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第二章 獅子奮迅

今年も視聴者の胸を熱くさせるオープニング映像が流れる。

そこにはいつものバラエティ番組では見ないような芸人の方々の闘志みなぎる姿が映っている。その映像には番組サイドの、「視聴者の気持ちをテレビの中へ引き込んでやる」とでもいわんばかりの意気込みを感じ、それにまんまと私もはまってしまう。

決勝戦まで少し時間があったためお風呂に入ったりご飯の準備をしたりなどバタバタ動いていた私は、改めてテレビに向かい合い、正座をし直した。


私は昔から同時進行で2つの物事ができない質である。

好きなテレビ番組を見ながらLINEの返信をしたくないし、仕事をしながら同僚と楽しく話ができない。勉強をするときは音楽を聞きたくないし、テレビがついている部屋で本は読めない。目の前の1つのことに集中できる環境が一番心地よいのである。


この日も洗濯物をたたみながらとか、ご飯を作りながらとか、「ながら」の状態で決勝戦に臨みたくなく、午前中から今日一日の自分の動きを頭の中でシミュレーションしていた。そのかいもあって、番組が始まる頃には万全の状態で臨むことができていた。



オープニング映像が流れ、審査員紹介やルール説明など諸々終わっていき、ついに1組目の漫才が始まる。

今年は1組目からとても勢いがあり、始めから会場が温かい空気に包まれている。いいなぁ、いい空気だなぁとしみじみ思いながらテレビに向かって1人、いつの間にかニヤニヤしながら笑っていた。


そしてついに笑神籤に「敗者復活」の文字。ここでやっと敗者復活戦から勝ち上がる芸人さん1組が発表される。

うわー、ついにきた。

自分の体温が上がるのを感じた。やはり先ほど敗者復活戦でハライチのネタを見たときと同じように、無意識のうちに両手を組んでお祈りポーズをしている自分がいた。

TOP3まで発表された段階で、まだハライチの名前は呼ばれていなかった。

その後上位3組が壇上に上がっていき、これから呼ばれる決勝進出者の名前を今か今かと待ち望んでいる。その時、そこに並んでいるハライチの姿を見て、私はびっくりした。

こんなにも闘志むき出しの2人を見たのは初めてだったからである。とくに岩井さんの目はギラつきまくっていて今にも誰かに飛びかかりそうな勢いだった。

「(今年M-1)でるみたいですね~。ラストイヤーですって!」

的な軽いノリで発表したあのラジオの感じはまるで一切なく、めちゃくちゃ真剣に審査の結果を待ち望む2人の姿がそこにはあった。


司会者の方から「ハライチ」という言葉を聞いた瞬間、ぶわっと鳥肌が立ち、1人でいるにも関わらず、「うわーーー。。」という、感嘆なのか溜息なのかもわからないような、声になっていない息が漏れ、一人呆然とした。そしてすぐに「これはハライチの歴史的瞬間を目の当たりにするのではないか」というワクワク感が胸の奥底から湧いてきた。

あの決勝の舞台で2人の漫才が見れるんだ!

しかしそれと同時に、「あれ、もう優勝したんじゃないかっていうくらい清々しい気持ちになっているんだが」という自分もいて、その時点ですでに満足感に満たされている自分もいた。


決勝の舞台での2人のネタは、今年のライブでもやっていたネタ。岩井さんがひたすら舞台上を動き回るという今までにないスタイル。

このネタを地上波で見れるということだけで私はめちゃくちゃ嬉しかったのだが、何よりなんか2人とも楽しそうに漫才やってるなーというのがひしひしと伝わってきたのが更に嬉しかった。


このネタは、敗者復活戦での静の岩井さんが、決勝で真逆の動の岩井さんを演じているというところがとても面白いところではないかと思う。もちろん決勝のネタだけ見てもめちゃくちゃ面白い。だけれど、敗者復活のネタとセットで見ると、「あれ、さっきあんなに静かに漫才していた人と同じ人ですよね?」と疑ってしまうほど岩井さんのキャラクターが変貌している。

もう一ついうと、このネタはすでに世間に2人のキャラクターが知られているからこそ面白くなるという、”売れている2人にしかできないネタスタイル” ではないだろうか。つまり他の芸人さんがやっても面白くならない。この2人がやるからこそ光るネタ構成だった。

とまあ、プロでもなんでもない一ファンとしての見解をつらつら並べながら、ハライチの余韻を引きずりつつその後の決勝戦も見続けた。

結果、ハライチは優勝することはできなかったが、決勝進出敗退の瞬間のあの映像を見ればハライチファンの誰もが清々しい気持ちになったのではないだろうか。


ラストイヤーという年に出場を決意してくれて、こちらこそありがとうという言葉しか出てこない。


すべての組の漫才が終わり、優勝者も決まった。

見終わった後、ああ、これで私の2021年も終わったなと力が抜ける思いで正座をしていた足を緩めた。そもそもただの一視聴者なのだからこんなに力む必要もないのである。


テレビの中の世界から現実の世界へと戻り、私はまたいつもと変わらず寝る支度をし、ベッドの中へ入る。

しかし先程の余韻がどうしても抜けず、興奮状態で上手く寝付けない。頭の中でハライチの姿が、声が、蘇ってくる。2人はどんな思いでM-1の舞台に臨んでいたのだろう。あの言葉の意味はなんだったんだろう。そんなことを考え出すとキリがない。

早く次のハライチのターン聞きたいなと思いながら、その日は眠りについた。



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