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2023年ベスト本

遅ればせながら、2023年に読んだ本の中から好きだった10作を紹介したいと思います。紹介は読了順です。

植物少女

朝比奈秋/朝日新聞出版
第36回三島賞受賞

美桜が生まれた時からずっと母は植物状態でベッドに寝たきりだった。小学生の頃も大人になっても母に会いに病室へ行く。動いている母の姿は想像ができなかった。美桜の成長を通して、親子の関係性も変化していき──現役医師でもある著者が唯一無二の母と娘のあり方を描く。

朝日新聞出版

生と死、命の重み。小説はこれらをテーマにした作品が多い。誰もが生き、そして死にゆくことから避けられないからだ。読者が他人事と放り出さずに自分事と考える。そして実際、考えやすいテーマである。
そんな作品はいくつも読んできたが、中でも『植物少女』は一番「生きる」とは何か、を教えてくれた作品だと感じた。

表紙の花が裏表紙では枯れている(色味が無くなる)ところも、この作品を好きになった要素の一つだ。

皆のあらばしり

乗代雄介/新潮社
第166回芥川賞候補

ぼくと中年男は、謎の本を探し求める。三島賞作家の受賞第一作。幻の書の新発見か、それとも偽書か――。高校の歴史研究部活動で城址を訪れたぼくは中年男に出会う。人を喰った大阪弁とは裏腹な深い学識で、男は旧家の好事家が蔵書目録に残した「謎の本」の存在を追い始めた。うさん臭さに警戒しつつも、ぼくは男の博識に惹かれていく。ラストの逆転劇が光る、良質のミステリのような注目作。

新潮社

純文学でありながら、話のテンポはミステリさながらのわくわく感がある。
この作品は何かを本気で学ぼうとしている方、挑戦しようとしている方にぜひ読んでもらいたい。読後感は清々しい爽やかさがありながら、この先大切にしたくなる「信条」ともなり得る考え方のヒントがあちらそちらに散りばめられている。

ヘヴン

川上未映子/講談社
芸術選奨文部科学大臣賞受賞
第20回紫式部文学賞受賞
2022年ブッカー国際賞 最終候補

<わたしたちは仲間です>――十四歳のある日、同級生からの苛めに耐える<僕>は、差出人不明の手紙を受け取る。苛められる者同士が育んだ密やかで無垢な関係はしかし、奇妙に変容していく。葛藤の末に選んだ世界で、僕が見たものとは。善悪や強弱といった価値観の根源を問い、圧倒的な反響を得た著者の新境地。

講談社

読書中ずっと苦しかった。読み終えた時、読み始めた時よりもずっと本が重く感じた。
人の心を的確な"言葉"で描写することはとても困難なことだ。『ヘヴン』はいじめられている人の心情が伝わるだけで無く、その人間性まで読者に伝わった。そう考える人だからこの行動に繋がった、という矛盾の無さも良かった。
重苦しく辛い物語でも読むことから絶対に避けてはならない。できることなら一人残さず全員に読んでもらいたい。

鳥がぼくらは祈り、

島口大樹/講談社
第64回群像新人文学賞受賞

高2の夏、過去にとらわれた少年たちは、傷つき躊躇いながら未来へと手を伸ばす。清新な感覚で描く22歳のデビュー作。
日本一暑い街、熊谷で生まれ育ったぼくら4人は、中1のとき出会い、互いの過去を引き受け合った。4年後の夏、ひとつの死と暴力団の抗争をきっかけに、ぼくらの日々が動き始める――。孤独な紐帯で結ばれた少年たちの揺れ動く〈今〉をとらえた、新しい青春小説。

講談社

昨年読んだ中で一番心に残ったのが『鳥がぼくらは祈り、』だった。タイトルから想像できる通り、この作品の文法・文体はとても独特だ。これは島口さんのデビュー作だが、選考に関わった古川日出男さんによると「文法の破綻した叫び」だそう。
いつの間にか変わっている視点、自分までもが物語の中の登場人物となっている、といった錯覚まで楽しい読書体験だった。

乳と卵

川上未映子/文藝春秋
第138回芥川賞受賞

初潮を迎える直前で無言を通す娘と、豊胸手術を受けようと上京してきた母親、そしてその妹である「わたし」が三ノ輪のアパートで過ごす三日間の物語。三人の登場人物の身体観と哲学的テーマが鮮やかに交錯し、魅惑を放つ!

文藝春秋

関西弁の軽快な口調で物語は進む。読点の少ない文章に最初は戸惑いつつ、ラストシーンに大きく心が揺さぶられた。
所々に小学生の娘の日記が挟まれる。母と交差する感情に苦闘する姿に苦しくなりながらも、どこか過去の自分を見つめている気持ちになった。

たゆたう

長濱ねる/角川

「稚拙でも、独りよがりでも、矛盾していても、これが私の現在地です」。
アイドル活動を経て、ソロタレントとして活躍の場を広げる長濱ねるが、2020年から雑誌『ダ・ヴィンチ』にて3年にわたって連載をしてきたエッセイから21編を自ら厳選。日常の出来事や、親友や家族、大切な人たちとのエピソード、時には悩み事まで。いったりきたり考えながら、それでも歩みを止めずに進んできた日々を誠実に綴った、自身初のエッセイ集。

角川

時には趣向の違うものを、と思ってタレントさんのエッセイを手に取ってみた。
疲れることの多い現代社会、小説を読むパワーも起きずに眠ってしまうこともしばしば…。そんな時に長濱さんのエッセイはとてもおすすめだ。小説ほど長い文章では無いし、切りどころがつきやすいエッセイは寝る前の5分、出勤登校の隙間時間に最適な一冊だと感じた。文章もどこか安心感があり、頑張ろうと思わせるエピソードも多い。

父と私の桜尾通り商店街

今村夏子/角川

違和感を抱えて生きるすべての人へ。不器用な「私たち」の物語。
店を畳む決意をしたパン屋の父と私。引退後の計画も立てていたのに、最後の営業が予想外の評判を呼んでしまい――。日常から外れていく不穏とユーモア。今村ワールド全開の作品集!

角川

この作品は全6編入った短編集だ。どの作品も一つ、二つほどの違和感がある。"違和感"を生み出す天才・今村夏子の世界観を存分に楽しむことのできる一冊だ。気味の悪さや異常を覗き見したい時、この作品を読むだろう。

ひとり日和

青山七恵/河出書房新社
第136回芥川賞受賞

20歳の知寿が居候することになったのは、71歳の吟子さんの家。奇妙な同居生活の中、知寿はキオスクで働き、恋をし、吟子さんの恋にあてられ、成長していく。

河出書房新社

大人と言われる年齢になったはずなのに、まだ精神的には子供の頃から止まったままだ、と感じる時は無いだろうか。そう感じたことがある人に『ひとり日和』を捧げたい。
鬱屈とした時間が流れる中で、少しずつ成長していく何か。その何か、が書かれた作品である。静かに進む本作だが、読んでいる時よりも読後に作品の凄さを知る。

えーえんとくちから

笹井宏之/筑摩書房

「えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい」
「「はなびら」と点字をなぞる ああ、これは桜の可能性が大きい」

風のように光のようにやさしく強く26年の生涯を駆け抜けた夭折の歌人・笹井宏之。
そのベスト歌集が没後10年を機に未発表原稿を加え待望の文庫化!

筑摩書房

昨年、私に一番勇気を与えたのは『えーえんとくちから』だったと思う。短歌が沢山収録された歌集。一つお気に入りの歌集があるだけで、どれだけ心強いことか、以前までの私は知らなかった。たった31音の言葉が人を救う言葉に変わる。そんなことに感動した。
歌集といえば装丁に拘っている印象があり、値段も高いので手が伸びづらいかもしれないが、本作は文庫になっているので「騙された」と思って読んでみてほしい。明日、明後日、何年後か。いつになるか分からないけれど、いつかの自分を救う、支える31音があるはず。

窓ぎわのトットちゃん

黒柳徹子/講談社

※オーディブル

「きみは、ほんとうは、いい子なんだよ!」。小林宗作先生は、トットちゃんを見かけると、いつもそういつた。「そうです。私は、いい子です!」 そのたびにトットちゃんは、ニッコリして、とびはねながら答えた。――トモエ学園のユニークな教育とそこに学ぶ子供たちをいきいきと描いた感動の名作。

講談社

ベストセラーを読もう、と手に取ったのが『窓ぎわのトットちゃん』。黒柳徹子さんの子供時代の話を鮮やかな筆致で描いたもの。
くすっと笑えるところがあったり、助け合う児童の姿に感動したり、別れに泣いたり。優しい言葉で綴られるあったはずの日常からいつの間にか元気やら勇気やらもらっていた。これはたしかに傑作である。

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