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寂しさに唇寄せて、

「ごめん、急いで終わらすから、ちょっと仕事させて」

 3週間ぶりに私の部屋に来た彼は、そう言って早々とデスクを占領してしまった。お気に入りのりんごマークのパソコンに向かう彼の背中を、もうかれこれ2時間くらいは見ている気がする。

 先ほど差し入れに買ってきたコンビニのアイスコーヒー(本当は私が飲みたかっただけなんだけど)を渡した時も「あぁ、さんきゅ。」って画面に向かって呟いただけだったし、もうすっかり氷が溶けて2層になっちゃってるし、あぁ、時計も0時を回ってしまった。ひたすら待ちぼうけ状態の私はといえば、先にシャワーも浴びて、髪もすっかり乾いちゃって、ミルクとガムシロップをふたつずつ入れた甘いコーヒーも全部飲み切っちゃった。

 久しぶりに会えたのに、まーくん、ちょっとひどいよね。膝の上にのぼってきたぽん太に心で話しかける。喉元を触ってあげるとぽん太は気持ちよさそうに目を閉じて、しばらくすると私の指をペロペロ舐めてきた。ひーには僕がいるでしょ?って、言われたような気分。

 彼の横顔をそっと窺う。彼がかけている黒縁フレームのメガネは、1年くらい前に私がプレゼントしたものだと気づいてちょっとだけ嬉しくなった。3Dとか設計とか楽しそうに話してくれたから、目を大事にしてほしくて選んだブルーライトカット仕様。

 黒縁メガネの奥に光る真剣な眼差し、大きな耳、うなじに並ぶ3つのほくろ。

 私は、彼の横顔が好きだ。顎に添えられた左手に、触れるか触れないかの唇が際立って見える。

 ・・・キス、したいな。

 前にしたのはいつだっけ。もうすっかりご無沙汰な気がして、また寂しい。けれど、さっきのコーヒーのせいで口の中が甘いから、きっとまーくん、キスしてくれない。寂しい気持ちにこれ以上気づかないように、もう一度、ぽん太の頭を優しく撫でた。




 気配を感じて目を開けると、メガネを外したまーくんが目の前にいた。私はいつの間にか、座ったままで眠っていたらしい。

「ごめん、起こしちゃったか」

「ううん・・・もうお仕事終わったの?」

「ああ。・・・ごめん、怒ってる、よな。」

「そんなことないよ?お仕事なら仕方ないもん、」

 寝ぼけていた頭がだんだん起きてきて、触れられる距離に彼がいること、彼がちゃんと私の方を見てくれていることを実感できた。そっと彼の手を握る。それさえも少し緊張したけれど、柔らかく握り返してくれて安堵した。

「怒ってないけど、・・・寂しかったよ」

 あぁ、言っちゃった。さすがに彼を直視することはできなくて、握ったその手に視線を落とす。わずかな沈黙のあと、彼の右手が伸びてきて頬に添えられた。視線がかち合う。いろんなことが久しぶりすぎて、いちいち心臓が煩い。

「寂しくさせてごめんな。」

 いつになく悲しそうな顔で言うから、何も言えずにただ頷いた。そんな顔させたかったわけじゃなかったのに、って、心の中で反省。

「でも、・・・そう思ってるのはひーだけじゃないから。」

 ドクッと大きく脈打つ心臓。音もなく、じわりと近づいた距離。キスされる、と思って反射的に目を閉じたら、案の定軽く触れ合う唇。

 なんだか、キスの仕方も曖昧にしか覚えていない感じ。けれど、触れた彼の唇もわずかに震えていて、また安心した。

 一度離れて、至近距離で見つめ合う。どちらからともなく微笑んで、もう一度。握った右手を、手探りで繋ぎなおす。キスの仕方、思い出した。

 先程より長くて熱い2回目。気づかないうちに少しずつ、すれ違っていた気持ちを分かり合うのには十分だった。




(・・・ひー、甘い。)

(あっ・・・ごめん。でもまーくんは苦いよ?)

(ふふっ、ごめん。)

(でも、まーくんとキスしてる感じがわかるから嫌いじゃないな、苦いの。)

(・・・俺も同じこと思ってた、今。)

(ほんと?じゃあ次はもっと甘いやつ飲もうかな・・・)

(あっ、いやそれは・・・)