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小池都知事の経歴詐称疑惑に学歴社会のマイナス面を思う

東京都の小池都知事がカイロ大学卒業をしたのかどうかという疑惑が再燃しているようですが、ぶっちゃけどうでもよくない?

私自身が大阪府民であって東京都の知事が誰になろうと知ったことではありませんし、現知事が経歴を詐称してようとしていまいとどっちでも良いのですが、さすがに知事選の度に疑惑が蒸し返されていたらうっとうしい。

だいたい、今の知事に対して投票した人が、
「おっ、カイロ大学卒業なのか。よし投票しよう!」
と思っている割合なんて1パーセントもいないでしょうに。特に現職の知事なら、経歴よりも任期中の実績によって信任不信任を判断されるべきです。

ずっと疑惑のままとか、あるいは決定的な詐称の証拠があるのにもかかわらず、卒業云々を大々的に掲げて選挙活動しているなら、それはそれで問題なのでしょうけれど、かつての疑惑問題の時に一応はカイロ大学が卒業していることを認めたのですから、その後も問題視するのなら、それはカイロ大学そのものを信用出来ないと主張するものであり、国際問題になりかねないんじゃないでしょうか。知らんけど。

カイロ大学が日本の東京都知事で元国会議員に「相当の配慮」をした可能性はありますが、例えそうでも公式発表を無視するのもどうかと思うのですが。

別に知事の肩を持つ気は無いし、そもそも私個人にとってはどうでもいい話ですけれど、世の中の人はそんなに大学卒業が重要なんでしょうかね。

今の仕事、現在の業績よりも何年も前、何十年も前の学歴が重要視されるのであれば、日本は永遠に学歴社会の呪縛から解き放たれないですよね。

「学歴社会についてどう思うか?」
と問われたら、たいていの人は
「学歴で人を判断する社会は良くない」
と答えると思うのですが、某人気学歴系YouTuberに代表されるように、誰がどこの大学によって、その人の良い悪いを判断する社会であるのは、今も昔も変わらないのかな。

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