対引きこもり用書籍リスト

無聊を慰めるために買った本のリスト。

せっかくなのでちょっと固めな本を読んでみようと思って、書店の陳列を眺めながら何冊か買ってみた。日本には日本語でアクセスできる古典的諸学者向け学術書が廉価な文庫版で手に入るというのが社会教育上の最大の強みだと思う。
「人が集まることのタブー」が緩和されたら、こういう作品を使って読書会をやるゼミっぽい事業を始めようと考えています。そのことは追々。

コンディヤック『論理学』

エティエンヌ・ボノ・ド・コンディヤック、山口裕之訳(2016)『論理学――考える技術の初歩』(講談社学術文庫)(de Condillac, Etienne Bonot, "La Logique ou les premier développements de l'art de pense",1780)
読了済み。知らない名前だったけど「最晩年に至って若者たちのために最良の教科書を記した」と裏表紙の内容紹介にあったので購入。
平易な言い回しのわりに盤石な地盤に立脚して書かれた文章なので講座向きだと思った。批評を入れやすく、かつちょっとやそっとではコケなさそうな感じ。
ニュートンをはじめ、当時の先端の自然科学の知見が散りばめられているのも興味深い。コンディヤックを援用したのがラボアジエとのことなので、高校の化学や生物の知識を対照させればほとんどキャッチアップできる。脱線のしやすさもサロン向きだと思う。

大木毅『独ソ戦』

大木毅(2019)『独ソ戦――絶滅戦争の惨禍』(岩波新書)
読了済み。2015年にノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』の、小梅けいとによるコミカライズの発売を記念して設営された独ソ戦コーナーにあったので購入。前職の社長がスターリンに似ていると自称していたり、演説で従業員を鼓舞したり、商売をイデオロギー闘争に仮託したりしがちだったなぁという懐古も添えつつ。
ミリタリーものはとかくミクロに行きがちで、その帰結として英雄譚だったり変態兵器紹介だったりが豊富に出現するのだけど、この著作では軍事行動に関しては大将麾下の軍レベル、個人名は元帥レベルが下限で、あくまで東部戦線を支配したイデオロギー的背景の解説がメインなのが印象的。ルーデルのルの字も出てこないので、そういうのを求める人は買わない方がいいと思う。

ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン『小学生のための正書法辞典』

ルートヴィヒ・ヨーゼフ・ヨーハン・ヴィトゲンシュタイン、丘沢静也・荻原耕平訳(2018)『小学生のための正書法辞典』(講談社学術文庫)(Wittgenstein, Ludwig Josef Johan "Wörterbuch für Volksschulen", 1925)
ヴィトゲンシュタインの2作の著作のうちの未訳の一冊という解説に魅せられて買ってみたものの、中身は本当に辞書(というか単語帳)だった!解説が50ページもあるのでそこは読み応えあり。大人しくドイツ語の辞書として使うことにしよう。実用するうちにヴィトゲンシュタインの意図が見えてきそう。

バートランド・ラッセル『哲学入門』

第3代ラッセル伯爵バートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセル、高村夏輝訳(2005)『哲学入門』(ちくま学芸文庫)(Russell, Bertrand Arthur William, 3rd Earl Russell "The Problems of Philosophy", 1912)
ラッセル・アインシュタイン宣言のアインシュタインじゃない方、床屋のパラドックスの元祖として知られるラッセルによる哲学入門書。全15章で各章がそれなりに独立しているので毎週一章ずつ取り上げると大学の授業が半期成立してしまうという便利な本。カリキュラムを組む方はラクだけど、受ける方からすれば単位を人質にされるのであまり取りたくないタイプの授業だと思う。
時代は飛躍するけど、「認識」や「分析」といったタームを通じて間接的にコンディヤックとのつながりを感じられるのが面白い。まだ読んでる途中なので、これからの展開が楽しみ。

加藤尚武編『ヘーゲル「精神現象学」入門』

加藤尚武編(2012)『ヘーゲル「精神現象学」入門』(講談社学術文庫)(Hegel, Georg Wilhelm Friedrich "Phänomenologie des Geistes", 1807)
いわゆる大著の解説付き本。先のラッセルは30歳くらいまではヘーゲルの影響をもろに受けていたのがその後で脱却したらしい。それを抜きにしてもドイツ観念論の始祖的なポジションにあって、近代的弁証法の源流にある「無視できない人」。
いきなり大著を読むのはたとえ翻訳であろうとしんどかろうと思ってガイド本にしたという次第。往々にして、気合の入った著作の翻訳は当たり外れのが大きく、特に出版年次が古いほど外れる確率が高い印象があるので(この点において岩波文庫は地雷原)、そのリスクを踏まえたチョイス。

ルネ・デカルト『方法序説』

ルネ・デカルト、山田弘明訳(2010)『方法序説』(ちくま学芸文庫)(Descartes, René "Discours de la méthode", 1637)
高校世界史の必須用語にして、「我思う、ゆえに我あり」の初出。コンディヤックと同じフランス人だけど、コンディヤックはジョン・ロック式のイギリス経験論に立脚するのに対して、デカルトは大陸合理主義の人。
合理主義そのものは既に乗り越えられて久しいものだけれど、そのエッセンスは数学や論理学の世界に生きているので完全に無視するわけにはいかないものなのかなぁくらいの認識でいる。そういった背景を抜きにしても、「署名だけは知っている」という著作を読んでおくのも良かろうというノリで購入した。

渡辺公三『闘うレヴィ=ストロース』

渡辺公三(2019)『闘うレヴィ=ストロース』(平凡社ライブラリー)
ここまでの哲学に則った文脈に沿えば構造主義の大家として位置付けるべきであろうけど、個人的経験に基づけばフランスにおける文化人類学(社会人類学ともいう)の代表的研究者としての印象が強い。少なくとも2つの観点の両方から味わうことができるかもしれないと期待して、特定の著作の翻訳ではなく生涯を一貫して記述した書籍を読んでみようと思った。

マルセル・モース『贈与論』

マルセル・モース、森山工訳(2014)『贈与論 他二編』(岩波文庫)(Mauss, Marcels "Essai sur le don: forme et raison de l'échange dans les sociétés archaïques", 1925)
レヴィ=ストロースからの文化人類学つながりで、この学問における最も源流に近い著作を読んでみようと思った。これと並んでブロニスワフ・マリノフスキの『西太平洋の遠洋航海者』も必ず言及されるのだけど、こっちは今世紀に入ってからのフルの翻訳がないらしい。
先のレヴィ=ストロースは借金玉氏が間接的に援用し、このモースの贈与論はプロ奢ラレヤー氏が直接に言及したりしていて、文化人類学は最近のライフハック系インフルエンサー(?)が得物にする機会を目にするようになってきた。こういう意味では直接読むと何かしら役に立つのかもしれないと期待したくなる。(個人的には、文化人類学的な考え方に立脚して研究をしていたので役に立たないはずがない)

網野善彦『日本中世に何が起きたか――都市と宗教と「資本主義」』

網野善彦(2017)『日本中世に何が起きたか――都市と宗教と「資本主義」』(角川ソフィア文庫)
網野善彦は以前に『日本の歴史をよみなおす』を読んだことがあって、同時代の黒田俊雄と彼らを踏まえた伊藤正敏には陰ながら影響を受けつつ研究を進めたのが私の学生時代だった。彼らの歴史観は未だに浸透したとは言い難い状況にあるけど、それ故に改めて学びなおす価値が大きいと感じる。特に網野の歴史観は宮崎駿の『もののけ姫』のエボシ御前やジコ坊のキャラ設定に大きな影響を及ぼしているので、一度網野を踏まえてから『もののけ姫』を観直すと最低2倍は楽しめる。
ちなみに、網野史観を通してみれば前の職場はエボシ御前が率いる石火矢衆そのものであった。

マイケル・サンデル『公共哲学――政治における道徳を考える』

マイケル・サンデル、鬼澤忍訳(2011)『公共哲学――政治における道徳を考える』(ちくま学芸文庫)(Sandel, Michael J. "Public Philosophy: Essays on Morality in Politics", 2005)
有名な『これから「正義」の話をしよう』の5年前の著作(実は未読)。訳者も一緒。
この記事の執筆時点における様々な判断は疾病そのものの性質よりも、疫学的知見を踏まえたり誤読したりして生まれる倫理観の方が大きな影響を及ぼすだろうというのが私の見解で、この旬な話題に寄り添ってくれそうな期待を込めて購入。尤も、即席な結果を期待するものって消費期限が早かったりすることが多いのだけど。

ロナルド・コース『企業・市場・法』

ロナルド・H・コース、宮沢健一・後藤晃・藤垣芳文訳(2020)『企業・市場・法』(ちくま学芸文庫)(Coase, Ronald Harry "The Firm, the Market, and the Law", 1988)
ノーベル経済学賞受賞者らしいけど全く知らない人。経済学的な分析において企業の役割と法の機能を明確にして新制度派経済学を樹立した人、らしい。
交通に興味を持ってきた私としては、強固な法律に基づきつつ営利活動を営む会社という存在は珍しくない(土俵が明確なので思考実験がやりやすい)存在だったけど、どうやら理論的な源流はこのあたりらしい。より普遍的に言えば、税金だってただのコストじゃなくて企業にとってもある程度積極的な意味を持ちうるものだったりするのかしらん。

それぞれの著作の位置付けを調べながらこの記事を書いていたらとんでもなく時間がかかった。他にも、旬な本だったり、遊びで買ってみた雑誌だったりがあるのだけど、それらはあまりに個人的なのでここに挙げないことにした。
こうやってまとめてみるとこの後に読むべき方向がなんとなく見えてくる。例えば、イマヌエル・カントは割り込んででも入れた方がよさそうな気がするし、ガイド付きの形でもいいから古代ギリシア哲学も遠からず触れた方がよさそう。この並びを見て、何か思うところがあった方はぜひコメントをください。
実は中期的ゴールとしてマルクスを設定しているのだけどその話は稿を改めることにする。

サポートのボタンを付けたので、投げ銭を受け入れられるようになりました。文献購読がメインの人文学はあまりお金がかからないので最大の効用は私のやる気が上がることだったりするのですが、エステ屋さんの方の備品が整ったりする可能性もあります。
サポート機能を使う練習の対象にしてみたとかでもすごくうれしいです。

それでは皆さま、よき人文ライフを。自分が幸せになるために勉強しましょう。


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