誤り訂正のない独裁体制が行き着く先は・・・

今回の中国共産党大会において、習近平が一強体制を確固たるものにしたようです。自身と同様にこれまで首相を務めていた胡錦濤派閥の李克強を、遂に党中央のポストから追い出すことに成功したのみならず、大会中に胡錦濤を無理矢理立たせて退席させたシーンは、中国ウォッチャーではない一般人にとっても、この共産党大会においていよいよ習近平が好き勝手に出来る権力を確立したのだと、確信できる一瞬でした。

党中央の幹部には自身の側近、傘下を集め、もはや誰も逆らうどころか先んじて国家主席の靴を磨こうとする人ばかりに囲まれています。今後は、江沢民とその影響下にある人物が政権の枢要や地方の権力ポストから追い出していくのでしょう。

しかし、独裁者がその独裁を強めていけば、その国は国力を弱めます。今回の大会は中国衰退の一歩が確実に始まった瞬間でもあります。

古今東西、独裁によって長期的に発展した国家は一つもありません。一時的、短期的に優れたリーダーによる独裁によって、迂遠な手間暇をかけずに良い政策・選択をすることで驚異的な国家成長を成し遂げた国はいくつもありますが、独裁制の恐ろしさは成功が失敗にすぐに裏返って成立してしまうところです。

独裁者が成功すると、成功体験が大きな足枷となって、時代や状況が変わって通用しなくなった手段を変えられません。独裁者派過ちを認めず、周りも批判できず、批判や諫言は退けられ、反対派は粛清されていきます。そうすると失政が失政を呼び転落していくことになります。

中国やロシア、イランなどは、欧米などの自由民主主義国家の失敗をあげつらいがちですが、それはその失敗が公になっているからこそでもあります。失敗を表に出さないようにする専制主義・独裁主義国家が、公にされた自由主義体制の国家の失政をネタにするのは、ある意味ギャグのようなものです。なにせ、前者は「失敗しない完全無欠の指導者」に率いられているのですから。

自由主義・民主主義国家は多くの過ちが存在しています。過去にも多くの失敗をしてきました。政治体制上、優れた政策を素早く実行することも難しいです。それは本質的にそういうものだからです。その代わり、失敗に気づき修正することが専制国家よりも素早いのです。

コンピュータの世界には誤り検出訂正という仕組みが存在します。保持すべきデータに符号を追加して、もしどこかのデータにエラーや改ざんが生じても、追加した誤り検出符号によって簡易にチェックでき、多くの場合で正しい元のデータを復元できます。

その代わり、データ量はデータそのものよりも符号の分だけ確実に増えます。チェックの手間暇もかかります。それでも、誤り検出訂正は重要だからこそ存在している技術です。

おそらく、民主主義国家も似たようなものです。権力を分散し、最終的には国民(=有権者)のチェックと審判によって、誤った権力者は排除され、間違った施策は修正されます。その代わり、「正しい」独裁に比べて、検討・実行のプロセスには多くの時間と手続きが必要となります。

独裁制は大事なデータを誤り訂正機能なしでイジり続けるようなものです。どこかで間違っても修正出来ません。元の状態に戻すことも出来なくなります。

人間が人間である以上、間違わずに何十年も独裁を続けることは出来ません。失敗したときに穏健的に引退するならいいのですが、独裁者が唯々諾々と過ちを認めて退くわけがありません。

ロシアもイランも政治体制の矛盾が現実の失敗に明白に跳ね返ってきています。中国は香港への強権体制の押し付けまでは出来ましたが、ここからどうなるでしょうか?

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