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人的資本経営の「わかりにくさ」の「本当の」原因

 久しぶりの「記事批評」であるが、今回はこちらを題材に批評と解説を行う。なお、決して批判一辺倒ではなく、大いに賛同できるところがいくつもあり、そのようなコメントも行なっている。

上場しようとしているスタートアップや成長中の企業の雇用環境整備について、よく相談をいただきます。
これは対応しなければ法律違反になる問題ですし、残業代を払っていなかったために利益が大幅にマイナスになってしまうといったことが発生すれば、上場要件から外れてしまうリスクがあります。

BizZine “知覚”が変わる人的資本経営連載 「人的資本経営の「わかりにくさ」の原因とは?日本企業が陥る誤解と、海外の開示から紐解く課題ギャップ」【第2回・前編】

 「対応しなければ法律違反になる問題」「雇用環境整備」というのは、「守り」(リスクマネジメント)の領域、と整理できる。

単に法律を守っているかどうかの規制遵守にとどまらず、従業員の働き方のブランディングや、財務の面から人件費をどう考えればよいか、といったことまで踏み込んでお話する機会が多々ある

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 従業員の働き方の柔軟性をアピールして採用ブランディングに繋げる、「人件費」を「人材への投資」と捉え直す(そのための工夫をする)、というのは「攻め」(企業価値向上)の領域と整理できる。

 「攻め」と「守り」で性質は異なると思えるが、いずれも「人的資本経営」につながっていく重要な取り組みである。

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 まず上図左上の「グローバル課題」については、「ESGの発祥でもある欧米における人的資本開示は、近年になって急に始まったものではない」として、下記のように解説されている。

欧米では移民問題や宗教的対立などの社会課題が古くから顕在化しており、どれだけ人種やジェンダーなどの平等を実現しているかが、昔から企業の評価と業績に直結していました。そのため、ESGの、特にソーシャル(S)の部分に関する情報開示は、2000年代から行われていたのです。このように、日本とは社会課題への対応の変遷や背景が大きく異なっています。

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 次に、上図左側真ん中の「産業構造の変化」について下記のように解説されている。

「産業構造の変化」は、上記の動き(※欧米ではどれだけ人種やジェンダーなどの平等を実現しているかが企業の評価と業績に直結していたため、ESGの、特にソーシャル(S)の部分に関する情報開示は、2000年代から行われていた、という経緯を指している)とはまったく異なる沿革をたどってきたものです。たとえば米国では、2010年代からGAFAの業績が急成長し、株価が高騰しました。
当時、こうした爆発的な成長を遂げる企業の価値の源泉は、知的資産や財務だけでは上手く説明できませんでした。そこで、何か組織の構造上の優位性があるのではという話になり、これをどう可視化すればよいかという議論が持ち上がったのです。

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 一時期のGAFAのように爆発的な成長を遂げる企業の価値の源泉は、知的資産や財務だけでは上手く説明できなかったため、「組織の構造上の優位性」というのもそうであろうが、ともかくも知的資産や財務情報としては表現しにくい何か別の「競争優位性の源泉」があるのではという話になり、これをどう可視化すればよいかという議論が持ち上がったのである。

その結果、各企業がジョブ型に基づいて個別に管理していたワークフォース(労働力/従業員)の実態について、ある程度共通の基準で開示をすればその構造が見えるようになるのでは、という推論の上に行われたのが、2020年以降の欧米における人的資本開示の動きとして始まった

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というのはおそらくそのとおりだろう。しかし、

なお、日本ではこの視点を過度に重視する論調が一部で見られますが、あくまで欧米の人的資本経営では、ESG観点の、社会責任と人権の視点が強いものとなっているように思います。

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と整理されている点については、私のとの「立場の違い」を強く感じるところだ。
 すなわち、「各企業がジョブ型に基づいて個別に管理していたワークフォース(労働力/従業員)の実態について、ある程度共通の基準で開示」していこうという流れになったのは、「ESG観点の、社会責任と人権の視点が強い」」欧米特有のものであり、日本国内にこの視点をそのまま持ち込むべきではない、過度に強調すべきではない、というスタンスであるが、これに対しては非常に違和感を抱くとともに、ある特定の意図を感じざるを得ない。

また、日本では、上図の3つ目の課題として挙げている「働き方改革」をさらに充実・補完する流れが重要で、法令上の義務となっている開示事項のほとんどがこの課題に関する内容となっています。これには、少子高齢社会の中での多様な働き方を、各企業で実現しようという狙いがあります。

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 そもそも、「グローバル課題(への対応)」や「産業構造の変化」に比して、「日本では、『働き方改革』をさらに充実・補完する流れが重要で」と言い切れるのだろうか。グローバル視点や「攻め」(企業価値向上)の観点をあまり重要視していない立場からの意見であると思える。
 もちろん、「法令上の義務となっている開示事項のほとんどがこの課題に関する内容」というのはそのとおりだろう。ちなみにここは、「守り」(リスクマネジメント)の領域だ。そこに、「少子高齢社会の中での多様な働き方を、各企業で実現しようという狙い」があることもそのとおりで、こちらはどちらかというと「攻め」(企業価値向上)の領域のテーマだ。

このような経緯があり、欧米の企業ではESGに関する情報開示が非常に充実しているのです。しかし一方で、ワークフォースの観点ではあまり情報開示がされていないケースが多く、開示項目も企業ごとにバラバラになっている傾向があるように思います。

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 「このような経緯があり」でいうところの「経緯」の説明におそらく事実誤認がある。したがって、「欧米の企業ではESGに関する情報開示が非常に充実している」との説明も苦しい。
 実際に、世界中の企業から人的資本開示のお手本とされて注目されているドイツ銀行の「Human Resource Report 2021」を見ても、以下の人材戦略の4つの柱が示されている。

1 最適な人材配置(Optimized workforce)
2 将来のリーダー(Leaders of the future)
3 自律性の高い従業員(Empowered employees)
4 安全な銀行(Safe Bank)

吉田寿,岩本隆. 「企業価値創造を実現する人的資本経営 」 (p.210-211). から引用

 ここからも、「ワークフォース」の要素にもかなり触れられていることがわかる。したがって、「欧米の企業ではESGに関する情報開示が非常に充実している」「一方で、ワークフォースの観点ではあまり情報開示がされていないケースが多く」との解説についても疑問を感じる。

 ちなみに、「開示項目も企業ごとにバラバラになっている傾向がある」と指摘されているが、その傾向はむしろ当然ではないか。「義務化」に沿った「規定演技」(「守り」(リスクマネジメント))一辺倒ではなく、「自由演技」(「攻め」(企業価値向上))の部分を充実させようと思えば当然にそうなる。

欧米では人種や宗教、ジェンダーの平等など、いわゆる“人権”に関する実態は「ここまで書くの?」というくらい豊富に開示しているんですよね。しかし、「人の価値を最大限に発揮して生産性を高める」といった趣旨の話はあまり出てきません。

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という点については、私自身が「海外の様々な業種・業界の企業の開示内容を分析」ということを数多くこなせていないため、なんとも判断しかねる。
 ただ、我が国よりもはるかに(本格的な)HRテクノロジーの活用が進んでいる欧米において、「人の価値を最大限に発揮して生産性を高める」ということが疎かになっているとは到底思えない。なぜならば、HRテクノロジーの真髄あるいは本質とは、「人の価値(あるいはスキルといっても良い)を最大限に発揮して生産性を高める」ことを支援するもの、といっても良いからだ。もしかしたら、施策自体は当たり前のようにやっていて、それをわざわざ人的資本開示に載せることが疎かになっているのかもしれない、という仮説は立てられるかもしれない。
 現段階では、「本当に大切なところは公開したくない」と考える企業も多そうだ。ただ、人的資本開示の動向について独自の調査研究を3年以上前から行っているHRテクノロジーコンソーシアム内の有識者やプロジェクトメンバーにも確認したところ、「一部をチラ見せしている海外企業はすでに昨年から多数存在している」とのことである。投資家をはじめとする様々なステークホルダーに対してアピールするための折角の良い機会であり、企業価値向上に繋げるためには機密事項以外はチラ見せどころか今後は積極的に開示が進められるべきだろう。

日本企業では、こうした多様な働き方の問題に関しては、従来から労働法の枠組みの中で対応が行われていますよね。労働法の範疇なので、経営学者の方などはあまりタッチしません。経済産業省が発行した『人材版伊藤レポート』でも、次図における左の青い丸に囲まれている部分に関する法律への対応は、法令や制度は極めて充実しているにもかかわらず、ほとんど言及されていないのです。

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 「日本企業では、こうした多様な働き方の問題に関しては、従来から労働法の枠組みの中で対応が行われている」との点だが、労働法の枠組みの外でも、いやむしろ枠組みの外での方が様々な対応や工夫が行われてきたのではないだろうか。いわゆるHRテクノロジーの領域や「Work Tech」という世界では、人々の多様な働き方を実現したり生産性を向上させるために様々な工夫をして機能強化をしてきたはずだ。

TECH UP FOR WOMEN LLC | Website by Bingley Digital

 「労働法の範疇なので、経営学者の方などはあまりタッチしません。」とあるが、別にこの領域は労働法の専門家や経営学者の知見だけで成り立っているわけではない。

日頃からジェンダーなどの問題を考えている人の中には、「日本企業の人的資本開示は多様性を軽んじているのでは?」と感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。

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 むしろ、日本企業の人的資本開示に多様性(ダイバーシティ)の要素が入っていないものを見たことがない。不思議な論評だ。

日本では従来、従業員の人権は労働法制の領域で、経済産業省として取り組むのは企業価値や経営手法、人材育成などの領域だという考え方が根付いているのではないでしょうか。

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は、その通りかもしれない。両者は常に結びつけて考えられるべきだ。

ところが日本では、この領域について開示する指標や方法における共通の基準・理解が存在しません。欧米の人的資本開示を参考にしようとはしているものの、社会課題に関する背景や経緯が異なるため、どうしてもすんなりと理解できず、浸透していかないのです。これが人的資本経営の「わかりにくさ」につながっているのだと思います。

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 「この領域」というのが、「労働法制の領域」(「守り」の開示)なのか「企業価値や経営手法、人材育成などの領域」(「攻め」の開示)のいずれを指すのかが不明瞭であるため非常に分かりにくくなっているが、「欧米の人的資本開示を参考にしようとはしているものの」とあるため「企業価値や経営手法、人材育成などの領域」(「攻め」の開示)のことを指しているのだろう。その前提で、この領域について「どうしてもすんなりと理解できず、浸透していかない」という理由を「社会課題に関する背景や経緯が異なるため」とシンプルに割り切り、「わかりにくいからこの領域を突き詰めるのはやめておこう」という方向に結果として導いてしまっているのが、本件記事の最大の問題点である。人的資本開示あるいは人的資本経営の専門家として振る舞うのなら、「守り」もしっかりと固めた上で、「攻め」の要素についても、課題も多く乗り越えるべきハードルも高いもののなんらかの解決策を示した方が良さそうだ。
 この点、自戒の意味も込めて述べているが、どうしても私自身は専門性や知見の無さから「守り」の領域についての説明や主張が手薄になってしまうが、「守り」の部分は一番初めに固めておくべき領域であると考えている。ただ、ここを支援する専門家の数は十分に足りていそうであるため、彼ら彼女らにお任せしたい。

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 上の図について、私なりの解釈は次の通りだ。
 欧米は人権問題に対する意識の高さからD&Iの取り組みが重要視される。
 他方で我が国は、少子高齢化という人手不足問題、それに加えてただでさえ生産性低いという問題がある中、女性の活躍の場を増やすべき。
というまとめ方であると読み取れる。
 しかしながら、解決策は女性活躍やジェンダー不平等解消のみに偏るべきではなく、「人材をフルに活用して生産性を向上させる」と広く捉えるべきであり、そのための鍵を握るのが「スキルの可視化」である、と整理したいところだ。
 そもそも上の図表においては①から⑥の要素出しが非常に不明確でわかりにくい。ましてや、⑤のエンゲージメントというのは色々やるべきことをやった結果としてスコアに現れるものであるため、ここに同列にして含めるべきではない。

他にも、日本と欧米の開示の違いを生んでいる要素として、欧米では産業別で労働組合が結成されており、組合の力が強いことや、国際標準化機構(ISO)が定めた人的資本に関するガイドライン「ISO30414」の影響などもあるように思います。

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 組合の力が強いことが、何に影響しているのだろうか。人権問題寄りの開示が目立ち、「人の価値を最大限に発揮して生産性を高める」ということの開示は少ない、ということにどのように繋がるのだろうか。

 そのあとに、

米国の労働組合は、いわば会社を超えた“圧力団体”のようなもので、組織の規模も世界に例がないくらい大きくなっています。その力は、大統領選にも影響を与えるほどです。こういった組合が長年に渡って雇用条件の整備を求めてきた結果、今のようなジョブ型の雇用制度が確立されていったという歴史があります。
こうした背景から、欧米の企業ではジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を作成し、「このような仕事だから、賃金はこうなりますよ」ということを労働組合にきちんと説明するという慣行が備わっています。

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という解説が続いているが、特に米国では組合の力が強く、これが雇用条件の整備を求めてきた結果ジョブ型の雇用制度が確立されていった、そのためジョブ・ディスクリプション(職務記述書)が伝統的にしっかりと作成されてきた、と要約することができる。
 ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)が伝統的に当たり前のように存在する社会・文化と、それが致命的に欠落している社会・文化とを比較した場合、圧倒的に前者の方が「人の価値を最大限に発揮して生産性を高める」ことをデータの力で、科学的に進めやすいのだ、という発想はお持ちでないようだ。少なくともこれが、人権問題寄りの開示が目立つことの説明や論拠には全くなっていない。

 また、欧米主導でISO 30414が策定されたことは、何に影響しているのだろうか。むしろ、ISO 30414の「生みの親」であれば、「人の価値を最大限に発揮して生産性を高める」ことは決して疎かにならないはずだ。ISO 30414の中のメトリック(全58項目)をしっかりと理解されているのだろうか。

ISO30414は欧米で当たり前となっている雇用制度に基づいてつくられたものであり、これをそのまま日本に持ち込んでも経営戦略とのつながりが持てず、馴染みにくいのでは

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という点については大いに賛同する。

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 上の図は非常にわかりやすく、正確にまとまっている。
 ただし、「ジェネラリストの不活性と育成」のところでは「スキルの把握」(スキルデータの取得)も要素として加えるべきだ。

ただ、海外の企業330社くらいの開示情報を見たのですが、「ISO30414に準拠しています」と高らかに宣言しているような企業はほとんどありませんでした。
欧米でも、まだ試行錯誤の最中だということでしょう。また、ISO30414はあくまでガイドラインであって、決まった開示の基準や手法を明確に示したものではないため、正確には「準拠する」という見方は適していないように思います。

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 今後も、おそらく欧米では「高らかに宣言」ということはないのではないか。HRテクノロジーに関する最新トレンドや機能レベルでのカバー範囲についての十分な知見をもってISO 30414のメトリックを詳しく見ていけば、「これは、workdayに代表されるような主要な人事ソリューションが標準的に備えている機能一覧とほとんど同じではないか!」ということに気づくはずだ。ということは、ISO 30414という規格というは後付けの話であり、もともと当たり前のように「やらなければならない」と考えられてきたこと(ただし、それらを実際にやれているかどうかは別問題だが)が体系化されて国際規格の形に仕立て上げられたまでである、という噂もある程度信ぴょう性があると思われ、だとすれば尚のこと一層、今更感があることについてわざわざアピールするような動きがなくてもそれは自然のことと思える。
 もちろん、ガイドラインとして今後もほとんどの企業が多いに参考にしていくことは間違いない。 

今、人的資本の開示で世界的に最も使われている国際指標は、「GRIスタンダード」というものです。これはESGに関する情報開示のためのフレームワークになっており、たとえば「男女の賃金格差であれば、こんな計算で割り出して、それに対してどういう方針で対応しているかをこうやって記載する」といったプロセスが示されています。企業における人権保障のためのリストのようなもので、フレームワークとしてはこれが最も多く用いられているのです。他には、SASB(米国サステナビリティ会計基準審議会)が公開している「SASBスタンダード」などが広く使われている印象です。

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 これが本当に事実ということであるのなら、「GRIスタンダード」や「SASBスタンダード」に偏っている現在の状況はあまり好ましいとはいえず、試行錯誤段階から抜け出してもう少しISO 30414を活用しても良いのではないか、とも思える。なぜならば、「企業における人権保障のためのリストのようなもの」に偏って頼れば、必然的に「守りの開示」一辺倒になるからだ。
 もちろん、ISO 30414に厳密に準拠したり認証を取得することまでは必ずしも求められず、ガイドラインとして大いに参照すべきではないか。そうすれば、「人の価値を最大限に引き出す」という側面も、国内外問わず多くレポートに盛り込まれてい行くはずだ。

また、欧米の場合はエスニシティの平等、そしてペイギャップ(男女間賃金格差)の問題が、法令で義務づけられている国も複数存在するほど重視されていますので、必然的にそれらに関する開示が多くなっていくのでしょう。「人の価値を最大限に引き出す」という日本でよく言われる人的資本の視点が実はあまり開示の中に見られない理由も、ここにあるのではと考えています。

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 終始この論調が繰り返されているが、法令で義務付けられているところをまずやらなければならない、といった、当たり前のことを「専門家」が強調するだけでは、一般企業側の担当者は「そこだけやれば良い」と勘違いしかねない。まずそこをやった上で、「人の価値を最大限に引き出す」という側面にも必ず目を向けなければならない、という主張も加えてリードしていかなければ、のちに紹介するような「さむい開示」「ゆるい開示」、合わせて「ゆるさむい開示」で終わってしまう。

日本では、人的資本開示における要望は「個社で定量的な目標を定めて、進捗を数字で出しなさい」ということになっていますよね。いったい何を目標にすればよいのかわからず、困っている企業も多いように感じます。

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 だからこそ、あるべき方向性を「専門家」や「有識者」が示すべきだ。にもかかわらず、この記事の中でも(これまでのところは(「前編」では))なんらそれらは示されていない。

たしかに、それも人的資本経営が「わかりにくい」とされる理由になっていそうですね。

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 いや、今回のような記事が「わかりにくさ」を助長してしまっている。

何を開示すべきかが、どこにもハッキリと示されていないんですよね。ですから、それぞれの企業内で、経営戦略と人材戦略のつながりから考えていく必要があります。自社の事情や業界環境を踏まえて、何を開示するのが最も適しているのかを見極めなければなりません。

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 「経営戦略と人材戦略のつながりから考えていく」ときに絶対的に避けて通れないのが、経営戦略を実現するためにはどのような人材を育成したり確保しなければならないか、という点の検討である。要するに、人材要件定義が必要不可欠となる。人材要件定義は、必ずスキル・コンピテンシーベースで行われる。
 これに関しては「自社の事情や業界環境を踏まえて、何を開示するのが最も適しているのかを見極め」という悠長なことではなく、個別の事情によらず必ず通らなければならない道である。

しかし現状では、女性管理職比率や従業員エンゲージメント、職場環境への満足度といった、とりあえず上昇すれば良さそうな数字をただ書き連ねて、「目標」としてしまうケースが多いですよね。本質は「従業員エンゲージメント向上=人的資本経営」というわけではないのですが、いつの間にか、女性管理職比率や従業員エンゲージメントを開示することが人的資本開示である、という誤った解釈がされてしまっていることがあります。

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 ここは大いに賛同する。エンゲージメントのスコアは、色々とやった後に、やる前と比べてどうなったか、その変化を測定するために結果として開示すべきものだ。開示に不可欠な「名脇役」ではあるが、決して「主役」になることはない。

働き方改革を一言で表すと、「やる気がある働く人を増やそう」という話だと思うんです。

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という点にも大いに賛同する。

このロジックを基に、精緻につくられた法体系の1つが「女性活躍推進法」です。

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というのもその通りであろうが、女性活躍の話にだけ繋がるわけではないため、もっといろいろな論点に繋げて理解していくべきだ。

元々は人的資本経営につながるものとして、働き方改革が位置づけられていたわけです。

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という点については、そのように信じたい。

働き方改革は厚生労働省、人的資本経営は経済産業省、そして情報開示については金融庁と、すべて管轄が異なっています。これも、「わかりにくさ」の一因になっているかもしれませんね。

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という点は、否めない。

 さて、実はこの記事の続編となる「後編」も一読したのであるが、こちらに対するコメントや批評はあえて差し控えたい(というか、省略したい)。

 というのも、下記の整理表でいうところの「さむい」と「ゆるい」をいくら掛け合わせたところで「ゆるさむい」ものしか出てこないのだ、と腹落ちしてしまったからだ。

SP総研 作成

 恐ろしいほどに、右上の「あつい」要素が皆無であった。
 私もお世話になっている翔泳社からリリースされた記事だが、おそらく意図せずだとは思うが上の図の左側だけに偏った日本国内の現状を、さらに左寄りにさせてしまうパワーを持った内容といわざるを得ない。

 同じ翔泳社でも、下記の2本の記事は本質論をわかりやすくまとめて頂いており、ぜひご一読をお勧めする。

 
 以上、全体を通じて「辛口なコメント」という印象を持たれたかもしれないが、裏を返せば、親身になって日本企業の「人的資本開示」の支援を行なっていると自負している。
 それが、株式会社SP総研の「『人的資本開示』対応コンサルティングサービス」である。

 コンサルティングファームを始めすでに各社同様のサービスを展開していると思われるが、当社のサービスの特徴としては(おそらく日本で唯一)「スキルの可視化」の支援まで行なっていることを挙げることができる。
 仮に他社でも同様のサービスを行なっていたとしても、そのための手法として「セルフジョブ定義」を用いている点も加味すれば、「日本で唯一のサービス」といえる。

  現場主導型の、日本企業にもマッチしやすい手法を用いながら、無理のない「人的資本開示」を目指して支援している。


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