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対称性の中にある非対称性の美しさ

人間の顔写真を縦半分に区切り、左右のどちらかを反転させて表示させると不自然な顔になります。

これは美人・不細工関係ありません。これは人間の顔のパーツは左右対称に配置されていますが、実際にはぴったり左右対称に作られているわけではないことと、左右が微妙に非対称であることを私たちの意識が当然であると考えていることを意味します。

これは個人的な偏見になるかも知れませんが、過度な整形をした顔が不自然に見えてしまうのは、綺麗すぎることが原因なのではないでしょうか。

高度なCGやロボットに感じる「不気味の谷」にも関係しているかも知れません。

現実の、自然はそんなに綺麗な対称物はそうそうありません。そこら辺の葉っぱを拾って葉脈を見ると、左右対称っぽいですが実際はそうではありません。しかしだからこそ、その自然性に美しさをかんじるのでしょう。

芸術作品や建築物など、生き物ではない場合は完全な左右対称でも美しさを覚えることもあります。ただ、そういった人工物でも生身の人間から遠いか近いかによって変わると思います。具体的には、肖像画のような人の顔そのものを描く場合は、左右対称だとやはり変な感じがするはずです。逆に、何十メートル、何百メートルといった巨大建築物であれば気にならず、綺麗さに感銘を受けることも出来ます。不自然さは感じられません。

左右が対称っぽいのはデザイン的にも利便性も使い勝手が良いものだとは思います。右足と左足に大きな差があるとしたら、あるいは顔の右側に目が二つあり、左側には一つだとしたら、生物としてもバランスが悪く、生きるのが大変でしょう。人間ではなく動物でもそうです。しかし、右利きと左利きがいるように全く左右同じではないですし、内臓は配置も左右対称ではありません。

左右対称っぽいことに意味はあるでしょうし、また実際は左右全くの対称ではないことにも意味はあるのでしょう。ただ、こういったことを気にかけること自体が人間の浅はかさで、人ならぬ存在からしてみたらどうでもいい話でしょうね。

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