見出し画像

HSPやINFJは「自分の悲しみに気づく力」を養うことで「怒る」を手放しやすくなる

怒りは二次的な感情で、一次感情は悲しみである。

世間で怒っている人を見ると「怒り以外の表現方法を知らないのかもしれない」と思うようになった。

怒っている人の本音は「自分がどれだけ悲しいのか、どれだけ傷ついかのかを理解もらいたい」である。

20代の頃、接客業のアルバイトをしていた頃、お店へクレームの電話がかかってきたことがあった。僕が対応することになったのだが、電話をかけてきた男性の話に耳を傾けて相槌を打ちながら謝罪をし「それは辛かったでしょうね」といった言葉を掛けていると、その男性はだんだんと穏やかになっていき「きつい言い方をして申し訳なかった」と謝罪の弁を口にした。

状況にもよるが、人の怒りは「自分の気持ちが伝わった」と感じると収束しやすい。

これはあくまで僕の所感なのだが、総体的に男性の方が悲しみを表現するのが苦手である。

だからこそ怒るという選択をとりやすい。

もしその人に内省する習慣があり「今、自分は悲しんでいる」と気づくことができれば、相手に怒りの鉄拳を振るうのではなく「自分はこれだけ悲しい思いをしたのだ」を伝えられるのではないだろうか。

怒りをぶつけられた側は「攻撃された」と感じ、防衛するようになる。自己防衛から怒りが生じて、怒り合戦という喧嘩に発展するのもよくあることだ。

人が怒ると、アドレナリンなどの興奮物質が出る。そして怒りの表現によって、相手をコントロールすることもできる。怒りは甚大なエネルギーがあるので、使い方によっては便利な感情なのだろう。

しかし、こういったことに味を占めた人ほど「怒る」というカードを手放せなくなる。結果「悲しみを伝える」のが苦手になる。

今の日本は悲しみを抱えている人であふれているように映るが「悲しいんです」と伝えられている人は、多くないだろう。

「悲しみ」をそのまま表現できるようになれば、今より争いが減るかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!