のアルバム『Nefertiti』(68年)が初リリース。1年も経たずして自らのリードアルバムで再演したのは、楽曲としての出来もさることながら自分の思うアンサンブルで演ってみたかったんでしょうね。

不穏な空気を身にまといながら始まり、エッジが柔らかくどことなく靄の掛かったような3管がミステリアスなテーマを吹き始める。Miles バージョンではテーマの後に Shorter の短いアドリブを経て Miles のソロへと入って行きますが、こちらは当然ながら Herbie のソロへと展開される。
途中で差し込まれるホーンはアドリブではなく事前に練られたフレーズで、これによって新たな色彩が加わってくる。

終始緊張感を保ちながらスリリングにコマを進める Ron Carter & Mickey Roker のリズム・セクションが良い。個人的には Roker のシンバルワークより、Miles コンボ Tony Williams のラフな鳴りの方が好みなんですが。

(2)『Speak Like a Child』はアルバム・タイトル曲。ボザノヴァのようなビートに優しいメロディが華麗なしっとりした超名曲。
気軽に聞くと映画音楽のような美しい情景とメロウな音が流れて行きますが、ジックリ聴けば結構難解なテンションの効いたコードが多用されていて、実は難易度の高い楽曲だったりする。

Herbie 自身が「シンプルなメロディ、伝統的なコード・パターン、割り切れないハーモニー」と説明しているとのことで、まさしくその通り。

ここでメロディを担当しているのが3管で、聴きようによっては主旋律を歌う主役とも言えますが、3管が反進行や斜進行で吹かれていてそれがふくよかな音(割り切れないハーモニー)を形成しているのがミソ。

おそらくこのアイデアはトランペットとサックスのような "地声の強い人たち" ではなく、アルト・フルート(木管)の柔らかさや金管だけど太くて深みのあるフリューゲルホーンなどを配置することで出来るもので、ここにこの編成の意味がある。

そしてその上を Herbie のピアノがシングル・トーンで華麗にアドリブを繋いでいく。カッコイイ!! 抱かれたい!!(笑) 陽が沈む頃にジャケットを眺めながらしっとり聴いてくださいまし。

(3)『First Trip』のみが Herbie 以外の作曲。これは Miles Davis 第二期クインテットの盟友ベーシスト Ron Carter のペンによるもので、典型的なアップテンポ・ジャズ。

これもテナー・サックスを吹く Joe Henderson のアルバム『Tetragon』(68年)に収録されたのが先で、今回すぐに吹き込み直したもの。テナーが吹いていたテーマを Herbie がピアノで弾いていて、Herbie バージョンの方がだいぶBPMが高い(速い)。

いわゆるジャズのスウィンギーでゴキゲンなヤツってやつですね。Herbie のコロコロ転がるピアノと Ron のブンブン突き進むランニング・ベースがめっちゃ気持ち良いです。
Herbie が生真面目でオンタイムなビート感覚に対して  Ron がファンキーというと言い過ぎだけどグルーヴィーなリズム感があって、Mickey Roker のキレのあるドラミングとあわせて素敵なピアノ・トリオとなってる。
今回3管はお休み。

(4)『Toys』では再び3ホーン登場、冒頭から複雑なハーモニーを聴かせる。綺麗なメロディなんだけどキレイに割り切れないテンションなのでどこかしら不安定というか浮遊・不安を感じさせるテーマ。Gil Evans からの影響云々も成程と思わせる。
ドラムのスーチャッチャ、スーチャッチャもミステリアスでよし。

中盤のトリオ編成での演奏は安定していて、個人的には Ron のベースはこのテンポが一番シックリ来るかな。典型的な4ビートですが、適度な粘りと強靭かつしなやかさがあって、このネバッこい腹の据わったビートの上を Herbie がブルージーなトーンで自在なソロを聴かせてくれます。

(5)『Goodbye to Childhood』は重々しく荘厳なホーンとベースで幕開け。不安感でいっぱい。タイトルも意味深で、いつまでも子供のままではいられないという宣言なのでしょうか。

テーマが終わると、空間を意識したアンサンブルで、音数を抑えて感情をウチに秘めたかのような演奏が始まる。緊張感があり夜露に濡れたようなピアノも素敵ですが、個人的には Ron のベースが影の主役と思います。
リズム・ボトムというよりは、ピアノと並走しつつも自由度の高い演奏をたっぷりと聴かせてくれ、ベース・プレイヤーとしてのイマジネーションを堪能できます。

wiki によれば Ron Carter は 2221 回のレコーディング・セッションに参加し、ジャズ史上最もレコーディングの多いベーシストなんだそうです。

ラストの (6)『The Sorcerer』も初出は Miles Davis の『Sorcerer』(67年)で、Miles のトランペットと Shorter のテナーが双頭のように絡み合うのが印象的でしたが Herbie のピアノ・トリオではどうなるのか。
(アルバム・クレジット上は(3)『First Trip』のみがホーンなしのトリオ編成となっているがこの『The Sorcerer』もピアノ・トリオの曲)

確かにテーマは同じメロディとはいえ、管楽器と鍵盤では響きが全く違うしドラムのビート感もだいぶ違うので、全く別の楽曲になってるね。
Miles バージョンの方がスリリングで、こっちの Herbie バージョンは軽快という表現でしょうか。ミキシングのせいもありますが、こちらの方が Herbie が伸び々々とスウィングしていて楽しそう。まぁそもそも曲調が違うし、何よりコワイ親分がいないしね。

以上です。最後にもう一度繰り返すけど『Maiden Voyage』(65年)と『Speak Like a Child』(68年)は2枚セットで。それ以外の選択肢は認めません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?