読書録『国境の南、太陽の西』(村上春樹)
「花には香り、本には毒を」
ずっと前に出口治明さんが紹介されていた、現代思潮社の広告コピー。
文学作品を読むとこの言葉をよく思い出す。
文学には毒があり、ひとを癒す。
さて、村上春樹さんの小説を読むのは、恥ずかしながらこれが初めてだった。
つい最近、『走ることについて語るときに僕の語ること』というエッセイを読んだのを機に、今更ながら村上ワールドと呼ばれる作品に触れてみたいと思ったのがきっかけだ。
『国境の南、太陽の西』では、特に目立たないある男性の心の陰が、同じく心に陰を待つ女性との関係の中で描く。
陰は表に出せない。表に顕れるのは、本来の自分ではない。あるいは少なくとも、自分の本質を素直に表現してはいない。
だから本当に心を許し、分かり合える関係というのは、そう多くはないと思う。
だからこそ、陰を知ることで心が通った相手は、ありのままを吐露できる特別な存在になる。
僕が文学を読みたくなるのは、日々に疲れてきたときが多い。
仕事に没入できなくなってきたとき、よし頑張ろうというスイッチが入らなくなったとき、前向きであろうとすることがしんどくなったとき、僕の心は目の前の景色からずっと乖離したところにある。
そんなとき、僕は文学を訪ねる。文学は心の陰を描き表してくれるからだ。
文学が露わにする心の陰は、その世界の中でひとを傷つけ、自身を苦しめる。
そんな毒が、読んでいる僕の心に滲みわたり、じんわりと癒してくれる。
心は毒を得て、活力を取り戻す。
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