横綱の出処進退について

 横綱稀勢の里が引退というニュースが出てきましたが、横綱審議委員会って何してたんでしょうね。「横綱にふさわしい成績を残したから」という理由で横綱に昇進させたのなら、「横綱にふさわしくない成績を残したから」という理由で横綱を辞めさせなきゃいけないと思うんですが。

 そもそもの横綱昇進時の成績が微妙というか、二場所連続優勝ではなかったですから優勝に準ずる成績という解釈の仕方によって左右される部分が微妙なままでの昇進だったことも問題ではないかと思います。昇進直後の場所で優勝したんだからいいじゃないか、という意見も当然あるでしょうけど、その後がその後なのでね。

 かつて、マラソンでオリンピック出場選手を選ぶときに日本陸連と選手の間で揉めたこともありましたが、具体的な数字を条件でかっちりと前もって提示しておかないと問題が起きるのは当たり前だと思うんですが。

 横綱には勝ち星や優勝という結果だけではなく、内容も必要だというのは確かにそうなんだと思います。心技体全てが充実していないと駄目だというのも分かります。事件を起こした双羽黒や相撲を休んでモンゴルでサッカーしてた朝青龍を否定するのもしょうがないでしょう。ただ、一番肝心な相撲で勝てない、横綱と前頭の一戦で横綱が応援される、金星を与えても波乱と言われない、という状況で横審が横綱を議論しないというのは何だかなあと思います。誰だったか、「横綱は嫌われるくらい強くなければならない」という言葉を聞いたことがありますが、まさしくその通りだと思います。少なくとも「お願い、勝って!」と応援される横綱は横綱らしくないのではないでしょうか。

 横審にしてみれば、久々の日本人横綱で期待するファンも多い稀勢の里を横審が無理矢理辞めさせた、という汚名は負いたくないのかも知れませんが、横綱に必要な条件以外の理由で横綱にいさせ続けるという歪みは、必ずどこかで問題として出てくると思います。そもそも日本人と外国人とで横綱昇進条件が異なればこの時代では大問題になるはずですが。そう言えば小錦も人種差別だと言っていましたね。曖昧な昇進条件が残っている限り、実際とは関係無く、日本人に甘く外国人に厳しいという見方をされてしまう危険性があります。相撲がスポーツなのか宗教行事なのかというのも曖昧なところですが、せめて数字で判断できる部分はかっちり数字のみで判断するようにしてしまった方がいいんじゃないでしょうか。昇進基準も横綱を辞めてもらう基準もこのままだったらまたそのうち同じ問題が起きると思います。

 稀勢の里自身を批判するつもりはないですし、単純に被害者とまでもいうつもりもないですが、その周りにたくさん、いろいろな肩書きで相撲協会に関わっている人達は何もしないんですかね。昇進させるときは恩着せがましく、辞めるときは本人の意思で、というのも一種の無責任だと思いますがどうなんでしょうか。大相撲はそういうもんだと言われたらそうですかと言うしかないですが。

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