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セックス依存症の臨床的スペクトラム

スキャンダル化と話題性

「 セックス依存症」の深刻な不安 と孤独とを米国映画『SHAME』(2011年)は見事なまでに描き出しおり出演者マイケル・ファスベンダー、キャリー・マリガンらの熱演もあり、心揺さぶられる感動的作品であった。こうした米国の「セックス依存症」への理解やこの病に苦しむ人々への治療的対応と比較すると、わが国においてはいまだ「セックス依存症」の持つ「社会的重大性」が認識されていないように思う。

多くの場合、テレビのワイドショーや週刊誌において、有名タレントの性的な逸脱行動としてスキャンダラスに取り上げられることが多い。この1~ 2年においても 人気男優やコメディアンの常軌を逸した性的問題行動として輿味本位の扱いを受けている。「障害者用のトイレで.サクッと抜く」といったエピソード等々は、まさ に『SHAM E』の主人公そのものであった。彼らは魅力的な女性を伴侶とし、安定的な家庭を築きあげていたこともあり当然のことながら、「あれだけ真剣な熱愛の末に結ぱれた結婚をしたのに!」「奥さんも女優業も控えて、 温かな家庭を築き、彼を支えていたのに!」という非難が集中し、道徳的な断罪が行われ、倫理的な批判に終始している。

当人たちも、ひたすら「申し訳ありませんでした」「妻には、心から悪いことをしてしまったと、詫ぴる以外にありません」と、殊勝な言葉と表情でひたすら対応するばかりである。コメンテーターも、「本人たちは、 悪いことをしていると思っていないのでしょうか」と常識的な意見を表明するだけである。彼らは典型的な「セックス依存症」に属するのであるが.そのような精神医学的な見解も、「重い病気なのだと思って、治療が必要ですね」といった発言もなされないままである。

セックス依存症の臨床的スペクトラム

「セックス依存症」の臨床的範囲は以下の図に示すとおり、実に多種多様であって、DSM-5の「強迫症」の診断・分類の基準や範囲を超えている。こうした「セックス依存症」の病理性や問題性は短期間の診療では捉えきれず、心理療法的アプローチを通して、長期間に渡る精神療法的相互性を介して、この症状群の全体像と深刻さとを見出すことが可能になる。及川・土田(2018)による精神療法的な観点からのセックス依存症の臨床定義は以下の通りとなる。

セックス依存症の臨床的特微

及川は、セックス依存症における空虚感や不全感の存在を指摘し、セックス依存症の臨床的な特徴として6つの要素を挙げている。

①セックスによってもたらされる快感と高揚感への嗜癖と心理的依存
②セックスと、セックスに関連した行動だけが、「ハイ」な気分をもたらし、その目的のために多くのことを犠牲にする
③物質的依存ではなく、パチンコ依存症のようなプロセス依存でもなくて、本質的には「関係依存」に属する
④対人関係の困難さや問題と深く関係し、背景に抑うつ感、空虚感、無力感、孤立無援感がある
⑤精神生理学的要因に基づく「性欲亢進症」や、「パラフィリア」とは、かなり異なる病像もつ
⑥青春期以降「問題行動」(acting out)の激発につながり、やがて年齢とともに、社会的に拡大し、深刻化するさまざまな症候群である、などである。

ここから見えてくる臨床像は、セックス依存症者はロマンティックさからは程遠く、セックスを楽しんでいるわけでもなく、性的にエネルギッシュでもなく、セックスでは満足できず、刹那のオーガズムを求めて、相手を変えていかなければ、自分を保つことができない人々ではないか、ということである。このような多彩な精神学的な疾患と連動しながらも、セックス依存症が正面から精神療法的に語られることは意外と少ない。

近年に至って、セックス依存症そのもの語る患者が来談するようになって来ただけでなく、他の依存を併発した<複合依存>の患者も少なくなく、主訴として語られる依存症の背後にセックス依存症を潜ませている患者も多数見出せるようになった。複合的依存は無論のこと、前述した「単体としての『セックス依存症』」においてすら、性愛化(erotization)の問題にのみ、焦点を当てても精神療法は奏功しない。

セックス依存症は、彼らの抱える問題の原因であり結果なのであって、どうやら別の角度からのアプローチが求められている

【文献】
及川卓, & 土田恭史. (2018). セックス依存症の精神療法: 潜伏性セックス依存症について (偽装と隠蔽されたセックス依存)(特集 精神療法とセックス). 精神療法, 44(5), 611-616.
土田恭史, & 及川卓. (2020). セックス依存症 (Sexual Addiction) の新展開: 安定した男女関係・家庭生活を営む< 既婚者> のセックス依存症 (特集 行動嗜癖・こだわりの行動: 強迫性障害・依存・常同行動をどのように診るか). 臨床精神医学= Japanese journal of clinical psychiatry, 49(11), 1835-1841.

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