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『卒業式と筆箱』小学校時代にグレていた同級生が「本来の優しさ」を取り戻した話

以前の投稿で、僕が小学校の高学年の頃に父が亡くなったとき、担任のN先生(男性)がふらっと家へ立ち寄り「どないしてるんや?」と顔を見にきてくれた話を書いた。

N先生は、当時三十代半ばだったと記憶している。

喜怒哀楽がもろに出るタイプで、全てをさらけだす分、生徒からの人気が高かった。

僕が小学校5年、6年のときに担任を受け持っていただいたのだが、クラスメートに素行の悪い男子S君がいた。今回書くのは彼の話。

S君のお母さんは早くに離婚しており、彼はお母さんとふたりでアパートに暮らしており、たまに僕は彼のおうちへ遊びに行っていた。

S君は、癇癪持ちで僕はいつも彼が怒り出さないかビクビクしていた。周囲の友だちも「Sは、いつキレるかわからない」と少し距離を置いていた。

学校で窓ガラスを割ったり、問題行動が多く彼は「注意して見ておかなければならない生徒」と思われていたはずである。

そんなS君と真っ向から向き合ったのが、N先生だった。

先生は熱血漢なので、S君が悪いことをした瞬間、全身全霊で叱った。ときに涙ぐみながら「なんでお前は、そんなことをするんや!」と怒りをあらわにする。

最初は反抗的だったS君だが、6年に進級したときには様変わりしていた。

かつては定期的に癇癪を起していたのだが、それがピタリと止まった。優しく思いやりのある人間に変貌したのである。

最初は、人がちがったように振る舞い始めたS君に戸惑っていた僕らも、それが彼、本来の性格であることに気づいた。

S君は寂しかったのだ。

自分と向き合ってくれる大人がおらず、それで「試し行動」のような困らせる行為に走っていたのかもしれない。

人間、無視されるのが一番堪えるというが、無視することなく自分と対峙してくれるN先生が現れたことは彼の心を癒したのだろう。

うちも父親がいなかったのでわかるが、彼はずっと父性を求めていたのではないだろうか。

S君のおうちは裕福とはほど遠く、彼はいつもボロボロの筆箱を使っていた。

小学校の卒業式のあと、N先生はS君に近づくと「2年間よう頑張ったな。いっぱい怒って悪かったな。これお前にやるわ」とピカピカ光る皮の筆箱を手渡した。

S君は筆箱を手にしながら涙をこらえていたが、やがてワンワン泣き出してしまった。

N先生も目に涙を溜めていた。

お互いに別れが寂しくて寂しくて、しかたなかったのだろう。

S君とは中学校1年で同じクラスになったのだが、授業中、彼が大切に使っている筆箱を見る度に、僕はN先生のことを思い出すのだった。

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